一日目
女子高生のアヤは目覚ましの音で目を覚ました。
窓から差し込む朝の光も制服の感触も、昨日までと変わらないはずだった。
登校してすぐ、友人のユイが「トイレ行ってくる」と軽く言った。
アヤもついていく。
扉を開けて目にしたのは、男女の区別も仕切りもない空間。
生徒たちは談笑しながら用を足している。
ユイも自然に腰を下ろし、豪快な「ブッ!」という音が響いた。
続いて排便する音が流れても、誰も反応しない。
ユイは手を洗いながら振り返り、「アヤ、トイレしないの?」と尋ねる。
その軽さに、アヤの胃の奥が重く沈んだ。
授業が始まって間もなく、教室に「ぷぅ」と軽い音が広がった。
アヤは思わず顔を上げたが、周囲はノートを取り続けている。
先生も黒板に文字を書き続け、生徒たちも表情ひとつ変えない。
さらに一人の女子が手を挙げ、「先生!お腹痛いんでウンコしてきま~す」と明るく言った。
先生は「はい、行ってらっしゃい」と淡々と返す。
誰も笑わず、誰も驚かない。
アヤだけが頬を熱くし、共感性羞恥に押し潰されそうになっていた。
午後、プールの授業。
更衣室に入った瞬間、アヤは息を呑んだ。
そこは男女共用で、生徒たちは裸のまま談笑していた。
笑い声が響き、誰も隠そうとしない。
アヤは隅に身を寄せ、必死に体を覆いながら着替えようとした。
すると全裸の男子が近づき、気さくに声をかける。
「アヤ、顔赤いけど熱でもあるんじゃね?」
アヤは目を覆い、声を震わせた。
「ちょっと!下隠してよ!」
男子は首をかしげ、不思議そうに答える。
「え?なんで?」
アヤは思わず問い返した。
「……恥ずかしくないの?」
その瞬間、男子はさらに眉をひそめ、首を傾げた。
「恥ずかしいって何?」
アヤの背筋が凍りついた。
この世界から「恥ずかしい」という概念そのものが消えている。
彼女だけが、その感覚を知っているのだ。
放課後。
日が傾いても外は蒸し暑く、汗がにじむ。
ユイは「暑すぎ!汗でベタベタして気持ち悪い!」と叫び、ためらいもなく服を脱ぎ捨てた。
すっぽんぽんの姿で両腕を広げ、「風が最高!」と笑う。
通行人はその光景を目にしているはずなのに、誰一人として振り返らない。
まるでそれが日常であるかのように、無反応のまま歩き続けていた。
「……どうして、誰も気にしないの……?」
ユイと別れたあと、アヤは一人で家路についた。
夕暮れの街はまだ蒸し暑く、アスファルトから立ち上る熱気が足元を包む。
ふと前方に目をやると、若い男が歩いてくるのが見えた。
服を脇に抱えたまま、スマホの画面に視線を落とし、全裸姿でゆっくりと歩いている。
アヤの足は止まった。
普段の世界なら「変質者!」と叫んで逃げ出す場面だ。
男はアヤに気づくと、軽く会釈をした。
その仕草は礼儀正しく、自然体で、何の含みもない。
すぐに再びスマホへ視線を戻し、アヤの脇を抜けて歩き去っていった。
アヤは目を丸くしたまま、動けずに立ち尽くす。
「……どうして、こんな世界になってるの……?」
胸の奥で困惑が渦巻き、自分だけが異常なのではないかという思いが、じわじわと広がっていった。
家に帰ったアヤは、夕食の後、母に今日の出来事を打ち明けた。
「学校でね……みんな、トイレも着替えも、ぜんぜん隠さなくて……。私だけが変に思ってて……」
母は少し首を傾げ、まるで当たり前のことを確認するように微笑んだ。
「それ、普段通りよね?何か変な所あるの?」
アヤは言葉を失った。
母の反応は真剣さを欠いているわけではなく、本当に「普通のこと」として受け止めているのだ。
その自然さが、かえってアヤの混乱を深めた。
夜。布団に横たわっても、昼間の光景が頭から離れない。
男女共用のトイレ、裸で談笑する更衣室、放課後のユイ、そして帰り道で出会った全裸の男。
どれも異様にしか思えないのに、誰も気にしていない。
「……私がおかしいの?」
その問いを胸に抱えたまま、アヤは困惑の中でまぶたを閉じた。
こうして一日目は、答えのないまま静かに終わっていった。




