裃本家8
「じゃあ、細かいところの説明ね」
心暖が話し出す。ここまでの一連の行動が簧黄を罠にかけて捕らえるためというのは分かったが細かいところについては不明な点がある。心暖は統主に軽く目配せしてから
「アタシたちはドライブを暴走させたのはコイツであることはほぼ内定できていた」
これは櫂と優里にとって予想した通りの答えだった。だがその答えはなぜ今まで捕らえなかったのかという疑問につながる。こういう時に質問をするのは優里の役目だ。先ほどのショックからはなんとか立ち直ったようで声も落ち着いている。
「そこまで分かっていて捕らえなかったのは、政治的な問題、もしくは物理的に捕らえるのが難しい?それとも両方の理由?」
早口ではなくゆっくりと質問する。その口調は落ち着いているが言っていることは強気だ。
要は『全部洗いざらい話せ』と言っているのだ。
心暖は苦笑する。
「分かっているわよ。きっちり説明させてもらいますよ、お姫様」
こういうところで煽りを入れてくるところはさすが心暖だと櫂は思う。
優里に目をやると怒りのオーラが立ち上っている。頭の回転は速いが、一方で沸点が低いのも優里の特徴で怒りをコントロールできないとあっさり言い合いで負かされることがある。
特に心暖は天敵でこの流れでやり込められたのを3,4回は見た記憶があった。
だが、こういう時のために自分がいる。櫂は優里の背後に回り後ろから両手で目隠しをする。
「うわっ」と優里が驚く
「見るな!声だけ聞いていろ」
低く落ち着いた声で静かに語り掛ける。ゆっくりと呼吸を整え自分の存在を消す。消しながら静かな流れをイメージする。流れは小さな渦を描き、ほんのわずかその場に留まる。しかし次の瞬間には渦は解け、また静かに流れていく。
琉れるように、瑠まるように・・・
櫂の手のひらから伝わる感覚に触れ、優里の荒れていた心の波が凪いでいく。ふうっと軽く息を吐くと自分の左手を櫂の手に添えた。もう大丈夫だという合図だ。
「分かった。心暖、続けて」
心暖は一連のやり取りを冷ややかな目で見ていたが
「捕らえなかったのは物理的な理由よ。こいつヤープなの」
「ヤープ⁉」
素っ頓狂な声を上げると優里は櫂の目隠しを外し、円柱の男に駆け寄る。
櫂は苦い顔をして心暖を見る。
やはり心暖は優里の扱いがうまい。
「ええ⁉これが4次元人ヤープ。初めて見た。じゃあ、この体って借り物?ああ、違うか。確か外殻だよね。でも、そうするとこの体の元の持ち主は死んだってこと?コイツがやったの?」
「この肉体は簧黄という裃のエージェントであることは間違いない。記録によるとエージェント簧黄は3年前にアメリカに行きFibe-Aの潜入調査を命じられている。1ヶ月前に任務の継続が不可能になったという理由で帰国しているけど、その時には中身はすり替わっていたんでしょうね」
優里は改めて生首の男を見る。首だけになっても生きていたのはてっきり心暖が牒の能力を使って生かしているのかと思っていたが
「コイツが首だけで生きているのってヤープの能力?」
「そういうこと」
「じゃあ、あっちの体は空っぽなわけ?」
「ヤープは自分の意識を肉体の中で移動させることが出来る。首を斬られた瞬間、すべて頭に移ったから体の方はもう完全にただの死体よ」
呼吸器官である口と鼻が分断された状態で胴体が生きているのなら胴体の方は首の切断面から直接酸素を取り込んでいるのかと優里はグロい想像をしていたがそれはないらしい。
しかし優里は気づく
「それなら、この首はどうやって酸素と血液を循環しているの?」
キラキラした眼差しで尋ねる。本来の目的から外れること著しいがこうなると止まらない。
「口の中に魔力で酸素と血液を循環させるシステムを作っているのよ。さっきから一言もしゃべってないでしょ、コイツ」
「なるほど」
そう言うと優里は生首の頬に手を伸ばし触ろうとする。
「優里!」
さすがに見かねて櫂が止めようとするが、それよりも先に心暖が優里の手をピシャリとはたく。
「止めなさい。捕まった敵だから何をしてもいいというわけではないのよ」
手をはたかれた優里は固まったまま心暖を見ている。その顔はなぜ叱られるのかが分からない子供のような表情をしている。
心暖は優里に近づき諭すようにゆっくりと語り掛ける。
「戦いに身を置いているからといって獣になってはだめ。勝ったからといって相手の何もかも奪う権利があるわけじゃないの。確かにあなたがこれから進もうとしている道は人の心を持ったままでいるのは難しいかもしれない。それでもあなたは人間でいることを止めてはいけない。どうしても獣にならなければならない場面になったなら、その時はアタシや櫂があなたの代わりになるから」
櫂は優里を止めようとして伸ばしかけた右手を握り、そしてゆっくりと収める。
確か心暖は19歳で優里より3歳しか違わないはずだが、こういったところを見せられると年齢以上の差というものを感じる。
心暖がずっとそばにいてくれたらあるいは優里の性格ももう少し穏やかなものになったかなと考えていると
「信元の育て方が悪いのぉ」
と統主がゲラゲラと笑いながら悪口を差し込んでくる。
(台無しだ)
櫂は高笑いをする統主を恨みがましい目で睨みつけるが当の本人はまったく気づいていない。
優里と心暖も白けた目で統主を見ている。




