表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生エルフ、ポケット巡洋戦艦を作りました!  作者: サクヤ・ゾーセン
プロローグ
1/10

プロローグ:転生人、契約を解除される

物語の始まり、メインストーリーの発端です。

このプロローグのあと、物語は転生が発生した時点へ戻ります。


※2025-11-09 : 転生・天界編を書いていた都合で、船の仕様を少し調整しました。

※2025-11-16 : 魔導機関のすり合わせにかかる時間を半年から数か月に修正しました。

※2025-11-21: 船の呼び方を支援船から雑用船に変更しました。

 ――転生から百年目。

 

 エティーゴ諸島王国 キキヨヤ公爵領 キキヨヤ港。


「ルタヴァール船長、これまでご苦労でした」

 港湾奉行所の事務方与力が、書類から顔も上げずに言った。

「本港があなたと結んでいる支援業務の契約ですが、今月末で終了とさせていただきます」


 一週間ほど前のことだ。大嵐に帆柱を折られて漂流している大型貨物船があるとの連絡を受けて、おれの指揮する船はまだ荒波が立つ海原に向け、おっとり刀で出港した。

 出港して二日目。帆を失ってフラフラ漂流していた全長八十メルテもあるデカい貨物船を発見。乗組員の全員無事を確認。

 三日目には、嵐に叩かれて痛んだ船体へそっとロープを渡して結びつけ。

 四日目には、船を前進、後進また前進、と忙しく操ってそろりそろりと引っ張り始め。

 そこから五日もかけてやっとこ港まで戻ってきた。

 やれやれと港湾奉行所まで報告にきてみれば、おれを待っていたのは馴染みであるはずの事務方与力からの、とっても冷たいクビ通告である。


「いやいやいや。待て待て待て」

 心のうちの動揺を押し隠して、間髪を入れず抗議する。

「先月に一年の契約を結び直したばかりじゃないか。いきなり契約解除だなんて、そんな無法はまかり通らないぞ」

 これくらいを即座にまくし立てる機転がなければ自由業の船長なんて務まらない。

「だいたい、昔馴染みの雑用船が突然いなくなったら、港の業務が回らないだろう?」

 いやまあ、回らなくなりかけてるのはおれのクビのほうなんだが。


「なんとおっしゃられようとも」

 普段はおれとたわいもない軽口を叩き合っているアイシャ。港湾奉行所の腕っこきの事務方与力が、あなたとは初めてお会いしましたがなにか?とでも言うように振舞っている。

「これは港湾奉行所としての決定でありますから、船長にはよろしくご承知おきください」

 いつもの陽気な態度とは打って変わった平板な応対は、その白い肌とも相まって、まるで石の壁に話しかけているような素っ気なさだ。


「なお、契約解除に伴う当方からの違約金は、さまざまな事情を勘案いたしまして」

 彼女はそこで一度言葉を切り、ようやく顔を上げた。メガネの奥で光る、感情が込められていない目がこちらを捉える。

「規定の倍額を、月末に口座へ振り込みいたします」

 どう抗議しても“御奉行の決定”、“手切金を弾んでやるからとっとと失せろ”、その一点張りである。


「なあ、アイシャ。おれとはそこそこ長い付き合いだろ?」

 おれは窓口に身を乗り出す。

「事情くらい、教えてくれてもいいじゃないかよ。これまでずいぶんと、持ちつ持たれつやってきただろう?」

 せめて事情を教えろ、いえお答えできかねます、と押し問答をすること数分。

「な?多少なりとも誠意ってもんが必要だと思わないか?」


 根負けしたアイシャが周囲を見回し、これは他言無用だからね、と小さな声で囁いた。

 

「ルタヴァール……あんたさ」

 彼女も身を乗り出してさらに声を落とす。

「自分がとんでもない美形だって自覚、あるよね?」

「なんだそれ、藪から棒に」

 おれは面食らって首をのけ反らせるが、アイシャはそんなおれを黙って見つめている。

「まあ……エルフの姿は、人間には随分とよく見えるらしい、ってのは知ってるよ」

 自分の金色の髪を、長くしなやかな指でひっぱりながら、おれはそう言うしかない。


「ここの公爵様に、姫様がいらっしゃるのはご存じ?」

「けっこうな別嬪だって評判の、年頃の娘さんのことか?」

 港の噂話程度には知っている。

「そういえば学院を出た俊英の婿さんが来てくれる、っておめでたい話があったっけかな」

 

 アイシャはメガネを外し、眉間を揉みながらため息をついた。短く切りそろえた茶色い髪が揺れる。

「その結構な別嬪で、ちゃあんとした婿様も決まった、大事な姫様がですね」

 彼女は言いにくそうに辺りを見回して言葉を探す。

「まったく……どこで知ったのか」

 またひとつため息。なんなんだ。

「見目麗しさと? 海の男の逞しさを兼ね備えた? 優し気なエルフの船長さんに」

 アイシャはおれの顔面をピシリと指さした。

 

「ゾッコンだそうで」

 ……なんだって?


「そのエルフさんと駆け落ちするだのなんだのと、恋に恋する乙女ぶりを遺憾なく発揮なさっておられるそうで」

 ……待って。待ってくれ、もうそれ以上は聞きたくなくなってきた。


「遠慮なく最後まで聞いていきなさいよ」

 おもわず逃げ出そうとしたおれの腕をすばやく掴んだアイシャは、おれに復讐するかのように声を凄ませる。


「先日、公爵様ご自身が、なんと奉行所まで乗り込んできてね」

 彼女は公爵の声色を真似て、おれが聞きたくなかった事情を教えてくれる。

「“わしの娘にくだらん色目を使うような、ふざけたクソエルフは、今すぐに追放しろ”だのなんだのと。それはもうすごい剣幕で、御奉行に八つ当たり」

 御奉行様も災難だな。はっはっは。……いやいや笑い事じゃないわ。


「御奉行としてはさ。公爵様の強いご意向とあれば、あからさまに無視はできない。だからってそんな理由を公にして、契約業者を追放するわけにはいかないじゃない?」

 アイシャは肩をすくめてみせる。

「そりゃそうだろう」

 彼女の言葉に釣り込まれて、おれは思わず頷く。

「いくら姫様とはいえ、駄々っ子の惚れた腫れただろ?」

 声が大きくなりすぎたのか、彼女はすこし怖い顔をして人差し指を唇に当て、おれは慌てて声をひそめる。

「公的な業務がそんなものに左右されるなんて、奉行所の沽券が爆散するな」


 おれの答えを聞いたアイシャは深くうなずいてからスッと表情を消して、慇懃な事務方与力に戻り、おれを放り出すための書類を整え始める。

「船長におかれましては事態を完璧にご理解くださりありがとうございました。そのようなわけで本件の理由は絶対に明かせませんが」

 彼女はテーブルに契約解除の書類を丁寧に並べ始める。

「奉行所といたしましては違約金の倍額をドンとお支払いして、なんの瑕疵もなく船長との契約を解除し、本港からの速やかな退去を要請いたします」

 そしてテーブルの端から端までをシュッと手を払う仕草をし、最後に

「どうぞお引き取りください」

 と深々とお辞儀をして、通常業務に戻ろうとする。


「うん? 待って、待ってくれ」

 おれは慌てて手を上げる。

「今の話だと、おれ、悪くないよな? 悪くないのに港を追い出されちゃうの、おかしくないか?」

「……左様でございますね」

 アイシャはこちらに顔も向けない。

「今回の件は、関係者の誰もが悪くはございません」

 実に冷たい応答だ。


「が、一個人としての私見を述べさせていただくならば」

 メガネを掛け直した彼女が、こちらを向いてにっこり微笑んだ。えっ。なんだろう。少し目元が潤んでいるような……

 

「使いもしない美形面を貼り付けて、むさ苦しい荒くれ男のなかをウロウロしてですね」

 その笑顔は目が笑っていない。

「港中の女たちにため息を吐かせた挙句に、くだらない理由で突然いなくなってしまう、誰かさんに」

 アイシャの声がかすかに震えている。ああ、そうか。そうだったのか。

 

「本当、責任を取ってもらいたい気持ちでいっぱいです」

 

 へらっ、と泣き笑いしそうなアイシャが立ち上がり、短い髪を左右に揺らしながら、事務所の奥に消えてゆく。

 おれは何も言い返せないまま、広げられた書類を手に取って、トボトボと奉行所をあとにした。


-----


 アイシャとは随分と仲良くしていた自覚はあったし、事務能力の高い彼女に仕事上の面倒なあれこれを頼らせてもらってもいた。そして、気持ちのいい奴だと心を許していた。いまから考えてみれば、仕事の時間を超えてまでおれの面倒を見る理由は彼女にはない。そうであれば、その理由をもう少し考えてみるべきだったのだ。

「やっちまったああぁぁぁ……」

 仕事のことに彼女のこと、そしてこれからのこと。考えるほどにわからなくなる考えを振り払うように、おれは顔をあげて港を見渡した。


 ひとり歩く埠頭はいつもの通りの賑やかさだ。

 腹一杯に荷を積み込んできた帆走貨物船が、その横腹を押している小さな雑用船から、ああしろこうしろとドヤされて、しずしずと岸壁に横付けしつつある。

 その隣では、旅立ちの準備を整えた優美な帆走客船が、見送り客との間に別れのテープをたなびかせて出港の鐘を打ち鳴らし、合力した小さな雑用船たちに引かれてゆっくりと港をあとにする。

 さまざまな大国を結ぶ航路の中間点にあり、海運で繁栄しているこの国を象徴するような光景だ。この世界の大動脈を担う、美しい大型の帆船たち。

 

 そしてこの煌びやかな港、そのもうひとつの影の主役が、魔導機関で動く魔導船だ。

 ほとんどが十メルテから二十メルテほどの雑用船として作られて、風に頼らず、海を自在に走り回って雑役をこなす。まるで血液のように港の隅々にまで行き渡り、この港を生かし続けている。

 

 魔導船は実に便利な船だが、要の魔導機関のからくりは、扱いづらいことこの上ない。精巧で壊れやすく、船長の魔力と数か月ほども擦り合わせをしないとまともに運転できない。まるで頑固な職人の爺さんを雇って、船の命運を託しているような塩梅だ。

 だから、魔導船で大海に繰り出して、船と船長のどちらかが調子を崩したら大ピンチだ。ましてや海のど真ん中で、船が故障したり船長が倒れたりしたなら、もう誰も助からない。

 そんなわけで、いくら便利だからといって、魔導機関で大きな船を作って外洋に乗り出す馬鹿はいない。

 ……そんなことをするのは、女心も読めない、クソエルフくらいである。


-----


「おぬし、いきなり仕事はクビになるわ、知らん間に惚れられた挙句、気づいたときには振られてるわ。甲斐性のないことおびただしいのう」

 長年の相棒であり、共にこの世界に落っこちてきた、ちんまい婆さんのディー。天界の名門の出で、おれの船を設計した最高の技師が、慣れた手つきで茶を入れながら、事情を聞いて心底あきれたという口振りで嘆いて見せる。

 

「そんなこと言われてもよう、ディー。おれにゃぁ、女心なんてのは……いや。違うか……」

 相棒から受け取ったカップを片手に船長室の壁に寄りかかり、別れ際のアイシャの姿を思い出す。

「あいつの泣きそうな顔を見たとき、悪いのはおれだって分かっちまったよ。これまであんなにたくさんの話をして、いろいろ世話にもなって」

 よくよく考えてみれば、おれだってあいつのことは……という言葉は熱い茶で喉に流し込んだ。

「ほほう?ニブチンに手足が生えたようなおぬしにそこまで言わせるとは、なかなかにやりよる娘っ子じゃのう」

「なに、いまさらおれがどう思っても、振られちまったらそれまでさ」

 カラになったカップの底を眺めて……ため息をつく。

 

「そのうえ、いい稼ぎの仕事までクビだ。なあディー。おれたちこれから、どうしようかね」

「どうする言うて、たんまり違約金があるわけじゃし。あまり慌てんでもよかろうて」

 向かいの椅子にちょこんと座ったディーが、おれのグダグダした話に似合いの、実にいい加減な相槌を打った。

 

「ただ、公爵さんと姫さんの件もあるでな。この港からはさっさと出ていかんとならんじゃろうが。女難が二つとは、まったく罪な男よの!」

 どうしてそこで嬉しそうなんだよ。


「考えてみればおぬし、ここ百年もあちこちの港を渡り歩いて、ずっと働き詰めだったじゃろう? 」

 ズズーっと茶をすするディー。

「いい機会と思って、少し骨休みをしてみても、まあ、ええんじゃないかのう」


 百年の勤労ご苦労さん、と言われておれは無意識に自分の耳をそっとさわる。ピンと尖った耳、永遠を生きると言われるエルフの証。生まれ変わって得た終わりのない命。

「そういえば、ディーと一緒にこの世界へやってきて、もうそんなに経つのか。年月の流れるのはあっという間だな」

 しみじみと言って茶を一口すする。


「まったく、ジジイくさいことを言うでないわ。女泣かせの見目麗しいエルフらしく、しゃんとせんか、しゃんと。ほれ、ちっと外の風を浴びに行くぞい」

 愚痴を聞くのに飽きたのか、ディーが茶を持ったままフヨフヨと浮かび上がって船長室を出て、ブリッジへのタラップを上がっていく。

 

 おれは茶をテーブルにそっと置き、うーんと伸びをした勢いにのせて気分を切り替え、ディーに続いてタラップをタンタンとリズミカルに登る。


 ブリッジに出るとよく晴れた春の光が燦々と降り注いでいて、気持ちのいい海風がメインマストの桁を唸らせて渡っていく。

 おれはブリッジの右舷に立つと手すりを掴んで身を乗り出し、港のみんなが万能雑用船と呼ぶおれの船、バージリア号を船首から船尾へと観察する。


 バージリア号は、この界隈ではほかに見ない大型の魔導船だ。全長四十メルテは普通の魔導船の倍以上あって、細く伸びやかな船体は快速を誇る。

 おれはいつものくせで、先端から順に目視点検をはじめる。

 

 舳先は、荒波をするどく切り裂いて進むクリッパー型。

 続く甲板には、魔物や海賊どもを蹴散らすための大砲と、闇夜でもあたりを煌々と照らし出す大型の魔導灯。

 そしておれたちの立っている一段と高いこの場所は、指揮をとるのに何の不足もない間取りを備えた、橋型のメインブリッジ。

 メインブリッジの後ろを振り返ると、魔導ボイラーの煙突が三本。こいつらが高々とそそり立って、魔素を燃やした甘やかな残り香と、真っ白い煤煙をゆっくりと吐いている。

 煙突の後ろには、さまざまな面倒をさばいてくれる熟練の副長が陣取るサブブリッジ。

 続いて、荷役用の大型クレーンがでんと据え付けられている。

 乗組員がボール遊びをしている、猫の額のような作業用甲板と、こまやかな作業をこなしてくれる多関節の起重腕。

 そして最後は後甲板。いまは副長のグレンが下手な釣りをしていて、おっと?デカいのが掛かって……やっぱりバラした。


 この船は、おおきな力を四十メルテの船体に詰め込んだ美しい船。

 ディーや乗組員と共に、アイシャや、港のみんなの助けを借りて、これまでこの港やたくさんの船や人々を支えてきた、おれの大事な船。


「ルタヴァール、元気をだせい」

 ちょっとしんみりとして見えるおれが落ち込んでいると思ったのか、ディーがおれを言葉で蹴飛ばし始める。

「思い起こせば百年前。当界の女神をだまくらかしてこの万能雑用船バージリア号を……いやさ! ちっと寸詰まりにしてしもうたが、紛れもない金剛型の末娘!超弩級艦プリンセス・オブ・バージリアを作らせたその責任! これからもしっかりと、果たしてもらうぞい!」


 ディーがフヨフヨと浮かんでカカカと笑っている。

 おれはそれと聞いてプッと吹き出して、相棒と船を見やる。転生した百年前の、なんともでたらめな出来事を思い浮かべながら。


 ――そういえば、アーフィリア様、あのポンコツ女神様は元気でやってるかな。百年ぶりに、ちょっと顔を出してみてもいいかもしれない。


 転生したおれに、米つきバッタのようにペコペコと土下座していた女神様の姿を思い出し、おれはまた吹き出した。


メインストーリーの主人公、相棒、ヒロインの紹介をするプロローグでした。

つづいて、転生が発生した100年前に飛んで、しばらくはバージリア号の建造にかかわるお話をしていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ