視線と舞台
翌朝。学生堂は、朝から独特の熱気に包まれていた。高い天井。オペラ劇場のような作りになっている。壇上を取り囲むように、生徒たちが集まっていた。笑い声、ひそひそ話、靴音。昨日見かけたさまざまな集団が、同じ空間に混ざり合っている。
「……すごい人ですね」
「中等部と高等部の全員が集まってるからなぁ」
隣でケビンが肩を回す。
「このあと、みんなの目の色変わるぜ」
その言葉の直後だった。――コツン。杖が床を叩く音が、学生堂に澄んで響いた。
「はい、はい。そこまでよ」
やや高めで、艶のある声。それだけで、ざわめきがすっと引いていく。壇上に立っていたのは、学院長だった。年齢は測れない。背筋は伸び、所作の一つ一つが洗練されている。穏やかな微笑みの奥に、絶対的な主導権が滲んでいた。
「おはよう、可愛い子たち」
苦笑が漏れ、同時に何人かが背筋を正す。
「春学期・中間考査前集会、始めるわね」
学院長は、扇子を広げるような仕草で手を動かす。
「当学院は海外式スケジュール。つまり――」
一拍置いて、
「ここからが、腕の見せどころ、ってわけ」
くすり、とどこかで笑いが起きた。
「もう分かっているでしょうけど、今回の考査も筆記だけじゃありません。前回の考査直後から与えられていた課題に沿った研究発表、そして実践を伴う実技試験。これらも、すべて評価対象です」
学院長は満足そうに頷く。
「もちろん、後者二つは公開制」
ざわ、と空気が揺れた。
「将来、どうせ多くの人の目に触れるのだもの。だったら最初から、見られる前提でやるべきでしょう?」
にっこりと微笑む。
「さて。そして――」
声が、わずかに弾む。
「みんなのお楽しみ。“ご褒美”について話しましょう」
学生堂の空気が、一気に色めき立つ。
「まず、筆記考査。各科目の上位者五名には、その科目における獲得習得度数を二倍付与します」
数人が息を呑む。
「加えて、希望する研究機関・関連施設への見学権も与えましょう。自分の得意分野を、もっと深く覗いてみる機会ね」
ケビンが、隣で小さく呟いた。
「やべえだろ。好きなことを突き詰めたやつほど、次の扉が開く仕組みだ」
学院長は続ける。
「さらに、筆記考査の総合成績上位五名には――将来的な就職推薦状の優先度を引き上げます」
今度は、ざわめきがはっきりと広がった。
「次に、研究発表と実技試験。こちらもそれぞれ上位五名に、同様の推薦優先度を付与します。加えて、課外活動での評価ポイントを、現在着手しているランク五回分、上乗せ」
当然のことのように、学院長は言う。
「努力した子は、きちんと報われなきゃ」
柔らかな声。だが、その言葉は鋭く、芯があった。
「常に精進なさい。才能は素敵。でも、それだけじゃ、続かないのよ」
ふと、学院長の視線が学生堂を巡る。
「それから――」
その視線が、侑のあたりで止まった。
「昨日から、編入生が一人、加わっています」
周囲の空気が、わずかに張り詰める。
「期待している教員も、いるわ」
視線が集まるのを、あえて遮らない。
「でもね」
学院長は静かに、はっきりと言った。
「特別扱いはしない。ここは、実力の世界ですもの」
さらりと。
「どう評価されるかは――あなた次第。周り次第」
それだけ告げて、話を締めくくる。
「以上よ」
杖を軽く鳴らす。
「健闘を祈ってるわ。みんな」
その一言で、張り詰めていた空気がほどけた。
「よし、やるか!」「褒美、狙うぞ!」「研究発表、マジでやべえ……」
学生堂は、一気に学生らしい喧騒に戻る。侑は、胸の奥に残る鼓動を感じていた。視線を感じる。怖さは、ある。けれど――
「悪くない顔してるぜ」
ケビンが横で言った。
「舞台に立たされたって感じだろ?」
「……はい」
侑は、そっと息を吸う。ここは、逃げ場じゃない。試される場所だ。けれど同時に――何かが始まる場所でもある。春学期・中間考査は、もう目前だった。




