別離と弔意
数日後、永介の葬式は執り行われた。
雨は降っていなかった。けれど、空は重く垂れ込めていて、今にも泣き出しそうだった。葬儀場の前には、思っていたより多くの人影があった。黒い喪服。低く交わされる囁き声。中学の頃のクラスメイトや、担任だった教師の姿もある。「……まさか、あんな事故でな」「まだ若いのに……」聞き慣れた声が、遠くで揺れていた。線香の匂いが、空気に重く滲んでいる。参列者は確かに多い。だが――永介の親戚と呼べる人間の姿は、どこにもなかった。前列に座っているのは、永介の両親だけ。2人から流れてくる感情だけが、異質だった。そこには、俺に対する怒りも、恨みも、俺に向けられた悪意もなかった。永介の両親は、俺を責めていない。むしろ。「自分たちのせいだ。」そんな自責の念のようなものが、重く沈殿していた。永介の母親が、わずかに視線をこちらへ向ける。その目は赤く腫れていて、責める色は、どこにもなかった。そこにあったのは――言葉にできない、申し訳なさだった。思わず、視線を逸らす。この場で、それを受け止める資格が自分にあるのか、分からなかった。
静まり返った式場で、祭壇に飾られた遺影が目に入る。そこにいる永介は、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。――おかしいな。こんな場所にいるのに、今にも「遅いよ」と声をかけてきそうだった。椅子に腰を下ろした瞬間、無意識に身構える。……来る。葬儀場に訪れている人々がただ永介の死を悼んでいるからこそわかる。入口の方に弔いが目的でない誰かがいる。人が多ければ多いほど、俺の中の“それ”は、より目立つ。強い怨念。憎しみ。俺はその強い感情に圧倒され“それ”を感じる方を見なかった。いや……見れなかった。感情を探ろうとして、息が止まる。
その時、俺の隣を黒いコートの男が通った。髪は自然な金髪で場違いなほど、飄々とした雰囲気を醸していた。コートの男は焼香を手早く済ませ、永介の両親の元へ行き一礼し、何かを耳打ちして線香をあげてあっさりと参列席に下がって行った。その時には、“それ”も気配は消え、読経の声が響いていた。
香炉の煙が、ゆっくりと立ちのぼる。永介の遺影が、煙の向こうで揺れる。――ここで終わるんだ。俺たちの「当たり前」が。




