1皿目 『新しい味』
-変化-
「で、どっちがアシュリーくん?」
呪いを抱えたギルがアシュリーの臣下となって、これからの五年間、ホームステイをさせて貰う学者の家に辿り着いたのは お昼をだいぶ過ぎた頃だった。
「はい、僕です。アシュリー・オーガストと申します。こっちは臣下のギルで、こっちの背の高いのがエリックです」
右手を挙げながらアシュリーが答える。朝食後に宿屋を出て、まずは近くでギルに合う衣服を購入した。それは勿論、ギルが裸ひとつで何も持っていなかったからだが、そもそも、見返りも無いのにそこまで面倒をみる必要が無い事に二人は気付いていない。エリックもアシュリーの事を言えないくらいお人好しなのだ。
学者はため息を着いた。
「はぁ。ただの臣下?でも彼、銀髪じゃあないか。面倒事はごめんだよ」
この国の人間は茶色の髪に赤い瞳が一般的だが、アデルバード王国は銀髪と言えば王族だ。アシュリーひとりを受け入れるのでさえ渋っていたのに、イザ到着したら2人も銀髪がいる。
「えぇ〜と…でも、僕もギルも王族じゃないんですけど…」
ここで断られたら困るアシュリーは、何とかこの頑固そうな壮年の学者を口説き落とさなければならない。
「事実など関係ないね、王族と云えば銀髪だ。銀髪と云うだけで利用価値がある」
「えぇ〜…」
キッパリと言う学者にアシュリーが弱腰になる。
「分かった、じゃあ俺の髪を染めれば良いんだろう」
ギルが一歩前に出てそう言う。
「本気かい?」
驚いたアシュリーがギルの袖を掴んで言う。髪の色を、それも最も高貴とされる銀髪を染めるだなんて、天地がひっくり返っても有り得ない。学者も驚いた顔をしている。
「ああ、俺にとっては銀髪なんてどうでもいい。それより、ここに居られない方が困る」
「良い根性だ!気に入った。私が髪染めの魔法をかけてやろう」
キッパリと言い切ったギルに、関心したのか学者がそう応える。オロオロするアシュリーを他所に、学者は右手を振ると杖を出現させ、トンッと床に下ろす。するとギルの立っている周りに魔法円が出現し、学者の詠唱と共に光が下から上がってくる。ギルを包み込んだかと思うと、学者の詠唱が終わると同時にその光は消えた。
現れたのは真っ黒な髪のギル。
「えー!!いや、染めるにしても黒は無いんじゃない?!」
アデルバード王国では黒髪は魔力の最も高い者に現れる為、黒髪は畏怖される。可哀想だとアシュリーが抗議すると学者が何でもない事のように言う。
「この国ではさして珍しくも無いよ。銀髪よりよっぽどいい」
「え〜でも…」
「良いよ、アシュリー。」
言い募るアシュリーにギルが断りを入れたが、エリックに小突かれてしまう。
「アシュリー様だ」
「……アシュリー様」
ギルが頭をさすりながら言う。不思議そうにそれを眺めていた学者は、咳払いをひとつして場を仕切り直した。
「ゴホン…、私の名は、ダルトン・ウォーマーだ。この国に来てまだ五年だが、それなりの成果は上げている。聞いていると思うが、私は研究以外の事にあまり興味が無い。何より、『教える』と云う事が苦手だ。だからアシュリーくんは私の作業を見て覚えてくれ。臣下達は、この屋敷の掃除と食事の支度を頼む。人を雇っても、長続きしなくてね…」
ウォーマーの言う通り、アシュリーは彼の後を着いて研究部屋に入り、エリックとギルは部屋の掃除をする為に、まずは屋敷の中を確認する事にした。
*****
「汚ぇ…」
思わずギルが呟く程、部屋数は多いのに使える部屋は僅かだった。どの部屋にもこれでもかと本が積み上げられており、ホコリをかぶっている。
「…なるほど、学者と云うのは何処へ行っても変わらないものなんだな。良し、ギル、まずは二部屋だけ綺麗にしよう。全ての部屋を片付けるには半年は必要だ、まず今夜寝る部屋だけは死守せねばならん」
「分かった、…しかし、凄い量の本だな…」
「ああ、この本一冊でも10万モラはするだろう。金持ちって云うのは使い方が違うな…」
印刷技術が進んでいるとは言っても、本とはまだまだ高価な嗜好品である。それがこれだけ、屋敷いっぱいに溢れているのだ。友好国となって直ぐに移り住めた事を合わせても、ウォーマー子爵家の財力は凄まじい。
玄関からほど近い、浴室付きの部屋を寝室とするべく、二人は布で口元を覆い、本だらけの部屋の窓を開ける為にそろそろと進んだ。
*****
”見て覚えろ”と云うだけあって、研究部屋に入った後もウォーマーは何の説明もしなかった。しかしそれは、本気で勉学に励む気のないアシュリーにとっては願ってもない事だった。
それで、乱雑に本が積まれた部屋をキョロキョロと眺めていたのだが、銀髪を黒髪に変えられてしまったギルの事が気にかかった。あんなにアッサリ受け入れるなんて、アデルバード人だったら有り得ない。やっぱりギルはこの国、サイラス人なんだろう。ボンヤリと窓の外を見るとそこには畑があった。幾つもの変わった芽が伸びている。
アシュリーは土魔法使いだが、壁やゴーレムを作る戦闘系では無く、祝福のせいか、作物や新種を創る方が得意だ。だから土いじりをする方が好きなのだが、家の者からは禁止されていた。理由は簡単、『公爵家の跡取りとして相応しくない』からだ。
今は情勢が落ち着いているが、元々アデルバード王国は戦争の国だ。武功を立て、戦闘術を磨く事こそ至高とされている。だからこそアシュリーは逃げ出す事にしたのだが。
「昨日ね、私が掛け合わせた種を植えたばかりなんですよ」
ボーッと窓の外を観ていたアシュリーの肩に手を置き、いつの間にか傍に来ていたウォーマーが言う。
「え?!」
「種、観てたでしょう」
驚いて振り返ったアシュリーに、ウォーマーはそれだけ言うと、外へと繋がるドアから畑へ出て行った。アシュリーも仕方なしに後を追う。
ウォーマーは畑の前に立つと、
「ここと、ここ。上手くいけば白い花が咲く筈なんです」
無表情ではあったが、心持ち楽しそうにも見える。アシュリーは「ふぅん」と言って、言われた場所に祝福の『豊穣』をかける。金色の魔法円が浮かび上がり、詠唱が終わると、盛り上がっていた土から芽が出て スルスルと茎が伸びる。あっという間に花を咲かせたが、それは赤い花だった。
「ウォーマー先生、残念でしたね」
アシュリーが言うと、ウォーマーは驚きからやっと立ち直った所だった。
「…アシュリーくん、それは祝福効果ですか?ここは魔法使いがほとんど居ない錬金学の国です。土魔法ならともかく、他所では祝福を使わない事をお勧めします」
ウォーマーに両肩を掴まれ、真面目な顔で言われ、アシュリーはドキッとした。土いじりを良しとされて居なかったので、祝福を使う機会も無かったが、この祝福は人に知られると危険なものだったのだろうか。
「でも、私の前で使うのは大歓迎ですよ!私の研究が捗ります!」
しかしその後、ウォーマーはキラキラした少年のような瞳で熱く語り出したので、アシュリーはホッとした。
*****
やがて夕闇が辺りを多い、エリックが食事の支度が出来たと呼びに来た。その足元には真っ黒な子狼が居る。
「おや、見ない子ですね。それもアシュリーくんの持ち物ですか?先程は居なかった気がしますが…」
メガネを押し上げながら聞くウォーマーに、アシュリーがしどろもどろで答える。
「そ、そうです!可愛いでしょう?さっきはカゴの中で眠ってて…えへ…仲良くしてくださいね〜…なんて、えへへ…」
「私は動物が嫌いです。私に近付けないなら好きにしてもらって構いませんよ」
バッサリ切るウォーマーの言葉にアシュリーが戸惑う。そこへエリックが助け舟を出す。
「夕食は隣の部屋へ用意しました。どうぞこちらへ」
そしてゾロゾロと一行は移動して二人は食卓につく。そこでウォーマーが、はた と気付く。
「…あの子は?まさか、逃げ出した訳では有りませんよね?」
自分が髪を黒くした事で、まさか逃げてしまったのではと思う。これまでだって、身の回りの世話をさせる為に何人か雇って来たが、その全てがウォーマーに愛想を尽かして出て行ってしまった。安くない賃金を提示しているにもかかわらず、だ。
「ウォーマー子爵様、臣下は主人と共に食卓につく事はありません。私とギルは後から頂きますので、彼は今、掃除の続きをしております」
「あぁ…」
そう言えばそうだった、とウォーマーが納得する。生まれ持っての学者気質のせいで、貴族の習慣に疎いのだ。
「そうですよ!ウォーマー先生。頂きましょう」
アシュリーがそう言い、女神に感謝の祈りを捧げて、二人きりの静かな食事が始まった。
アシュリーは人見知りだ。
ここまで、ギルの事があったから何とかせねばと思い、柄にもなく友好的な態度をとっていたが、今日出会ったばかりの人間と食事をすると言うのは苦行以外の何物でもない。薄々分かっていたが、ウォーマーは自分から愉しい話を提供するような人間では無く、今も、黙々と食事を口に運んでいる。美味しいと思っているかも疑問だ。
だが、かと言ってコチラから場を愉しませれるほどアシュリーは社交的では無い。無言が重く、しかし雑談も出来ずに、アシュリーは喉が詰まる想いで食事を終えた。昨日のエリックと二人きりの食事とは大違いだ。
「はあぁ〜」
今夜から寝室となる部屋のベッドに倒れ込んでアシュリーは長々とため息をついた。
「ふふ、気詰まりでしたか?ウォーマー子爵様はあまり気にして居られない様でしたが」
「僕はね、繊細なんだよ〜。あーエリックと二人きりの食事の方が何倍も楽しかったなぁ〜」
「それはそれは、光栄でございます。さ、アシュリー様、湯浴みをして寝支度を整えましょう」
「うん………
うーん ギル、見事な黒毛の狼になっちゃったね、本当に良かったの?」
子狼を両手で抱え上げ、首を傾げながらアシュリーが聞く。子狼はうんうん頭を縦に振るので、本当に気にして居ないようだ。
「色が着いた方が、却って気に入っているかも知れませんね」
アシュリーを見ながらエリックが言う。
「え?どういう事?」
「いや、ギルがそう言っていた訳では無いんですが…、この国には『アルビノ』と呼ばれる色素の抜けた子が、時々生まれるらしいんですよ」
「『アルビノ』?」
「ええ、髪や眼の色、皮膚の色など、抜ける場所は様々らしいのですが。色素が抜けると言う事は、能力も抜け落ちていると判断されるらしく、忌避される存在だそうで、アデルバード王国では栄誉の銀髪も、サイラス王国では単なる『アルビノ』でしか無いのかも知れません」
「ふぅん…それじゃ、苦労したんじゃない?」
真っ黒な子狼を揺すって瞳を覗きこむと、パチパチと瞬きで返された。
「ほら、アシュリー様。もう寝る時間になってしまいますよ、湯浴みを済ませましょう」
「はいはい…」
「”はい”は、1回ですよ!」
エリックに急かされて、アシュリーはついでにギルと一緒にバスタブに浸かる事にした。
◇◇◇◇◇
翌日。
目を覚ましたアシュリーは目の前に知らない顔があって、またしても混乱した。
だが、良くよく見てみれば、それは黒髪に変わったギルだった。アシュリーを抱き枕のようにして、引っ付いて寝ている。
(そうだ、お風呂から出た後、何となく一緒に寝たんだった…)
じっとアシュリーが寝ているギルを見つめていると、視線が刺さるのか、ギルが薄暗く目を開けた。真っ白な瞳が現れる。
「おはよう、ギル」
目を開けたので朝の挨拶をしたアシュリーだが、ギルはまだボーッとしていて、スリスリと頭を擦りつけてくる。まるで本物の子狼の様な仕草だ。
「ギールー〜〜!」
ぎゅうぎゅう抱き締められ、苦しくなってアシュリーが抗議する。その声で起きたのか、ハッとしたギルはガバリと起き上がる。
「ギル、おはよう」
もう一度、アシュリーが朝の挨拶をする。しかしギルは「ん」と返しただけだった。
不満げな顔になったアシュリーは、ギルに『おはよう』と言わせる為にもう一度言おうとしたが、そこでエリックが部屋に入って来た。
「おはようございます、アシュリー様。ギル、着替えて来なさい」
「おはようエリック」
ギルは「分かった」と言ってベッドから床に降りると、裸のまま部屋から出て行った。
*****
「おはようございます、ウォーマー先生」
「おはよう、アシュリーくん」
食堂には既にウォーマーが着席していて、アシュリーは少し意外に思った。学者という生き物は、寝食を忘れ、本や研究に没頭するものだと思っていたからだ。当然、朝は起きられず、朝食はひとりで摂る事になるかも知れないと思っていた。しかしウォーマーはキチンと早起きをし、何ならアシュリーよりも早く食卓に着いて待っていた。
アシュリーが席に座ると、直ぐに食事が運ばれてくる。
最初は暖かい紅茶からだ。
茶葉はこの家の物を使っているらしく、嗅いだ事の無い香りがした。綺麗な桃色から湯気が立ち上り美味しそうだ。ひと口飲むと優しい甘さが口の中に広がる。ウォーマーも満足気な顔をしている。
それから瑞々しい野菜のサラダ。ウォーマー家の畑で採れた物らしく、どれもアデルバード王国で見る野菜よりも大きく、かかっているドレッシングにも合う。シャクシャクと気持ちのいい音がより美味しく感じさせる。
その後は暖かい白パンと、ダダンと呼ばれる牛と豚の中間のような生き物の肉を塩漬けにして焼いた物、それからスクランブルエッグだ。ダダンはサイラス王国では1番多く食べられており、肉も脂が豊富で美味しいし、畜産も盛んで手に入りやすい。良く焼かれたダダンにナイフを入れると じゅわ… と肉汁が溢れる。塩を振っただけなのに味が濃く、噛みごたえもあり、芳ばしい白パンとも良く合う。
また トロトロの半熟スクランブルエッグも濃厚で、スプーンで掬って口に入れたウォーマーが唸る程美味しい。
「うぅぅ……こんな美味しい食事、久しぶりに食べました…」
舐めるように皿を空にしたウォーマーは、心の底からしみじみと言った。勿論、アシュリーはビックリしている。
「エリックくん、これからも宜しくお願いしますよ」
うっすら涙すら浮かべてウォーマーがエリックを熱く見つめる。
「ええ、お任せ下さい。”食”は全ての基本ですから」
ニッコリと笑って頷くエリック。どうやら、昨日の夕食から、ウォーマーはエリックの料理に胃袋をガッチリ掴まれてしまったようだ。アシュリーはそんなウォーマーにもビックリしていたが、こんなに美味しい食事を作れるエリックにもビックリしていた。これではシェフ顔負けである。
今まではオーガスト公爵家でお抱え兵士として、日々鍛錬に明け暮れていた筈であるが、一体いつの間に料理を覚えたのか。
食後には、気分の良くなったウォーマーが自らコーヒーなるものを淹れてくれた。サイラス王国ではここ数年で流通が始まったらしく、大人の男の嗜みとして好まれているようだ。アデルバード王国ではまだ見ない飲み物である。
廻だった頃はコーヒーが苦手だったので、真っ黒な液体を飲むのに勇気がいったが、いざ飲んでみると苦味と甘みのバランスが絶妙で、香りもとても良かった。”大人の男の嗜み”と云うフレーズごと気に入り、アシュリーはエリックに、ウォーマーに淹れ方を教わるよう命令した。
大満足な朝食が済むと、ウォーマーは直ぐに研究部屋に入り、自分の世界に没頭し始めた。ギルとエリックは食事の後片付けと、広い屋敷の掃除が待っている。アシュリーは、とりあえずウォーマーの研究部屋に入ったが、昨日同様、心ここに在らずで部屋の中の物をウロウロと眺めていた。乱雑に積み重なっている本の塔がアチコチにあるのだが、そのひとつに興味を惹かれた。
1番上に乗ってる本の表紙には『美味しい野菜の育て方』。
朝食の野菜は、いつもオーガスト公爵家で食べていた物よりも美味しく感じた。この本を読み込んで実践すればもっと美味しい野菜がいっぱい作れるかも知れない。アシュリーはウキウキとした気持ちで、その本を手に取った。




