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Prologue No.7 ~成瀬・Noelle・Reinhard(なるせ・ノエル・ラインハルト)~

 いつもの剣の稽古の時間。練習場の灰色の石畳が冷気を抱え込み、靴越しに骨まで冷たさが染みてくる。高い石壁には無数の刃痕が刻まれ、長い年月ここで交わされてきた決闘の歴史を物語っていた。塔の影がゆっくりと伸び、朝の光が鋼色に滲む。

「お見事!」

 拍手が石壁に反響した。中央では年長の少年が剣を振り終え、観覧席に並ぶ親族たちが満足げに頷いている。まるで宝石の指輪を選別するような視線。賞賛は与えられる者を選ぶ。そして私は、その選択の外側にいた。壁際で木剣を握る。革手袋の内側で、掌の傷がわずかに開いた。

「次」

 私の順番が来ても、名前を呼ばれることはない。石を踏む音が乾いて響く。視線が一瞬だけ集まり、すぐ逸れる。期待ではなく——観察。弱者として捉えた少女がどこまで持つかを測る目。剣を構える。冷たい空気が肺を刺す。踏み込み。回転。斬撃。完璧だった。沈黙。小さな笑いが漏れる。それだけ。私は一礼だけして、列へ戻った。感情は不要だ。この一族では、結果以外に価値はない。

 城館の裏手にある中庭は、別世界のように静かだった。蔦の絡む回廊。噴水の水音。白い石像の肩に朝露が光っている。

「ノエルお姉さま」

 柔らかな声。ベンチに妹が座っていた。毛布に包まれた細い体。透けるほど白い肌が朝日に溶けそうだった。

「また無理をしたでしょ」

 小さな手が私の指に触れる。温かい。ここだけが、この屋敷で唯一生きている場所だった。

「大丈夫だよ」

「嘘。震えてる」

 言い返せない。

「……見てたの」

「うん。窓から」

 妹は誇らしげに笑った。

「誰よりも速かった」

 胸の奥が、わずかに痛む。この子だけが知っている。誰もいない夜明け前の鍛錬を。

「学院へ行くんでしょう?」

 風が噴水の水面を揺らす。外の世界。血統ではなく実力で測られる場所。

「行く」

 迷いはなかった。

「必ず」

 三日後。ラインハルト家の大ホール。天井は遥か高く、巨大なシャンデリアが冷たい光を落としていた。歴代当主の肖像画が壁を埋め尽くし、数百年分の視線が見下ろしている。

「東京魔法・魔術学院への推薦を望むと聞いた」

 家長の声が響く。父ではない。ラインハルト家の長だ。

「今ここでお前にその価値があると証明しろ」

 目の前に年上の青年が現れ、私に対して木剣を投げた。瞬間的に分かった。こいつを倒せばいいのかと……。余裕の笑み。観客席から失笑が漏れる。――合図。その瞬間に剣が火花を散らす。重い。速い。弾かれ、石床へ膝を打ちつける。冷たさが骨まで走った。

「もう十分だろう」

 誰かが言う。立つ。息が白く滲む。妹の顔が浮かぶ。魔力を流す。剣へ。青白い雷が刃を走る。空気が裂ける。振り下ろす剣からバチバチと音がする。それでも、速さが足りない。――なら。自らの体に電気を纏わせる。加速。世界が遅れる。踏み込んだ瞬間、電流が足元を走る。青年の動きは自分の動きよりもずっと遅く感じられた。まるで時間が止まったように……。迷わず剣先を喉元へ。静寂。

「……勝者、ノエル・ラインハルト」

 誰も喜ばない。誰も拍手しない。歓声も上がらない。

「自分の立場もわからないのか」

「あさましい」

「図々しい女だ」

 冷たい評価だけが落ちる。家長も母も、無表情だった。その時、理解した。この一族は、私を認めない。

 夜。長い回廊に灯火が揺れる。扉が開いた。

「お姉さま!」

 妹が駆け寄る。息を切らしながら、小さな拍手をした。

「私、本当に……誇らしいわ」

 たった一人の祝福。視界が滲む。

「……勝てた」

「うん」

「学院へ行く」

 妹は涙をこぼしながら笑った。その手を握る。温かい。守りたい温度だった。

「私はまだ満足したりなんかしない。」

 血統のためではない。この城を出るために。——私たちが自由になるために。

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