第75話 この街はもう終わる
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「お前を助けたのは……何でだろうな。本来ならここでダークエイジを殺すのが、計画の一部だった。しかし、今のお前はダークエイジじゃない、ブレイク・カーディフだ。だから、殺すのを止めた」
クロガは空いた酒瓶を地面に叩きつける。何をしているんだ、回復した耳を傾けて周りの状況を察知すると、酒がもう無いことが分かった。なるほどな、そんなにも酒を飲みたいか。お前は、いつから酒に溺れたんだ。
「それに、ブレイク。お前には感謝している、感謝してもしきれない程の恩がある。その恩を、仇で返したくはない。だから助けたのかもしれないな、お前のためというよりかは俺のためだ」
恩を仇で返したくない、か。だったら組織を辞めて今すぐ自首してもらえないか。ただ単に罪悪感に苦しんでいたからだろ、それは恩とか仇とかじゃなくて、お前がお前自身のためにやった行いだ。
「お前が思っている通り、組織を辞めればいいのは分かっている。しかし、組織を辞めることはできない。辞めようとしたが、お前が帳簿を持って逃げたから、それもうやむやになった」
クロガは心を読んでいるのか、喋ることのできない俺の疑問を汲み取って、回答するかのように話している。まあ結局は辞められないだろうな、そういう組織だ。
ダリアといったか、あの男はラーズの名前を口にしただけで罪悪感を覚えて、そのまま自殺した。彼はラーズを崇拝していたが、どこかでそういう恐怖も抱いていただろう。辞めたくないとは異なる、辞めたくても辞められない、そういう感情が。
「ついでに言っとくが、他のメンバーの行方は知らない。お前を追放して少しした後、突然いなくなった。ウォーリアーズを活動休止にしたのも、それが原因だ。結果として巨人襲撃が起き、人々がウォーリアーズを求めたから、名前だけだが一応復活はさせた」
なるほど、ウォーリアーズが活動休止したのは巨人襲撃を助けられない、というアリバイを作るためだけではなかったのか。パニッシュ、コロネ、ハルート、みんなラーズに買収されていて、用が済めばどこかへ消える。
彼らのことだ、今もどこかで元気にやっているだろう。過去の討伐パーティーの名前を騙って勝手に活動した奴らだ、金を持って厄介事から逃げたに違いない。それで、ウォーリアーズは結局、お前独りだけってことか。
独りぼっちで、寂しそうだな。まあ、お前にはラーズ様って奴がいる。
「これまでの話は、俺がブレイクにしただけだ。ダークエイジには何も関係ない。だから、ここを出たら俺はお前と戦う。でも今は、ブレイク、お前と話している」
そういうことか、お前が俺を助けたのも、組織には無断でやっているんだな。本来ならダークエイジとして俺はお前に殺されていた。しかし中身が俺だったばかりに、お前は助けざるを得なくなっている。
今話したことも、お前は俺をブレイクとして扱っているから。ダークエイジとしてじゃない。
ならば、俺もそうさせてもらう。俺もお前のことをラーズの配下ではなく、元同僚として扱う。
どうやら少しだけ手足の痺れが無くなったきたようだ。戦えはしないが、ここから逃げることはできるだろう。俺は回復してきた口を開けて、奥の方に挟まっていた肉片を思いっきりバケツに向かって吐いた。
「おい、ブレイク、大丈夫か」
「何とかな、クロガ」
呼吸を邪魔していた肉片を取り除いたからか、何とか喋れるようになっていた。俺はベッドについている手すりを掴み、体を起こす。
「ブレイク、そんな体でここを出るつもりか」
「当たり前だ、お前の世話にはならない」
俺はベッドに座り、感覚を確認する。壁に指をつけてみると、何かの震える音が聴こえた。よし、これは外を歩く人の足の振動だ。ここまで伝わってくるとなれば、戦わない限りは大丈夫だろう。歩くくらいなら、何とかなる。
ベッドの横にあったタオルで口を拭き、俺は立ち上がる。対してクロガは止めようと、俺の前に立ち塞がる。右に行こうとしたら右に、左に行こうとしたら左に立つ。そこまでして、行かせたくないのか。
「クロガ、そこをどけ」
「どいてもいいが、お前はどこに行く?」
「決まっている、お前らが狙う男を解放する」
「ああ、ハード・ブランドンと女性のことか。彼らは既に解放した」
なるほどな、奴らは俺をここに連れてくることが目的だった。そのためにハードとヌヤミを捕まえて、地下牢に閉じ込めたのか。ダークエイジなら助けに来ると考えたんだろう、まあ図星だ。作戦を考えた奴は、己の才能を褒めた方がいい。
「俺をここに閉じ込めるつもりか? 殺したと偽造したいのか?」
「いいや、ラーズ様には『寸前で逃げられた』と説明するつもりだ。正体も言わない、言えば俺もお前も死ぬからな。だからブレイク、これはお前のためでもある」
正体も言わないでくれるとは、お前は随分と俺のことを大切に思っているんだな。俺もお前のことを大切に思いたいが、残念ながらそんな余裕はない。お前が組織にいなければ、まだお前のことを親友だと思えたのに。
「なら、俺をここから出せ」
「……出てもいいが、外は地獄だ」
「何を言っている、早くここから――」
と、言いかけた時、俺は地面の揺れに気がついた。これは、外にいる人々の走る音だ。一人じゃない、何十人もの人が同じ方向へ走っている。そして巨大な振動も伝わってくる。これは、まさか、あの時と同じやつか。
「すまない、この街はもう終わる」
クロガが口を開くと同時に、外から鐘の音が聞こえた。そうだ、鐘の音はモンスター襲撃の合図だ。
そして何より、人々の走る音と遠くの巨大な振動で、事態の深刻さは伝わってくる。
「まさか」
「あの少女の血液にモンスター化の薬を混ぜた。今頃、覚醒している頃だろう。彼女は素晴らしい、恐らくだが、巨人襲撃を上回る事態に――」
パチンッ!
俺はクロガが言い終わる前に、血だらけの拳で頬を思いっきり殴った。めちゃくちゃ痛いし、拳から血も出てきたが、俺は我慢できずにはいられなかった。
俺はクロガを突き飛ばし、扉に手をかけたが、開かなかった。だからそのままの勢いで部屋の隅にあったトロフィーを取り、思いっきって窓に向かって投げた。
パリンッ!!
そして俺は、カーテンを持って窓から脱出する。三階だったが、下に木があるのは知っていた。
バギバキバキッ!
木の枝に引っかかりながらも着地し、俺はすぐに巨大な音の鳴る方へと向かった。
「止めようとしたって、もう無駄だ。あのモンスターは、誰にも止められなかったのだから」
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