学院と門出
車が止まった。正門を抜けた先に、円形の広場が広がっている。学院のロータリー。中央には石造りの台座があり、そこから一本の道が真っ直ぐ延びていた。人の姿は、今は見えない。けれど、ここに何かがいることだけは、直感的に分かる。
「はい、着いた」
マーリンが、いつもと変わらない軽さで言った。
「ここが学院の入り口の一つ。生徒たちが、出入りのたびに最初に目にする場所だ。」
車を降りる。ドアを閉めた瞬間、街の音がすっと遠のいた。背中に、うっすらとした違和感。誰かに見られている、というほど明確じゃない。ただ、何かが近くに“いる”。ロータリーの中央、台座のそばに大きな人影があった。
「あら」
艶のある声が、静かな空気に溶ける。
「今日は新入生が早いのね」
落ち着いた装いの人物――学院長が、こちらを振り返った。身長はとても高く、二メートルにも及ぶほどだ。見下ろされているはずなのに、不思議と圧迫感はなかった。性別の輪郭は曖昧で、けれど“マダム”と呼びたくなる貫禄がある。
「おはようございます」
マーリンが軽く手を振る。
「珍しくちゃんと連れてきましたよ」
「“珍しく”は余計よ」
「事実じゃないですか?」
「……反論できないのが腹立つわね」
ため息混じりに言いながら、どこか楽しそうだった。学院長は、俺に視線を向ける。
「あなたが、常盤侑ね」
自然な歩幅で近づいてくる。距離が縮むのに、拒否感はない。
「初めまして。学院長よ」
「堅苦しければ、マダムでもいいわ」
「その呼び方、本人が気に入ってるんだよ」
マーリンが口を挟む。
「気に入ってるのは、あなたでしょう」
「え、バレてました?」
学院長は軽く鼻で笑った。
「ここを抜ければ、学院の中心」
出入り口の真ん前にある1つだけある門を示す。
「生徒も、教師も、用があれば必ず通る場所よ、つまり、人間関係の交差点に当たる。だから、衝突も多いの」
「じゃあ危ない場所だ」
またマーリンから茶々を入れる。
「あなたが言う?」
「僕は事故らせる側なので」
マーリンは悪びれもせず言う。学院長は、俺に向き直った。
「最初にここへ連れてくるのは、昔からの決まりなの」
「理由は?」
「いつか分かるわ」
即答だった。
「ここは完全なる安全な場所ではない」
声は柔らかい。
「でも、学ぶにはちょうどいい」
マーリンが肩をすくめる。
「だいたい、ぬるい場所じゃ成長しないでしょ」
「こら、あなた基準で語らない」
「えー、基準は高いほうがいいじゃないですか」
学院長は、呆れたように、けれど否定はしなかった。
「案内、任せるわよルキウス?」
「了解」
マーリンは軽く手を上げる。
「じゃ、ひとまず顔合わせからかな」
「いきなり賑やかになるわよ。でもきっと慣れるから」
そう言って、俺を見る。
「大丈夫。変なの多いけど、悪い人ばっかじゃない」
学院長の言い方は冗談みたいな言い方だったが、不思議と落ち着いた。歩き出す前、学院長が声をかける。
「侑ちゃん」
振り返る。
「迷ったら、ここに戻りなさい」
ロータリーを、軽く指で叩く。
「ここは、いつも開いてる」
それは命令でも忠告でもなく、この学院の“前提”のように聞こえた。ロータリーを離れる。背後で、学院の中心が静かに息づいている。ここが、境界で、交差点で、始まり。俺は、その内側へ足を踏み出した。




