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第43話 花の香り

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 サードライフを始めたものの、ダークエイジからは引退しない。現場からは少し遠くなったが、カービージャンクで事件が起き続ける限り、俺は奴らを倒す。


「助けてくれ!」


 深夜、男が暴漢に襲われていた。金目の物を持っていないからか、奪って逃げるような素振りは見せずに、ただ目の前にいる男を蹴り飛ばしている。暴漢は全部で4人、組織的な犯行かもしくは小さなチームでやっているのか、それは分からないが、ここで倒してやる。


 パリンッ!


 手始めに街灯の電球を石で割り、明かりを消す。


 ボキッ!!


 そしてすぐさま地面に降り立ち、背後から1人の男の背中を蹴り飛ばす。


 グシャッ!!


 続いて手に届く範囲にいた男の首を絞め、同時にさっきの男の顔面を蹴る。


「てめぇ、何しやがる!」


 残された最後の1人は、勇敢にも立ち向かってきた。手にはナイフを持っている、しかし心臓の鼓動が速くなっている。興奮しているんだろう、目の前に敵が現れたから怯えてもいる。早く、楽にしてやらないとな。


 ボゴッ!!


 ナイフを持って向かってきた男の顔面を、拳で貫くようにして強く殴りつける。すると、たった一撃で男は失神した。やれやれ、こんなに弱いのに何で悪事なんかに手を染めるんだ。この世界ではやっていけないぞ、お前のような奴は。


「大丈夫か、怪我はないか?」


「は、はい!」


「そうか。モンタージュのボルト部長補佐に今あったことをそのまま伝えろ」


「えっ」


「夜道は歩くな。この街は危険だ」


 それだけ告げて、俺は街頭を伝って屋根の上に戻った。モンタージュにはボルトがいる、そう、ボルトはちょっとだけ出世して部長補佐になった。ダークエイジにボコボコにされた悪の後始末が積み重なった結果だ、今は都市から派遣されたヒルデヨ部長の補佐をやっている。


 巨人襲撃で、この街は少しだけ変わった。巨人によって潰された家屋をリフォームするとかなんとか、そういう名目で外部から”業者”が出入りするようになった。


 治安部隊はモンタージュから完全に手を引いたものの、この世には存在している。何ならマーベラスの中心部はデビルズオール社の業務で回ってると聞いた。勝手な憶測だが、この業者に治安部隊が潜り込んでいるのでは、と考える。


 このカービージャンクで生まれ育った子供には、ある特性が備わっている。それは、モンスターを洗脳する能力。それらを使って、巨人襲撃は行われた。治安部隊とデビルズオール社、そしてウォーリアーズのクロガは、その技術を悪用してモンスターを軍事兵器にするつもりだ。


 まあ、何だっていい。


 手からは血の匂いがする、それは返り血ではなく自分の拳から流れているものだ。毎晩、毎晩、休む暇もなく俺は人を殴り続けている。ウォーリアーズの頃はモンスターが相手だった。時間と相手が変わっただけで、やってることは変わらない。


 この行為は仕事ではない、金は貰えないし人から特別に感謝されることもない。どういう意義でやっているのか、自分でもよく分からなくなる。街を救いたい、クロガに復讐したい、色んな意義が回り回って、もはやどうでもよくなっている。


 ああ、これ以上考えても答えなんて出てこないな。なら、明日のことを考えよう。唯一ある日常でも、考えてみよう。


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「アークさん、おはようございます」


「……おはようございます、リリーさん」


 こうして、俺はまた花屋に来ていた。人を殴っているとどうも、感覚がおかしくなってしまう。限られた嗅覚だ、これ以上おかしくなるとまともに生きてられなくなるかもしれない。だから、ここで花の匂いを嗅ぎに来た。


「いいですよね、花って」


「……はい」


「アークさんは花を買いに来ましたか?」


「……えっ」


「そうじゃないのなら、少し散歩しませんか?」


「……はい」


 こうして、色々とあって俺はリリーさんと街を歩くことになった。ちょうど昼過ぎで休憩の時間だったのだろう、店の前に立てかけていた看板をひっくり返して、店を閉めてから出かけた。この店は彼女ひとりで回している、だからこんな暇なんて無いはずなのに。


「……散歩、何でですか?」


「リフレッシュですよ、よくひとりで歩いてたので、たまにはふたりでもどうかな、と」


 俺は目が不自由だから、彼女と腕を組んで杖をついて歩いている。それもあってか、周りの人は不審な目で俺を見てくる。しかしリリーさんは気にせず、微笑みながら真正面を向いて歩いている。


「そういえば、アークさんはどの辺にお住まいですか?」


「……トルティラ地区の、北西辺りです」


 ここはちょっど巨人襲撃によって損壊が起きた場所だからか、家賃が少しだけ安くなっている。カービージャンクの外側に暮らしていた人たちは更なる巨人の襲撃に怯えて中心部もしくはカービージャンク外に逃げたが、巨人の再襲撃がないと分かっている俺からしたらむしろ好都合だった。


 安い家賃だから治安は最悪だが、安さに替えられるものはない。背に腹はかえられない、それと同じように。一般人からしたら逆だ、あくまで自分の身は自分で守れる俺にとっての話だ。


「ということは、じゃあ、ご近所さんですね……あ、ダイジンさん!」


 と、彼女は急に足を止め、店の男に向かって挨拶した。店の奥からは小麦の匂いがして、職人らしき格好をした男が複数名いる。となると、ここはパン屋さんか。


「おお! カグタの娘じゃないか、元気か?」


「ええ、もちろんです」


「で、そいつはどうした?」


「彼は客で目が見えなくて、近所に引っ越してきたみたいだから挨拶がてら寄りましたのよ」


 妙だな、俺は最近引っ越してきたとか、そういったことを彼女に話したことはない。ということは、俺が最近引っ越してきたことがバレてしまったようだ。別に隠さなくてもいいが。この地区は閉鎖的なコミニュティがあるんだろう、だから俺を不審な目で見てくるし、こうやって挨拶する習慣も残っている。


「そうかそうか、トルティラ地区は巨人襲撃で半壊した街だ。こうやって人が増えるだけでもありがたい。俺はダイジン、このパン屋を営んでいる……そうだ、挨拶の代わりだ、焼きたてのパンをあげよう。2階の飲食スペースで食べて来なさい」


 シェフの格好をした大きめの男はダイジンというのか。彼は予想通り、パン屋を営んでいるみたいだ。何より彼はお人好しなのか、俺たちに無料でパンをくれた。それがトルティラ地区のコミニュティ、というものなのかもしれないな。


「あらまあ、せっかくだし食べていきましょう」


 お言葉に甘えて、俺たちは焼きたてのパンを食べた。ほどよく焦げたジューシーなパンは、噛めば噛むほどバターの甘みが浮き出て、とても美味しかった。ふと顔を上げると、彼女はニッコリと微笑みながら口を開いた。


「これがこの地区のコミニュティ、巨人襲撃で何名か亡くなったから、より結束を高めてこうってなって、今はみんなで助け合っています。外から来た貴方が不審がられるのも無理はないと思います、でも大丈夫です、みんなで助け合いましょう」


 ただ花の匂いを嗅ぎに来ただけなのに、いつの間にか俺はこの地区のコミニュティに参加することになっていた。でも何だか、とても居心地が良かった。だから俺は、当分この地区に居ようと思った。


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