第84話 トライデンの塔
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次の日の朝、トライデンの塔にハードとヌヤミが来た。
「無事か?」
「ああ、かなり早い段階で解放され、隠れているところをヒルデヨ部長に発見された。まさかダークエイジさんが、モンタージュに匿われているとは」
「あらら、貴方はダークエイジに”さん”を付けるの?」
二人とも元気そうでよかった。二人を解放したのはクロガだろう、アイツは俺に会えればそれで良かったからな。ヌヤミは俺に”さん”を付けるハードを不思議がっている。
ハードは路地裏で俺に命を助けられた、それからというものの、彼はずっとダークエイジに”さん”を付けてくる。普通はいないぞ、ダークエイジに敬称を付ける人なんて。
俺は二人の前に立ち、改まって昨日あったことを話した。
「……それで、カールは亡くなった」
それを聞いたハードを涙を流していた、しかしヌヤミはうなずくばかりで、特に動揺もしていなかった。
「我慢しているのか?」
と、俺は思わず聞いてしまった。するとヌヤミは、笑顔でこう答えた。
「いいえ、彼は討伐者になりたかった。それに私と彼はポータガルグーンの襲撃で出会った。こういう経緯で、人を守って死んだのなら本望でしょう」
昨日の夜に聞いた話だが、どうやらカールは、マリノがモンスター化する瞬間に、リリーやロナを突き飛ばして衝撃から守ったらしい。そして動けない体になっていたにも関わらず、近くで悲鳴が聞こえたため、その子を助けると言ってその場に残った。
「俺は子供を助けて、弾薬を届ける。だから、カグタさんは先に行って、戦ってくれ」
これが、カールがカグタに伝えた最後の言葉だったらしい。その後、カールは崩壊した家の瓦礫に挟まって、そのまま亡くなった。
そうだ、彼も元々討伐者を目指していた。でも、ポータガルグーンの襲撃を見て、新聞屋を継いだ。妻のヌヤミからしたら、カールは素晴らしい夫なんだろう。最後の最後まで、彼はヒーローだった。
「まあ、我慢はしています。でも、まだロナが帰ってきていないですし。まだまだ泣けませんよ」
と、そこにヒルデヨ部長が入ってきた。
「お揃いですか、皆さん」
「いいや、娘とロナがまだだ」
カグタは、すぐに答える。
「その件について、報告があります。まずはこちらの報告書をお読みください」
そうしてヒルデヨ部長はカグタに紙を渡した。紙に書いてある文章を読み取れない俺に配慮してか、彼は紙に書いてあることを大きな声で読み上げる。
「昨日に発生した、”ポータガルグーンの再襲撃”について、ダークエイジ対策の軍隊であるアンチャードが無事に対象を討伐した。なお、ダークエイジはこの期に及んで盗賊行為を繰り返しており、アンチャードは対抗した。そこで、ロナ・オメリウスとリリー・カンディヌを、ダークエイジに協力した罪で逮捕した」
くそ、あの二人は捕まったというのか。大混乱があった中、逃げきれなかったってことか。確かにあそこにはアンチャードがいたし、リリーは指名手配されていた。俺は怒りのあまり、自分の太ももを思いっきり叩いた。
バチンッ!
それを見たヒルデヨ部長は、カグタから報告書を取った。カグタは報告書を取られたというのに、そのまま手の形を変えずに立ち尽くしている。ショックなんだろう。ヒルデヨ部長は見かねて、続きを読んでいく。
「犯罪者の二人は、都市のモンタージュ本部へ輸送する。なお、ハード・ブランドンとヌヤミ・オメリウスは再襲撃の際に脱獄した。モンタージュの捜査官には引き続き、ダークエイジの協力者を捕らえるよう要請する」
拷問されているボルトも、リリーもロナも都市の中心部にいるみたいだ。
「……行くぞ、マーベラスの中心部に」
俺は怒りのあまり、考えるよりも先に口に出していた。ショックで震えているカグタも同調するように、声を上げる。
「無実の人間を捕まえるなんて、あってはならない。奴らがリリーを巻き込むのなら、俺は何をしてでも止めてやる」
ヌヤミだって、怒りを顕にしている。ロナが無実の罪で捕まったんだから。彼女はとても震えているが、それは怒りから来ている。ハードも部屋の隅で、静かに壁を叩いている。ヒルデヨ部長は一呼吸おいて、報告書の続きを読み始めた。
「しかし、アンチャードが市民を助けなかった、ダークエイジと男が討伐した、とデマを流されており、カービージャンク内ではダークエイジを称える暴動が起きている。捜査官は、ダークエイジに関する”正しい情報”を流すように。反抗する者は、法に則る前に逮捕して構わない」
ああ、やっぱりか。俺たちがポータガルグーンを討伐した瞬間を目撃している人たちもいるようだ。それにアンチャードは市民を助けなかった、奴らは市民には興味が無いからだ。それを見た人々が、暴動を起こしているなんて、やっぱり街の結束力は絶大だな。
「全く、都合のいい奴らね」
と、ヌヤミはボソッと呟いた。彼女は都合のいい市民によって自宅を襲われている、だからそう思っても仕方がない。しかし、彼女は少し笑っている。
ああ、都合のいい奴らだ。目の前の、都合のいい情報しか信じられない。でも、奴らは見て、その上で信じてくれた。俺たちが討伐するところを。
奴らは、この街を舐めていた。
「これで報告書は終わりです。世論は、ダークエイジに傾いていますね。現在も、封鎖地帯を囲むようにして市民が暴動を起こしています。そうなると、我々はこの暴動を止めるのが仕事ですが、ここで”私”を使わさせていただきます」
ヒルデヨ部長はある部下を部屋に入れ、巨大な紙を広げさせた。俺は地図を見るふりをして、椅子に座る。
「これは、この街の地図です。そして赤い点は、この街に存在する新聞屋、青い点は記者のチームが暮らす家、黄色い点はモンタージュの施設です。とりあえず赤い点と青い点のところに、今回の騒動の真実を匿名で送りました」
ヒルデヨ部長は新聞屋と記者に真実の情報を送っている、となると彼らは真実を追い求めるために、ダークエイジに関する記事を書く、ということか?
「同時に、別の都市に送り込んだスパイに、今回の件を拡散してもらいました。今頃、別の都市でも話題になっているはずですよ。マックスフューと治安部隊とデビルズオール社、そしてダークエイジについて。この街と違って、他の都市はデビルズオール社の製品に助けられていますからね、闇を知ったらどうなることやら」
ヒルデヨ部長はどこか、この状況を楽しんでいるようにも見えた。だってやっていることは、状況を更に混乱させているから。まあ、いいさ。俺たちの味方が増えた、そう考えれば良いことだ。
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