黒幕の黒幕1
「体を残してきたのってアイツに逃げ出させようとしているのよね?」
優里が引っかかっていたことを心暖に向かって訊く。
需袢の遺体は片づけたのになぜか簧黄の体は残しておいた。これが意味するところはつまりそういうことなのだろう。
だが、露骨すぎて逆に警戒させてしまい、むしろ動かないのではと優里は言っている。
「動くわよ、間違いなく」
心暖の言葉には確信めいたものがあった。
「そうですよね?お屋形様」
「ああ、そこは間違いない」
「どうして、そう言い切れるの?」
「優里!言葉づかい‼」
統主に対しての口の利き方がなっていないことを心暖がとがめる。
「すいま・・申し訳ありません」
さすがにマズかったかと慌てて謝る。
「心暖、構わん。それより理由じゃったな。これは多分に経験から来るものとしか言えんが、裃の判断ではヤツは受け渡しを迷っていると考えている」
優里の顔に?マークが浮かぶ。それを見て心暖は目を逸らす。相変わらず正直すぎる優里の反応に心の中で笑っていた。声が裏返らないよう気を付けて
「優里、アナタが簧黄の立場で考えてみなさい。今の状況でドライブを渡してしまったら自分はどうなる?」
「裃に捕らえられたまま切り札も失う・・・でもアタシ達に渡せばそれはFibe-Aを裏切ることになるわけで・・・うーん」
「オマエが今考えている通りのことをワシらも考えた。その結論として泳がせることにしたわけじゃ」
「せっかく捕まえたのにまた逃がすの・・っと、逃がすのですか?」
最後は怪しい敬語になったが何とかそれっぽくまとめた。
「捕まえたことでFibe-Aが直接出てくるのを防ぐことは出来たって感じですか?」
ここまで沈黙していた櫂が口を開く。
「それはもちろんある。だが、それ以上にヤツの心情に訴える方が大きい。櫂よ、ヤツはいつから裏切っていたと思う?」
質問は想定していなかったが内容については考えていたので、すんなりと口に出た。
「アメリカに行く前から・・ですよね?」
「ワシらの考えは違う。あくまで裏切ったのはアメリカに行ってからだと考えている。もちろん根拠はあるぞ」
「教えていただけるのですか?」
「無論じゃ、お前らは明日の奪還作戦のキーマンなのだから教えぬ理由がない」
大仰な言い方が逆に嘘くさく感じる。そして例によって統主は心暖の方に目を向けあごをクイっと動かす。心暖から説明してやれということだ。
「お屋形様からのご指名により私の方から説明いたします」
いつもに比べ妙に恭しい言い方で心暖が話し始める。そのせいで噓くささが倍増し自然と優里の眉間にはしわが寄っていた。
「根拠というのは単刀直入に言うと取り除いた娘の角膜に病気の痕跡が無かったからよ」
これには櫂、優里ともに?マークが顔に浮かんだ。理解はしていないがほとんど反射で優里が訊ねる。
「医者が病気と判断したのに実際は病気じゃなかったってこと?じゃあ、病気と診断した医者がヤブ医者だったってこと?それがどういう根拠になるのよ?」
「優里さん、質問は一つずつでお願いします」
心暖の丁寧ないじりが優里の脳みそを加熱する。だがさすがに優里もここは抑える。
「心暖さん、実際に娘は病気じゃなかったのですか?」
櫂は少し感心した。ついに優里も『琉瑠動』を理解したのかと。
「いいえ、病気よ。レントゲンは使っていないけど薬を注入した結果のカルテも残っているから診断時に病気だったことは間違いないわ。それと2つ目の質問の答えにもなるんだけど診断も執刀も同じ、裃系列の病院で行っているのでどちらかがヤブ医者ということもないと思うわ」
「それが根拠になる理由は?」
「正直な話、最初は単純な医療ミスかとも思った。でも簧黄がヤープである事実を掴んでからは状況が変わった」
「どうしてアイツがヤープだって分かったの?」
「協力者がいてね。その人物からの情報提供で知ることが出来たの。簧黄もアメリカに行って少し気が緩んでいるところがあったのでしょうね。話を戻しましょう。ヤープであることを知ってからアタシ達は担当医師の行動を確認出来る限りすべてチェックし直したのよ」
「それで何が分かったの?」
「担当医師は同時期に診察を受けていた別の患者の検体を元にカルテを書いていたことが分かったわ」
「・・どうしてそんなことが⁉いや、そもそも無理でしょ」
「アナタが言う通り担当医師単独では不可能。つまり彼女の診断書作成に係わった医師だけでなく検査を行った看護師も含めて全員が別の患者の検体を元に診断していたのよ」
二人は言葉が出てこなかった。心暖は続ける。
「ちなみに診断した医師がそのまま執刀したけど診断時も手術の時も患者の眼には明らかに症状が出ていたと言っているわ。アナタ達にとって護衛のターゲットでもあるから写真を見せておくわね」
そう言って心暖はスマホを操作して写真を見せてきた。
「名前は高岡柚月。アナタ達と同い年。それで上が術前の写真、下が術後。どう?」
スマホの中には病院着を着た少女が上下2分割の画面に写っている。どこか不安そうな術前に対して、少し疲れたような顔をしているが何となく晴れやかな術後の写真だった。
「違うわね、そう思うでしょ櫂?」
「ああ、確かにな。だが逆にこれで病気じゃないってことはあるんですか?」
スマホの小さな画面でも見分けがつくほどの違いなのに健康体だというのだろうか。
心暖はスマホの画面を操作して写真を消すとそのままポケットにしまった。そして櫂の疑問に答える。
「偽装したのよ」
「偽装?この娘が自分でということですか?」
「ここまで来れば分かったんじゃない、優里?」
「分かったわけではないけど・・」
珍しく歯切れが悪い。それだけ優里としても想定外のことなのだろう。




