高揚と不安
ノックしてから、三秒。
「はーい、どうぞ〜」
気の抜けた声が返ってきた。ケビンがドアを開けると、室内は想像していた“教師の部屋”とは少し違っていた。机はある。書棚もある。だが、それらはきちんと並んでいるというより、積み上げられているに近い。本、紙束、魔道具らしき器具が雑多に置かれ、壁には用途不明の図形や式が書かれたボードがいくつも掛かっている
「やあ、新生活どう?」
椅子を回転させながら、マーリンがこちらを見る。
「……まだ半日も経ってません」
「それでも感想は出るでしょ」
そう言って、にやりと笑う。
「で、ケビン。ちゃんと案内してくれた?」
「一通り」
「えらいえらい」
適当に褒めてから、マーリンは侑に向き直った。
「さて。じゃあ学院の説明といこうか」
指を鳴らすと、背後の棚ががたがたと揺れ、分厚い本が数冊、宙に浮いた。本はそのまま侑の前の机に積み上がる。
「これ、基礎教本」
「……基礎?」
「うん。基礎」
さらに二冊、三冊。
「魔術構築理論、魔法史、感応・精神系魔術」
「……精神系?」
「君に今一番必要な分野だね」
マーリンは悪びれもせず言った。
「この学院、特徴は三つある」
指を一本立てる。
「一つ。挑戦する生徒を大歓迎する。やりたいことがあれば遠慮はいらないし、必要なものがあれば学院に申請すればいい」
さらっと言う。二本目の指が立つ。
「二つ。年次は飾り。実力があれば年齢も学年も関係ない。上級生だろうが、教員だろうが、力を示したければ挑みなさい」
廊下で見た、様々な集団の姿が脳裏に浮かぶ。
「三つ。学院はあくまでサポート役」
指を下ろし、肩をすくめた。
「やるのは生徒自身。自主性ってやつだ」
一拍置いて、マーリンは笑う。
「だから、ここは楽しい」
冗談めいた口調だったが、その言葉には確かな重みがあった。
「行事も多いよ」
壁のボードに、文字が浮かび上がる。
「定期演習、合同実技、外部遠征、模擬戦、研究発表」
「……多くないですか」
「暇よりいいでしょ」
即答だった。
「ちなみに、評価は全部公開制」
「公開……?」
「強いやつも、失敗したやつも、全部記録される」
ケビンが小さく笑う。
「ここで名前売るやつもいれば、静かに埋もれるやつもいる」
「埋もれるのも、別に悪くないけどね」
マーリンが付け足した。
「学院は舞台。立つか、降りるかは自由」
侑は無意識に背筋を伸ばしていた。怖い。けれど、それ以上に、胸の奥がざわついている。
「明日の朝は全体集会」
マーリンが話を締めにかかる。
「顔合わせと、学院長からのありがた〜い話」
「……軽そうですね」
「軽いよ」
一拍。
「内容は重いけど」
信用ならない言い方だった。
「集会が終わったら、またここに来て」
「理由は?」
「君の正式なカリキュラムを決める」
マーリンは意味ありげに笑った。
「カリキュラム表見たって、今は何も分かんないでしょ?」
その一言に、期待と不安が同時に押し寄せる。
「じゃ、今日はここまで」
マーリンは椅子を回しながら手を振った。
「教科書、落とさないようにね」
腕に抱えきれないほどの本を抱え、侑は部屋を出た。重さは確かにある。けれど、それ以上に――この学院で何が始まるのか。それを考えるだけで、胸が少しだけ高鳴っていた。




