異変と探検
翌日。名簿と教科書を抱え、侑は学院の通路に立っていた。……まず、どこにいるんだろう。名簿には名前と担当科目しか書かれていない。部屋番号も、常駐場所もない。考えても仕方がない。侑は、近くにいた生徒に声をかけた。
「あの、すみません」
振り返ったのは、背の高い黒人の男子生徒だった。
「はい?」
「この先生、どこにいるか分かりますか」
名簿を見せる。
「ああ、この人なら、たぶん実技棟」
「ありがとうございます」
礼を言って歩き出す。次の分岐点で、また立ち止まる。今度は、通りすがりの白衣を来た教師らしき人物に声をかけた。
「基礎理論の先生を探していて……」
「ああ、その方なら、今は研究棟だね」
低く落ち着いた声。顔立ちは日本人とはまた違った雰囲気のあるアジア系の女性。
「エレベーターは使わず、階段を使うと早いよ」
「ありがとうございます」
学院の中を歩きながら、ふと気づく。……本当に、いろんな人がいる。廊下を歩く生徒たちは、年齢がまちまちだった。明らかに自分より年上に見える者もいれば、逆に幼さの残る者もいる。外見も、価値観も、空気感も――そろっていない。実技棟へ向かう途中、奇妙な光景に出会う。生徒の肩に、何か黒いモヤがかかっていた。ふと目をこらすとそこら中に同じモヤのようなものが蠢いている。ほかの生徒たちはそれが当たり前のように、誰も気にしていない。別の場所にも、足元に影のようなものが付いている生徒もいた。影は、その生徒の動きとは微妙にずれている。
自然と不気味さより今まで自分の気づかなかった世界が見えているような気がした。聞き込みを続ける。
「この先生、どこにいますか」
「ああ、その人なら今、授業中」
「じゃあ、この人は?」
「さっき中庭にいたよ」
答えはまちまち。けれど、誰も面倒くさそうにはしない。むしろ、当然のように教えてくれる。ここは、混ざってる。同じ制服を着ていても、同じ年齢でも、同じ国でもない。それでも、同じ空間にいる。昨日、集会で見た景色。昨日、授業で感じた空気。すべてが、少しずつつながっていく。……これが多様化なのかな。言葉にすると簡単だが、実際にその中に立つと、重みが違う。居心地の良さと、居心地の悪さ。安心と、不安。それが同時にある。最後に立ち止まった廊下で、侑は深く息を吸った。まだ、慣れない。分からないことだらけだ。それでも――悪くない。そう思える自分に、少しだけ驚く。名簿を握り直し、次の目的地へ向かって歩き出した。この学院で過ごす時間が、確実に、侑の視野を広げ始めているのを感じながら。




