第96話 世界の命運
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こうして次に目覚めた時、俺は何人かに囲まれていた。
「おい、ブレイクが起きたぞ」
「よし、でかした!」
「無理をしないでくださいね」
声からして、良かった、みんなだ、生きていたんだな。俺の周りにいるのは、ヌヤミとハードとカグタ、そして奥の椅子に座っているボルト。
ボルトは組織に捕まって拷問を受けていたはずだが、包帯を全身に巻いているものの、何とか生きている。
「ここは?」
「ハルメールの廃墟にある空き家。カービージャンクには戻れなかった。モンスター攻撃の範囲外だし、アンチャードもここまでは来れない」
空き家から遠く離れた本部に兵士が集まっているのか、統率された足音が聞こえる。というか、不思議なことに、かなり遠くの音も鮮明に聞き取れるようになっていた。距離にして、1キロとかは余裕であるぞ。
それに腹を触ってみると、包帯も何も巻かれていないことが分かった。そう、傷が完全に塞がっているというよりも、元から傷なんてなかったかのように、きれいさっぱりとした状態になっていた。
「俺をどこで見つけた?」
「この空き家の前だ。突然大きな音がして、恐る恐る外に出たらお前がそこで眠っていた」
やっぱり、あれは現実だったのか。俺は老人の住んでいた小屋で、魔王の石を埋め込まれたようだ。この超人的な回復力も空間把握能力も、心の底からみなぎる力も、全て魔王の石によるものなのか。
俺はベッドから立ち上がり、胸に手を当てる。すると、心臓の鼓動の奥に何らかの意志を感じ取れた。
「どうした、胸が痛いのか?」
「……いいや、託された力を感じている」
「そうか、元気ならよかった」
カグタは俺を心配しながらも、机の上に置かれたスナイパーライフルを丁寧に拭いている。俺は椅子に座り、水の入ったコップを持ちながらハードに尋ねた。
「それで、何があったんだ?」
「貴方が本部に向かってすぐ、僕たちは捕まり、夜頃にハードと共に解放された。そこから自力でハルメールに向かい、三日が経った。そして今日の朝、貴方がやってきた」
「リリーとロナちゃんは無事なのか?」
ハードが答えた後、間髪入れずにカグタが尋ねてきた。
「いいや、恐らくモンスター大戦の動力源になっている」
「救えなかった、ということか」
「いや、生きてはいる。モンスターが動いている限りはな」
組織はロナとリリーを、モンスター大戦の洗脳能力のために誘拐した。そして今、各国でモンスターが暴れている。つまりモンスター大戦でモンスターが動いている間は、ロナとリリーは生きていて、組織に苦しめられているということだ。
「モンスター大戦の状況は?」
「各国の首都がモンスターに襲われているものの、発生源のマックスフューに被害はない。国はこれを”レスドラド現象”として公表し、各国に支援を送るとパフォーマンスを行っている。各国は侵略されていることに気づいてない、これは最悪な事態よ」
ヌヤミはどうにか冷静さを保ちながらも答える。彼女の手には新聞が、俺はそれを手に取り、印刷インクの微かな凹凸から文字を読み取る。
「読もうか?」
「いやいい、読めるようになった」
それを聞いて、彼らは驚いたような素振りを見せる。続けて、ハードは恐る恐る尋ねてきた。
「向こうで何があったんですか?」
「魔剣四天王とラーズに正体がバレて、腹に剣を突き刺された」
「えっ、傷は無かったのに」
「そして魔王が俺に力を託した、腹の傷が消えているのも魔王の石の力だ」
彼らからすれば魔王は人類の敵で、魔王の真の目的というものを知らない。だから俺が代わりに全てを説明した。
魔王が人類の共通敵として、あえて敵に回って人類を団結させていたこと、ラーズは魔王の目的を勘違いして、レスドラド計画なるものを遂行していること。
魔剣四天王の二人がウォーリアーズのメンバーで、クロガも知らなかったこと、最終目的が全ての生命体の統一で、それには魔王の石が必要なこと。そして、
「魔王の石は、俺の体内にある」
「つまり、お前が世界の命運を握っているのか?」
「端的に言えばそうだ。お陰で、全ての能力が向上した。本部の兵士の足音も、新聞の浮き出たインクの凹凸も、ハルメール全域の温度も湿度も、何もかもが感じ取れる」
強化された能力は、どこか不思議だ。少なくとも、失われた視力は回復しなかったが、補完するかのように他の能力がかなり向上している。
思えば、視力を失った俺を石が求めていたことと、魔王が視力を失った青年と一体化したことって、やっぱり何かしら似ている。
そして俺は、老人かつ魔王の言葉を思い出した。確か、俺が眠る前に魔王はコスチュームがどうとか、石に願えとか言っていた。石は夢を叶える力を与えてくれる、とかも聞いたな。
俺が着ているコスチュームはボロボロで、所々肌が露出している。修復するには手間がかかる、だから俺は強く願った、新しいコスチュームが欲しいと。
「何だ、この光は」
すると俺の体は、強く光り出した。いや、というよりも、強い光に俺が飲み込まれていく感覚だった。相変わらず色は分からない、けれども光は辺りを飲み込んでいった。
「……おお、カッコイイな」
やがて光は収まり、俺は新たなコスチュームを身にまとっていた。軽量化した鎧に、幾何学模様の入ったアーマーがついており、肩には剣を背負っている。腰や太ももにはナイフが差し込まれており、ポーチの中には小さな隠し刃が。
そしてフードも作られていて、その上で目元を隠すアイマスクも形成されている。腰からマントも伸びており、討伐者というより暗殺者としての見た目が強いコスチュームになった気がする。
俺が想像したよりも、かっこいいコスチュームだ。これが、夢を叶える石の力なのか、こいつは凄い能力だ。
ただ残念なことに、相変わらずとして色は分からない。
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