第66話 追放された討伐者
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「これは、俺が討伐者を辞めた頃の話だ。ポータガルグーンの再襲撃、というのがあってな。数十年前に都市を襲ったモンスターが再度、俺たちの暮らしていたキャプロー村を襲った。俺はその時、討伐者というものをやっていた。今では馴染みもないか、ウォーリアーズくらいしか名前を聞かないからな」
カグタは昔、討伐者をやっていた。これは俺がアークとして、リリーさんやダイジンさんから聞いた話でもある。ポータガルグーンの再襲撃も、キャプロー村の悲劇も、彼らから聞かされてきた。
「ポータガルグーンは数十年前に討伐した、だから再来はありえない、として都市はモンスターの存在を隠した。俺たちは、たった三体のゴブリンによって村を壊滅させられた、みたいなことになっていた」
都市の隠蔽体質がここでも動いていたか。たった三体のゴブリンで村が壊滅するとは思えない、あえて都市はそういう設定に、そういうシナリオにしたというのか。
「こうして俺は討伐者なのに、不注意でゴブリンを討伐できなかった、として討伐者の協会から追放された。都市に抗議した罰にも思えた、ゴブリン三体を舐めるわけじゃないが、これは都市からの仕打ちだ。あそこに立っているのは俺の娘のリリーだ、あの襲撃でリリーは、母親を失った」
彼女は俺の方を見ながらペコッとお辞儀した。何より、カグタも公の組織の隠蔽体質によって追放されたのか。何とも、俺と同じような立場にあったみたいだ。抗議したところも、隠蔽されたところも、追放されたところも。
「都市に対する怒りも強かったが、妻を失った悲しみや混乱の方が大きかった。やがてトルティラ地区に移住し、俺は家に引きこもるようになった。外部とのコミニュティを遮断した。みんな、俺を受け入れてくれたというのに、俺はみんなを遠ざけた。すまなかった、謝ったところで遅いが」
少しずつだが、彼の震えが大きくなっていった。それに気がついたのか、彼は深呼吸をし、昔話ではなく傷の治療に集中しつつも、語りは止めなかった。
「カグタ・カンディヌ、この名前は当時の新聞にたくさん載った。見せしめだろう、記事を読んだ奴らは決まって俺にこう言った。『あんたか、不注意で村を滅ぼした人は』と。このせいでカグタという名前は呪われた。みんなに、優しく『カグタさん』と呼ばれる度に、俺は震えていたよ」
そうか、彼は都市に抗議したばかりに、名前を悪い意味で残されてしまった。不注意で村を滅ぼした張本人として、都市や協会に認識されている。だから彼は自身の名前を呪われたと認識し、避けるようになった。
「結果的に俺は、引きこもっているように見せかけて、コミニュティのない外の世界へ旅しに行った。カグタという名前を聞いても、ピンと来ない世界へ。同時に、記者という職業に就いた。これは真実も調べずに、都市に加担して俺を陥れた記者というものを、深く知りたくなった」
リリーさんからしたら引きこもっているように見えたが、実際はどこか遠くの地へ行っていた。記者になったのも、自分を絶望させた記者というものを知るため。つまり、彼も真実を知りたいのか。
「まあ、巨人襲撃があったと聞いて、帰ってきたというわけだ。少ししたら、旧友の娘が襲われ、更に旧友が殺された。原因はダークエイジ、俺はそう聞いている。ちょうど今、俺が治療している男だ」
彼はダークエイジが犯人だと知っていて、俺を救って、その上で治療しているのか。室内なのに帽子を深く被ったまま、目は見えないが彼は少しだけ涙を流しているようだ。それでも彼は、縫うのを止めずに針を持っている。
「……じゃあ、何でダークエイジを助けたの」
俺が聞きたかったことを代わりに聞いたのは、リリーさんだった。彼女はマリノさんの横になっているベッドに座り、カグタさんの隠れた目をしっかりと見つめて問いかけている。反対にカグタさんは、左手でより帽子を深く被って、目を見ないようにしていた。
「さあ、何でだろうな」
「答えてよ、ダークエイジはダイジンさんを殺したんでしょ!」
「本当なのか、それは記事がそう言っているだけじゃないのか。信じていい情報なのか、それは」
そう言われると、彼女は深く黙り込んだ。やれやれと言わんばかりに彼は首を振り、俺の治療に専念した。
「……全部、見てました」
リリーさんの代わりに答えたのは、マリノさんだった。彼女は起き上がろうとするも、腹筋に力が入らないのか起き上がれず、その白い枕に頭をつけたまま話し続けた。
「……私の不注意だったんです。あの日、カービージャンクに着いた日、私は恋人に呼ばれて真夜中にも関わらず外に出たんです。そしたら、黒い布の格好をした男に襲われて――」
「それって、ダークエイジじゃないの!」
「違うの、リリー。あれはダークエイジの格好をしていた、でも偽物だった。その後に本物のダークエイジが来て、私を助けようと果敢に立ち向かっていった」
「でも、貴方のお父さん、ダイジンさんはダークエイジに殺されたのよ!」
「……さっきの話、聞いてたのよ。ニューク・ネイカルという男の話。寝たふりをしていたけど、全部。リリー、混乱しないで。真犯人はニュークよ、ダークエイジは私たちを助けてくれたでしょう」
そうすると、彼女はまた黙り込んだ。やはりマリノさんは全部聞いていたのか。続けて、カグタさんが話し始めた。
「都市が大規模に、それも速やかに動く時は不正を疑った方がいい。それに、俺はダイジンから聞いていたよ。あの事件の犯人を倒したのはダークエイジだと。何にせよ君は今もリリーとマリノちゃんを助けてくれた。その事実は、何も変わらないだろう」
その言葉を聞いてリリーさんも落ち着いたのか、彼女は深呼吸をしてから口を開いた。
「……そうね、ありがとう、ダークエイジ」
そしてまた一呼吸おいてから、彼女は父のカグタさんに向かって話し始める。
「それで、何でお父さんはダークエイジを助けたの。あの場面で、扉の隙間から見てたけど、というか、その武器は何?」
「ああ、これか。これは対モンスターのスナイパーライフルだ、討伐者時代のものを久々に使ってみた。何で助けたか、まあそれは……分からない」
「はあ?」
「……というのは嘘だ、助けたくて助けた。俺はモンスターを倒したくて討伐者になったんじゃない、人々を助けたくて、守りたくて討伐者になった。だからこの力は、人々を守るために使う」
「……そう」
「現にマリノちゃんは、謎の組織に追われているんだろう。ダークエイジは自分の身を汚してでも、その謎の組織と戦っている。そしたら俺たちは、彼らをサポートする。それが、キャプロー村で培った絆だ」
「……そうね」
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