第67話 絶対に自分を偽るな
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次の日、昨日の出来事がもう記事になっていた。
『ダークエイジ、診療所を襲撃か』
『治安部隊によって派遣されたアンチャードの救護本部が襲われ、5名が死亡した』
『なおダークエイジの協力者として、新たにリリー・カンディヌ、マリノ・メイディルを世界指名手配とする。二人について知っている情報があれば、封鎖地帯付近の作戦本部へ届け出るように』
くそ、あそこから逃亡したせいで、関係ない二人が巻き込まれてしまった。実名どころか顔のイラストも、新聞に晒されてしまっている。二人は被害者で、ダークエイジの協力者とも言い切れる立場ではないというのに。
その影響もあって、俺たちはカグタさんの家から一歩も出ずに過ごしていた。アンチャードにマークされていないカグタさんは買い出しに出かけ、ついさっき、この新聞を持って帰ってきたところだった。この記事を見た二人は、気持ち悪くなっていた。
「私たちが、指名手配犯に?」
「何で、酷すぎるよ」
「分かっただろう、これが政府のやり方だ。ダークエイジを捕まえるためなら何でもする、こうやって精神的に追い詰めていくんだろうな。見せしめ、とかいうやつだ」
カグタさんは買ってきた野菜をカゴから出しながらも、二人をなぐさめる。指名手配されるまでいかなくても、世間からの評判を失ったカグタさんも、その気持ちが分かるのだろう。
「なら、都市に抗議しないと!」
「ダメだ、リリー。それは出頭だ、捕まってそのまま死刑になるぞ。それ以外の方法で、罪を晴らすんだ。とは言っても、すぐには無理だが」
やっぱり、これが奴らのすることか。奴らは決まって、新聞だとかこういうメディアを使って俺たちの信用を地に叩き落す。ダークエイジだって、普通に戦っては勝てないから、世論を味方につける。勝てるわけがないだろ、こんな奴らに。
いや、諦めちゃダメだ。きっと他に手があるはず、都市に抗議する以外の方法で。なら、奴らを倒すしかないのか?
「お、待て。記事の続きがある。『なお、今日をもってウォークアバウトはしばらく休みます』だってさ。なんだ、記者の話かい」
ウォークアバウト、その単語を聞いて俺は立ち上がった。あまりの勢いだったから、カグタさんは心配そうに俺を見てきた。
「ど、どうした?」
「……ウォークアバウトが?」
「まあ、まあ、そうだ。どうやら、とは言ってもこれ以上のことは書いていないのだが、ウォークアバウトはしばらく休むことになったらしい」
やっぱり、あのウォークアバウトか。しばらく休むって、何があったんだ。しかもこのタイミングだ、これは、何かがあったに違いない。俺は深呼吸をしてから階段の方へ向かった。
「ど、どうしたんだ、急に」
「三人とも絶対にここから出るな」
「どこに行くんだ?」
「確かめたいことがある。夜までには戻ってくる」
そうして俺は家を出て、まずは自分の家に向かった。多分、二度と自分の家には戻ってこないだろう。だから、最低限の物だけを取りに帰ることにした。
それは、金属製の杖だ。これはある老人に貰った。老人は俺の能力を知っていた、というより知っていたから拾ったのか。どういう訳か未だに分からないが、どうやらあの杖は妻の形見らしく、盲目の人間として生きていくには必要なものだから、取りに帰ることにした。
「お前は普通に生きられない、結局は俺と同じ人間だ。絶対に自分を偽るな」
老人に言われたことは今でも覚えている、しかし俺は約束というか、この言葉を守ってない。現に俺はダークエイジとして、ブレイクという名前を使わずに戦っている。そういう意味では、自分を偽っているとも言える。
今思えば不思議な老人だ、俺の能力を知っているなんて。そういえば、エコロケーションはオークといった特殊なモンスターが持っていた特殊能力だ。もし、もしもの話だが、俺の持っているこの能力が、モンスターの持つエコロケーション由来だとしたら?
俺が持っている能力なんて、盲目になったから身についたわけじゃない。おぼろげだが、曖昧だが少しだけ覚えていることがある。
代金を払えずに診療所を追い出された時、俺は何も見えないのにも関わらず、どこかへ向かっていた。そしていつの間にか、俺は森に着いていた。四つん這いになって、両手両足で草を踏みつけていると、何か鋭利なものに触れてしまい、手を切った。
怖くなって、声を上げてみたものの人は来なかった。当たり前だ、そこは森なのだから。そして怯えたまま、俺は何かを見つけたはず。手のひらで包み込めるくらいの、とても光る丸い何か。
それを触ってから記憶は無く、目覚めるとそこは老人の家だった。その時はウォーリアーズの奴らに追放されたことも、ゴロツキに襲われたことも覚えていなくて、ただ早く家に帰りたかった。だから能力とか、老人についてとか、きちんとは意識してなかった。
ただこの不思議な力をどう使うか、それだけ考えていた。
まあいい、今はウォークアバウトの方が心配だ。俺は部屋のベッドの下に隠していた杖を取り、伸ばして曲げてから腰のベルトに差す。そしてコスチュームの上から普通の服を着て、扉を閉める。もう、ここには戻ってこないだろう。
早めに、ウォークアバウトに向かわないとな。
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