第87話 市民の平和を脅かす存在
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隠された裏の王、マックスフューに王がいるとか、言葉通り隠されているからか、俺は全く知らないな。他のみんなも同じように首を傾げている。
「この国の王の名前は、”マクガフィン”。もちろん、本名は知りません。彼、いや、彼女か、性別も何も分かりません。ただその御方は国の隠された王として裏から国を支配していましたが、遂には世界の征服を目指すようになったのです」
世界からも隠された王か、俺はもちろん知らない。都市の中の街にはそれぞれ市長がいて、その上には都市長がいて、国はその都市長と数十人の議員によって治められている。だから王なんて、そういう古来の国みたいなものがいるということ自体が驚きだ。
「もっとも、私はマクガフィンに会ったことはありません。あくまでも伝承で聞いたのみ、ですがマクガフィンはハイディアンの中心部の建物にいるとされています。そこに、彼らは集結しているでしょう」
そうしてヒルデヨ部長は別の資料を取り出した。
これは何かのスケッチなのか、インクの濃淡が紙に浮き出ており、凹凸が見える。
「これは?」
「調査団の残したスケッチで、これだけは何を描いているのかよく分かりませんでした。恐らく、マックスフューの隠蔽した歴史に関する何かでしょう」
ヒルデヨ部長の話す裏で、階段から誰かの走る音が聞こえる。
「檻を破壊するには、諸悪の根源の破壊と、奴らの権力の欠如、どちらも成功させる必要があります。でないと、奴らは被害者になるばかりで――」
「失礼します!」
突然、階段を駆け上がってきた捜査官が勢いよく扉を開け、部屋の中に入ってきた。そしてヒルデヨ部長の耳元で、小声で何かを伝えていた。
「ヒルデヨ部長、街で起きた暴動ですが、アンチャードが制圧射撃を始めました」
「なっ、何だと?」
「無実の市民や、暴動に参加していない民間人までもが射撃に巻き込まれ、数多くの人々が殺されています」
「分かった、すぐに行く」
無駄に良い聴力のせいで、ボソボソと喋る捜査官の声は全て聞こえていた。くそ、奴らは市民を巻き込んでいるのか。制圧射撃で、しかも暴動に参加していない民間人まで。
奴らは市民だろうがなんだろうが、敵は全て殺したいのか。どうなってんだ、奴らのリーダーは。
俺は拳をギュッと握り締め、怒りを顕にする。それを見たカグタは、ヒルデヨ部長に尋ねる。
「な、何があった?」
「下の方でトラブルが発生しました。まあ、捜査官同士の喧嘩で、よくあることです。ちょっと仲裁してきますね」
「……嘘をつくな」
この期に及んで、コイツは何で嘘をつくんだ。聞こえていたぞ、お前らの会話は全て。
「な、何のことですか」
「アンチャードが暴動に参加した民間人に対して制圧射撃を行っているそうだな。それどころか、参加していない民間人も巻き込まれている」
「……何でもお見通しってわけですか」
こうしている間にも、下の階から捜査官たちの会話が聞こえる。専門用語ばかりで具体的な内容は分からなくても、アンチャードの民間人に対する無差別射撃について話しているというのは分かる。
アンチャードは治安部隊の兵士だ、そうだとしても民間人は敵ではないだろ。何なんだ、治安を良くするためなら民間人でも容赦なく殺すってことか?
「至急、馬車を用意します。これに乗って、貴方たちはハイディアンへ向かってください」
「何をするつもりだ?」
「我々はアンチャードと戦います。市民の平和を脅かす存在は、ダークエイジではなく奴らです。我々は市民を守るモンタージュの捜査官、そうなれば敵はアンチャードです」
そうしてヒルデヨ部長は部下に指示をする。さっき隠したのは、自身のアンチャードに対する恐怖もあったんだろうな。自分が檻を壊すために流した情報によって、市民は暴動を起こした。
その結果、アンチャードは無実の民間人をも巻き込んで、無差別の射撃を行っている。そんなこと、考えられるはずがないよな。
「馬車は全てで四台、そのうち二つはダミーで残りの一つは他の都市への連絡部隊です。森に囲まれたカービージャンクのことです、この無差別射撃もモンスターの仕業として隠蔽されるでしょう。とにかく、貴方たちに懸かっています」
そうして俺たちは無理やり部屋から追い出され、馬車の方へと案内される。資料は全て、カグタの持つカバンの中へと仕舞わされた。
「馬車は北ではなく東の森を通って、ハルメールを経由します。さあ、アンチャードがここに来る前に、早く向かってください」
俺たち四人は無理やり馬車に乗せられる。ヒルデヨ部長はそれをニッコリと笑いながら見つめるのみで、とても怖い。
「俺も残って戦うぞ」
カグタはスナイパーライフルを持って外に出ようとしたが、ヒルデヨ部長に止められた。
「行ってください、貴方たちにはこの街を救うという役割があります。カービージャンクの未来を託しましたよ」
それだけ言われて、馬車は出発した。
俺たちは馬の引っ張る荷台のところに隠されていて、貴族が乗るような高級な馬車ではない。それでもいい、ハイディアンに早く着けるのなら、これでも構わない。
白い布を被せられ、横になった状態で俺たちは運ばれる。馬に乗っている人は捜査官だが、農家の服装をしている。これもまた、俺たちの存在を隠すためだろう。
ヒルデヨ部長と市民は、戦っている。
俺たちも、彼らのために戦わないといけない。
「ダークエイジさん、僕らにこの役割が務まると思いますか?」
馬に揺られながら、ハードは俺に尋ねる。
「……やるしかない、戦わないといけない」
俺は根拠もなしに、そう答える。俺たちは託されたんだ、みんなに。それに、アンチャードは無実の民を巻き込む、そんな外道な奴らだ。ならば俺がこの手で、必ず潰す。
「ハード、ヌヤミ。ハルメールに着いたら話したいことがある。もっとも、着けるかどうか分からないがな」
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