第97話 手にした力
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ここで俺は無性に、その力を試したくなった。まずは聴力だ、どこまでの声なら聞き取れるのか。耳に力を集中させると、隣の街であるカービージャンクに意識を持っていくことができた。
さあ、向こうはどうなっている。
「……助けて!」
「無駄だ、逃れることはできない」
「私はダークエイジなんかじゃない!」
「黙れ」
何十キロ離れているか分からない、森を越えた先にある隣の街の声までも俺は聞き取れるようになっていたのか。それはともかくとして、市民らはアンチャードに生活を脅かされている。
察するに、奴らは市民の中にダークエイジが紛れているとして、次々に市民を襲っているのだろう。トライデンの塔に意識を向けると、既にそこはアンチャードによって占拠されていた。そうなると、ヒルデヨ部長やモンタージュの人たちは捕まったのか。
「おうちにかえりたいよう」
「そこのガキ、静かにしろ!」
バチンッ!
街の中心に設置された収容所には、数多くの市民が捕らえられている。中にはレジスタンスでもない子供が、ダークエイジの正体としてなのか捕まっており、今も兵士に殴られていた。
くそ、奴らはその権力を良いことに、無実の民を虐めている。こんなの、許されるわけがない。
「カグタ、今からカービージャンクに行ってくる」
「行って、何をするつもりだ?」
「レジスタンスと、無実の市民を救う」
「まさか、独りで戦うつもりなのか」
「みんなはここで休め、俺が戦う……それに、俺は独りじゃない。この力は、独りの力じゃない」
これは魔王から直接貰った力だ、前みたいな単独行動とは訳が違う。
「いいか、奴らは百人もの兵士を使って街を占拠している。向こうの状況は漏れていないから、俺たちも知らないぞ」
「いや、能力で大体は把握した」
「能力って、まさか向こうの街の様子までも分かるのか?」
「ああ、カービージャンクで苦しんでいる子供たちの声が鮮明に聞き取れる」
「そうなのか。お前……凄いな」
「時間がない、こうしてる間にも彼らはまともな食事も与えられずに、やがて飢え死ぬ。みんなはボルトの治療と、最終決戦に備えてほしい。街の解放は、俺に任せろ」
そうして俺は外に出た。今の俺は、魔王の石の力を手にしている。これは魔王の力を擬似的にコピーしたラーズよりも強く、自由度も高い。ただ、奴も少なからず魔王の力を持っているからか、奴の現在位置が頭の中に直接伝わってくる。
奴らは今、他国にいる。恐らくだが、レスドラド計画のモンスター大戦を凌いでいる国に直接攻撃を加えているのだろう。奴はコピーした魔王の力を何度か使っているようで、遠く離れた国から魔王の力を感じる。
ともかく早くカービージャンクに向かわないと。奴は街にいない、これはチャンスだ。俺は足に力を込め、強く念じる。すると、脳内に直接、老人の声が聞こえてきた。
「力を使えるようになったようだな」
ああ、魔王の石を通して話しかけてきているのか。
「そうだ、石は便利だろう」
なるほどな、わざわざ声に出して返事をしなくても、彼に考えていることが届くようになっているらしい。
「魔王の力は無限大だ、考えればほぼ何でも叶えられる。しかし、叶えるには自身の体に備わっているエネルギーが必要だ。エネルギーは有限だ、回復することもできるが、この力は絶大だからすぐに無くなる。まあ、お前は若いから少しは無理しても大丈夫だろう」
やはり、自由度の高い石にも制限はあったか。制限というよりも体力的な問題だが。
「さっきもお前を瞬間移動させたが、お前は瞬間移動だけでエネルギーを使い果たした。力を使えるようになっていても、使いこなせてはいないようだな」
やっぱりか、俺があそこで眠っていたのは、力で瞬間移動したもののエネルギーを使い果たしたからか。瞬間移動もできるとは驚きだが、ここで使うのは止めておこう。
俺は廃墟の横にいる馬に乗り、カービージャンクへ向かう。馬の乗り方とかは分からないが、徒歩で行くよりはマシだろう。
「馬にエネルギーを送り込め、念じれば少しは速くなる」
魔王の助言と馬により、15分くらいで俺はカービージャンクに到着した。
「貴方は移動する時、いつも瞬間移動を使っていたんですか?」
「声に出さなくていい、まあそうだな。近頃は遠出することもないから使っていなかったが、昔は瞬間移動するか、ポータガルグーンの背中に乗っていた」
そうだ、声に何か出さなくても彼には聞こえているんだった。
「お前は討伐者だ、ポータガルグーンを召喚することはできても、その力を使いたいとは思わないだろう。それ以前に、モンスターを使役できるほどの力は持っていない」
ああ、そうだな。俺は元々討伐者で、モンスターは嫌いだ。ただ、モンスターを悪用する人間はそれ以上に嫌いだから、そいつらを止めるためなら、モンスターの力を借りるのも、やぶさかではない。そもそも、力が足りてないみたいだがな。
空き家の壁に隠れて、意識を集中させて周りの状況を把握する。空間把握能力も異常に向上しているため、カービージャンク全域の構造物の凹凸が掴めるようになっていた。
千里眼というべきか、目は見えないのにこの街の全てが見える、これは恐ろしいな。
そういえば、魔王は今、どこにいるんだ。遠方から脳内に直接話しかけているが、近くにいるのなら力の使い方を直接教えてほしい。すると彼は、フッと笑いながらも答えた。
「お前と同じく、俺も戦っている。世界の子供たちが苦しんでいるんだ、力を使わないと意味がない」
やっぱり、彼も彼なりに戦っていたのか。石の力には耐えられないと言っていたが、それでもモンスターと戦う力は残っているらしい。ならば、俺も戦わないとな。
「後はお前に任せる、力を好きに使ってカービージャンクの人々を救い出せ。幸運を祈るぞ、新たな魔王よ」
少しすると彼の声は聞こえなくなった。皮肉にも、俺が新たな魔王らしい。魔王から石を引き継ぎ、魔王の力を手に入れたからそれもそうか。討伐者として結果を残した側として認めたくはないが、魔王は人類の団結を願って嫌われ役を担っていたため、少しは納得してみることにした。
さて、状況を整理してみよう。街の中心部には収容所が設置されており、そこに大勢の市民が投獄されている。まともな食べ物すら与えられていないためか、みんなとても苦しんでいる。
そしてトルティラ地区は、アンチャードの本部となっておりそこに兵士が集結している。50人とちょっと、といったところだ。収容所の近くに20人、街にバラけて10人くらいといったところだ。
幸いにも南西の方にレジスタンスが残っていた。彼らは抵抗を続けており、どうやらそこにヒルデヨ部長もいるみたいだ。しかし物資が足りていないためか、今にも負けそうな状況である。
よし、まずはモンタージュの人々を救い出そう。
俺はマントを消して、より潜入しやすいコスチュームへと変化させる。
まったく、一夜にして全ての立場が逆転したような気がする。ラーズの支配する魔王の力も手に入れたし。理解し切れない部分も大きいが、仕方ない。ラーズを打ち倒すには、同じ、いや、より強い力が必要だったから。
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