表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/27

エージェント:簧黄2

「やらんわ!そんなこと‼」

櫂たちの言葉にほとんど被せるほどの勢いで統主が否定してくる。


あまりにも勢いがあったせいでびっくりして優里は少し涙目になってしまった。

「だって今の話だと『裏切り者には死を、その一族郎党にも等しく死を』って感じだったよね?」口をとがらして櫂に同意を求める。


櫂もあっさりと

「オレもそう思った」と認める。


孫ほどの年齢の子供に指摘され統主は口を「への字」に曲げて黙り込む。お互いが不貞腐れて黙り込むのを見て『これはいけない』とすかさず心暖がフォローに入る。


「誘拐はしないけど、娘とは接触してもらうわ。ただし目的は護衛」

明るいゆっくりとした口調で話す心暖の心遣いに櫂も明るく返す。


「護衛?誰から守るんですか」

「ちょっと心暖、この展開で嘘はやめてよね!」

心暖の言動の半分は嘘だと思っている優里が食ってかかる。せっかく場の雰囲気を和やかにしようとしているのに・・・思いついたことをすぐに言葉に出来るのは優里の良いところではあるが、これは完全に裏目だった。


「心外ね、嘘じゃないわよ」

さすがに心暖も少し憤慨している。そう言ってソファにもたれると、肘をつきその手で頬杖をしてもうやる気が起きないといった風で続ける。


「エージェント簧黄は結婚して子供もいた。中身が入れ替わっていないなら、その子は実の子でしょう?」


櫂と優里が目を合わせる。口外しないよう強調された本当の理由が分かった。


「つまりヤープと人間のハーフってことになるわけ」

二人の反応を見て心暖は満足したように口角を少し上げ、結論を告げた。



簧黄は誰もいなくなった和室で目を開けた。少し眠っていたようだった。

統主たちが部屋を出てから30分は経っただろうか。今頃は自分が2重スパイであることを明かし、その理由について説明をしているのだろう。


これから約1時間ドライブ奪還についての手順を話し合ったのち統主はこの部屋に戻ってくる。自分はその前にここから脱出しなければならない。部屋を見渡すと自分の首のない体が横たわっている。あからさまに不自然であるこれを残していったのは泳がせてやるという意味なのだろう。


(てのひら)で踊らされるというのはまさにこのことだな)


声には出さないがどうしても自虐気味な笑いがもれてしまう。

さしずめ今の状況は黒幕の後ろに実はさらに黒幕がいたという感じか。


自分だけでなく裃の手練れと言われる連中までもが予想通りの動きをしている。

いったい何を調べて、どう解釈すれば事前にこの状況を予測できるのか?


途轍もない力があるのは分かっていた。だが、それにしてもこれは次元が違いすぎる。

そう考えるとどうしようもなく自分のやっていることに対して無力感を覚えてやる気が出てこない。


目の前にある首なしの体。これを使えば脱出することは可能だ。そして、それは事前に予測された通りの行動をなぞっているだけ。・・・もし、ここで予測と違う行動をしたら・・・?

(何を考えている⁉)

甘い妄想に引き込まれる寸前で簧黄は戻ってきた。


(今、優先すべきことは何だ?)

誰かの思惑通りに動くのが嫌とか言っている状況ではない。もはや残り数手で詰みなのだ。ここで手順を一つでも間違えればすべてが破綻する。事前に予測した通り動くのは当然のことだ。


目を閉じて肉体に呼びかける。


心暖はさっきオレの体のことを空っぽの死体だと言っていたが、それは少し間違っている。


もとよりヤープにとって肉体は外殻なのだから最初から生きているも死んでいるも関係ない。重要なのはこちらからの呼びかけに応えて動くかどうかだけだ。


体はなかなか反応しない。それでも辛抱強く呼びかけを続けていると電気が走ったように全身がブルっと震えた。空っぽの死体が外殻に戻った証拠だ。そして首なしの体は動き出した。


上半身を起こし、膝に手を置き、ゆっくりと立ち上がる。動作はぎこちないが頭が無い分、重心のコントロールはしやすいのか、かなり傾いていたが立ち上がることが出来た。


だが、妙にフラフラとしている。そこで気が付いた。頭が無ければ三半規管も無いのだから逆にバランスを取りようがないのだ。


さすがに今まで首なしの体を操った経験はないので、自分のところに呼び寄せるまでなかなかの手間がかかった。それでもなんとか辿り着いた体をコントロールして頭を両手で抱えさせ本来ある位置まで持ってくる。ここまで出来ればあとは慣れたものだ。


3次元人の肉体を得たあとでも維持されるヤープの能力に肉体の再接続がある。

本来ヤープは肉体を持たないのだから正確にはヤープの能力とは言えないが3次元人の肉体を外殻として使うために必須の力だった。


(さて、このあとはどうするか?)


明日のドライブの受け渡しはオレの判断に任されている。なぜ予測ではなく選択肢を残すのかと訊ねると


『結果は変わらない。あとはお父さんの気持ち次第だから』

そう答えが返ってきた。『了解した』と返事をしたがおそらく彼女にはオレの選択が分かっているのだろう。それでもオレの意思に任せると言ってくれた以上、無い知恵を振り絞ってみるとしよう。


まず一つは当初の予定通りFibe(ファイブ)-A(アー)にドライブを渡すことだ。

シンプルで成功の確率も高い。


もう一つは裃に渡すパターンだ。だが、その場合Fibe-Aを完全に敵に回すことになる。同じ機関とはいえ裃とは比べものにならないほどの強大な存在である彼らを相手にしてまで裃に組みするかというと答えはノーだ。しかし裃には恩がある。交換条件とはいえ娘の角膜移植手術を認めてくれたことには感謝しかない。ドライブを渡すのではなく取り返すチャンスを与えることはありなのではないか。


ドライブの受け渡しについて裃には何の情報も与えていない。つまり圧倒的にFibe-Aが有利な状況に変わりはなく、オレは裏切っていないということだ。一方で先ほどの心暖の話を聞く限り裃は正確に現状を理解しておりFibe-Aに後れを取るようなことは無さそうだ。


そうなると懸念材料は娘を巻き込んでの争奪戦になること。それを避けるには早い段階でドライブの所在を明らかにし、争奪の対象を娘からドライブに仕向ける必要がある。そしてこの誘導の難易度は高くはない。たとえ(はら)の中にどんな思惑があろうと目の前にドライブをぶら下げれば食いつかないはずがないのだから。


ただ気がかりな点は()()()()()()()()()の娘の処遇だ。


いずれどちらかの機関に託さなければならないのであれば今は裃の方がいいような気がする。

(どちらかに託す・・か)

娘が目の病気になった時は正直こんなことはまったく考えていなかった。

3次元人の肉体を得たヤープが人間との間に子供を授かることはそれほど多くはないが過去にも事例がある。そして過去の事例において生まれた子供がヤープの力を持っていることは一例もなかった。

当然と言えば当然のことだ。ヤープは肉体ではなく精神エネルギー体なのだ。肉体ならばDNAが親の属性を子に引き継ぐ役目を果たすが、精神におけるDNA的な存在はない。


だから娘が自分の角膜を欲しいと言ったのも単に病気を治したい願望が言わせた言葉だと考えていた。

その願望をかなえるため裃と取引し自分は戸籍上死亡することになってしまったが娘の病気は回復し、数年間の潜入調査をこなせばまた戻ってこられる。これ以上望むべくもない最高の結果だとあの時までは思っていた。



『replacement』

アメリカに渡り出会ったヤープの先達。彼から教えられた概念。


ヤープについての認識は長い間誤った形で3次元人の間に伝わっていた。最たるものがヤープは自由に体を乗り換えられるという都市伝説だ。3次元人の体に入るというのは間違っていないが、実はそれほど簡単なことではない。例えるなら3角形の箱に四角形の物体を無理やりはめ込もうとするようなものだ。これはヤープとして持つ優れた能力を削り落として3次元人のレベルまで弱体化させることを意味する。これだけでも相当リスクが高いのだが、さらに元々の持ち主が生きている間は体の中に入ることは出来ないという条件が付く。自然界で死んだ直後の肉体に出会うことは極めてまれであり、当然にしてヤープが肉体を得ることが出来る確率も極めて低いということになる。


Fibe-Aはこのヤープの弱みをうまく突くことで多くの同胞を組織に取り込むことに成功していた。


これもヤープについての認識の誤りの一つだが我々は決して超然たる存在として世界を俯瞰(ふかん)していたいなどとは思っていない。能力の一部を捨ててでも3次元人として生きたいと思う者が大半なのだ。


その点Fibe-Aという組織は新鮮な肉体を得るのに事欠かない。裃も優れた機関ではあったが血なまぐさい仕事をこなすという点ではFibe-Aとは比較にならない。今の肉体が加齢やケガなどで使い続けるのが難しくなってきたとき、速やかに次の肉体を手に入れる機会がふんだんにある。さらに言えば選べる肉体の種類も男性から女性、若者から中年、運動系から頭脳系とバリエーションも豊富である。このキャッチフレーズに釣られて野に散らばっていたヤープの多くがFibe-Aに所属している。


当然、所属する数が多ければ研究も進む。これまで希少種でほとんどの機関が都市伝説程度の情報しか持っていなかったのがこの20年で飛躍的に研究が進み、かつての謎の生命体も今ではごく普通の精神エネルギー体へと認識が変わってきている。


もちろんヤープのすべてがFibe-Aとべったりのこの状況を良しとしているわけではない。本来のヤープは何物にもとらわれず自由にあるべきだと考えている勢力も一定数いる。だがそういった連中でもヤープの多くがアメリカに拠点を置くことは仕方のないことだと理解はしている。


俺が出会ったヤープもそんな一人だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ