第53話 父親の罪
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翌日、ダイジンさんの娘を襲った犯人は、遺体となって発見された。トリロジー地区の路地裏にて、獣にでも襲われたのか、4本の爪によって遺体が荒らされていたらしい。モンタージュは人だけでなく、モンスターによる関与も疑っている。
それはともかくとして、犯人は遺体のまま捕まった。事件は、解決した。再犯の可能性はない、しかし巨大な男の遺体だけ発見されなかった。あの傷を負ってもなお生き残ったか、やっぱり首を撥ねておくべきだったな。
あれは仕方ない、助けを求める声を優先したことを、俺は後悔していないし間違ってないと思っている。人を殴ることだけが俺の仕事じゃない。
「マリノ、起きたか!」
その次の日、マリノさんが目覚めた。彼女は心にも深い傷を負っていたが、犯人が遺体となって発見されたことを聞くと少しだけ落ち着いたらしい。その後、ダイジンさんは診療所近くの路地裏に来た。
「ダークエイジ、お前なのか?」
「……ああ、そうだ」
「……殺人を肯定するわけにはいかないが、感謝する。奴らの余罪も見つかったんだろう、これで少しは平和になった」
目撃情報と、意識を取り戻したマリノさんや男性の証言から、この件にダークエイジが絡んでいるのは明らかだ。多くの新聞社はこの一件を『ダークエイジの殺害行為』として批判しているが、彼は少しばかりの感謝を伝えてきた。
「しかし、この街の治安はお前がいることで悪化しているようにも見える。確かに俺の娘を救ってくれた、心の傷を少しは治してくれた、それには感謝する。だが、お前は過去にギャングを殲滅している。そのギャングの生き残りが、お前に復讐するために、街で暴れ回ったりしたら……この街は、今度こそ破滅に追い込まれてしまう。だから、この街から出て行ってくれ」
彼は感謝を伝えながらも、その一方で俺に対する怒りを感じていた。それは、俺がいることで起こる事件。強盗とか誘拐とか、俺がいることで表面化して防げた事件もあるが、中には俺がこの街にいるせいで起こった事件もある。
巨人襲撃だって、ダークエイジではなくブレイクのせいと聞いたが、それは尚更俺のせいだ。俺がこの街にいることで、この街がより悪に染まっていくのなら、喜んでこの街から去ろうと思う。
しかし、この街には悪意がまだ沢山残っている。治安部隊だってデビルズオール社だって、まだこの街に眠る子供たちの才能を手離したくないだろう。誘拐とか強盗で人々の生活を根こそぎ奪うような奴らに、屈してばかりじゃあいられない。だから、俺はこのためにも、この街に残る。
「それは無理だ、俺はこの街を守る」
「……そうか、なら今すぐ俺の前から消えろ。二度と俺に関わるな。俺の娘にも、二度と関わらないと約束しろ」
「ああ、約束する」
「……ただ、娘を救った借りは必ず返す。お前が危機に陥った時には、関わっていいこととする。まあ、そんなことなんて無い方がいいがな」
「……感謝する」
そして、俺は彼の前から姿を消した。この街を守るためには仕方ないんだ、だって奴らはまだこの街にいる。ブラッドリーといったか、奴はあの傷を受けてもなお生き長らえている。並大抵の人間じゃないということだ。
ここからは、より長く激しい戦いになる。人間と戦うんじゃない、モンスターと戦うんだ。ああ、戦闘員だけじゃなく討伐者もやってきていて良かった。おかげで巨人も倒せたし、オークの弱点も知ることができた。
まあいいさ、これからも俺はこの街に残り、蔓延る悪を徹底的に潰す。容赦なんてしない、奴らがこの街を襲うものなら、俺は地獄の果てまでも追いかけてやる。
俺の名はダークエイジ、元戦闘員兼元討伐者だ。
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「えっ、父が?」
「ああ、手紙を見てくれ」
数日後、いつものようにリリーさんの花屋で過ごしていた時のことだった。パン屋の隣にある八百屋の主人が、リリーさんに手紙を渡していた。
「おや、アークさんじゃないか。アークさんは、リリーちゃんの父親の件を知っているか?」
「何となくですが、ポータガルグーンの再襲撃があってから閉じこもるようになった、と聞いてます」
「そうなんだよ。私たちもそうだと思ってて、巨人襲撃の時も家から出てこないから心配していたんだ。しかし、本当は違ったんだ。既に彼は、家の外にいたんだ」
家の外に、とはどういうことだ。リリーさんの父親は、ポータガルグーンの再襲撃で村と妻を守れずに、無念さを胸に刻んだ結果、心を病んでしまい家に引きこもるようになったと聞いていた。しかし、家の外にいたということは、ずっと前から引きこもってなかったのか?
「読めないだろうから説明すると、彼女の父親はずっと前に旅に出ていたんです。誰にも知らせずに、家には鍵をかけて。リリーちゃんですら知らなかったから、カグタは家に引きこもっていたとみんな勘違いしていた」
なるほどな、確かカグタさんは少し離れた場所に暮らしていると聞いた。これはみんなに負い目を感じていたから。それも何もかもが嘘で、実際は既に旅に出ていた。誰も気づけなかったのは、誰も深入りできなかったからだろう、実の娘でも。
「それで急に手紙を寄越してきた。ダイジンの家のポストに入っていたが、あいにく彼は入院中だから、私が代わりに届けたというわけです。どうしてダイジンの家のポストに入っていたかは分からないが、リリーちゃん宛だったし」
手紙に何と書いてあるかは見えないが、リリーさんの状況からして何となく書いてあることは察せる。まずは父親から娘への謝罪だろう。次に、今どこで何をしているか、そして一一
「ほんと、お父さんって感じの文章です」
彼女は微笑んで、店の奥へと向かった。八百屋の主人は察したのか、俺の腕を掴んで自信の構える店へと連れて行った。
「いやあ、私には子供がいないのでね、ああいうの見ると泣きそうになっちゃうんですよ」
そうして彼は俺を外のベンチに座らせた後、紅茶とクッキーを出してくれた。ハイカラな果物ばかり売っている八百屋の主人は、新しいものに敏感で流行を掴むために新聞をよく読んでいる。
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