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エージェント:簧黄3◆

タイトルに◆がある時は挿絵あり

男は自分の名はククルガだと言った。


彼は機関に所属していなかったが長い時を生きてきた存在で豊富な知識を持っていた。


あるとき、どうして機関に所属しないのか尋ねたことがあった。それに対して彼が言った言葉が

「ヤープは不滅ではない。我らにも代替わりするときが来る。それはより優れた器が現れた時だ。」


代替わり、replacement?

聞いたことのない概念だった。彼が言うには3次元人と違い精神エネルギー体である自分たちには目立った変化は起きにくいが、それでも長い時間をかけることで進化するのだという。彼はそれが自然な乗り換えを繰り返すことで達成できると考えているらしかった。


代替わりは突然起きるものではなく変化を予感させる(きざ)しというものがあるらしい。彼自身も別のヤープから教わったことで曖昧な点も多いが、それは具体的な何かということはなく、いわゆる『気のせい』の一言で片づけられてしまうことの中に潜んでいる。だからといって日々の出来事のすべてに目を光らせる必要はなく気付く時は気づくもので、気付かなければ『兆し』ではないとのことだった。

挿絵(By みてみん)


その時は特に気にもしていなかったが、認識が大きく変わるきっかけとなったのは任務期間中に彼と何度か接しているなかで自分がなぜアメリカに来たのかという話になった時だった。


「俺の娘が目の病気をして、角膜移植が必要になったんだ。それで組織と取引して角膜の手配をしてもらう代わりにこの任務に就いたってわけさ」

彼は俺の話をじっと聞いていた。てっきり自分と娘に同情して言葉を選んでいるのだろうと考えていたが、沈黙を破り彼から出てきた言葉は予想もしていないものだった。


「それは・・妙な話だな」

「いや、人間なんだから病気にだってなるだろう。なにかおかしいか?」

すると彼は俺の顔を見つめ

「後天的な病気は確かにある。俺の言っていることはそうではない。本来ヤープは婚姻を結ぶ際、意識せずナチュラルに相手の遺伝子をチェックするものなのだ。俺たちの得意の眼を使って」

「何のために・・」

「病気とまではいかなくても遺伝的に弱い部分を持っているかどうかを判断するのさ」

「・・・まさか」

「知らないのも仕方がない。ヤープは案外自分のことを知らないものだ」

「俺がDNAをチェックしたから病気に(かか)らないってことはないだろう?」

「そういうことじゃない」

「じゃあ、どういう・・」

「病気を発症する可能性を持つ遺伝子のある相手とはそもそも我々は婚姻を結ばないのだよ。本能的にな」

「え?」

「精神エネルギー体である我々に遺伝子の影響があるわけもない。だが、本能的にそういった異性との交流は避けるのだ。少なくとも俺の知る限り子を成したヤープで子供が重い病気に(かか)ったという話は聞いたことがない」


俺はできるだけ冷静になるよう一旦呼吸を整えてからあらためて発言した。

「じゃあ、なんだ?娘の目は病気じゃないってことか?」

疑問を言葉にすることで、ふたたび呼吸が荒くなっていく。ぼんやりしていた景色から霧が晴れていくようだった。だが少しも気分は良くならない。


彼は俺の眼を見て言う。

「100%病気ではないとは言えん。だがオマエ自身も気付いたことがあったんじゃないか?だとしたらそれは『兆し』の可能性がある」

霧が晴れ、最後のピースがはまり俺の頭の中で絵が完成した。



ククルガの言葉に実は思い当たる節があった。娘が目の病気であると分かった時に病状を探ろうと一度だけヤープの眼を使ったことがある。


3次元人の肉体を手に入れるとヤープはその能力の大半を失うが眼は例外だ。意識して使うことでヤープの視点に近い見方が可能となる。ただし脳の処理能力が追い付かないので短時間しか使えない。

エージェントの仕事でも滅多に使わない能力を初めて娘に対して使った。


元より何かしらの治療が出来るとは考えておらず、脳やその他の臓器にも異常が無いかを確かめたい程度の気持ちだった。果たして異常はあるのだろうか、眠っている娘の頭部に手を置き、意識を集中して娘の中に潜っていく。


ヤープの眼で見る光景は3次元人の目で見るそれとまったく異なる。表も裏もない。体の表面を視線が移動していたと思ったらそのまま皮膚を通過し、次の瞬間には裏側に移動している。一度通過してしまえば皮膚の中も丸見えであった。そのまま眼球に移動し目の状態を確認する。血管に小さな亀裂があり、出血が確認できたが重大なものではないと判断し、そのままにして視神経の中に潜り込もうとした。だがそのとき、娘の目がギロリと動いた。


驚きのあまり咄嗟に眼を戻してしまった。戻したあとに娘を見ると(まぶた)越しではあるが眼球の動きではっきりと自分の方に視線が向いていることが分かった。そのときはたまたまだと思い、それ以上詮索することもしなかったが・・・あれが兆しだとしたら・・・


娘の言葉が思い出される。


『お父さん、どうして目をくれないの?』


大きすぎる病気を患った少女が、その状況から抜け出したい一心で、すがるような気持ちで父親に放ったひとこと・・・ではない?


思い返せばあのとき『順番を待つ』という選択肢が普通にあったはずなのに、どうして裃と取引してまで角膜を手に入れようとしたのか?


あのときはあれしかないと思っていたが・・・

ククルガはこうも言っていた。


『もし、それが『replacement』だったら受け入れるしかない。それが我らヤープの定めだ』


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