第42話 巨人襲撃の救世主
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『ブレイク・カーディフは生きていた!』
『彼はカービージャンクを襲った巨人を討伐し、市民の命を救った、まさに救世主だ!』
『ウォーリアーズの元メンバー、ブレイク・カーディフはカービージャンクを突如襲った巨人を討伐しました。現在は旅人として各地を転々としており、たまたまカービージャンクを訪れた際に巨人襲撃を目の当たりにしたそうです』
『どうやらモンスターとの戦闘で行方不明になっており、ウォーリアーズはそれを死亡扱いにしていたが、実際は生きていたとのこと。なお、これに対するウォーリアーズの声明はありません』
『巨人襲撃の救世主はホンモノか、ニセモノか』
カービージャンクを3体の巨人が襲った事件、通称”巨人襲撃”から2週間が経過した。その間、何があったのかと言うと、巨人襲撃の救世主であるブレイク・カーディフに関する記事が飛ぶように売れた。
ウォーリアーズの死んだメンバーが復活し、討伐者として街を救ったんだ、この売れ行きも理解できる。この事実は他の街にも広がっており、マーベラス全体が俺の復活を祝福しているらしい。
というよりも、またこれでウォーリアーズが活動するかもしれない、ということを喜んでいる人が多そうだが。まあ、悪くないな。
それでウォーリアーズは未だに黙秘を貫いている、というよりウォーリアーズは活動休止していて、アジトも閉鎖された。居住地は明らかにはしていないため、誰もメンバーの家に突撃取材することはできない。
ともかく、ブレイク・カーディフは巨人襲撃の救世主として市民から讃えられるようになった。街の中心部の公園に作られた慰霊碑にも、名前が刻まれているらしい。もちろんそこには行ってない、鎧を脱いでしまえば俺はブレイクではなくなるから。
「家賃は来週までに払うんだよ!」
今の俺はというと、また新生活を始めた。今度はカービージャンクの北西部にあるトルティラ地区で暮らすことにした。どうして居住地を転々と変えているのか、理由は簡単、自分の生活を取り戻したいから。
ブレイク・カーディフと名乗り続けて、そのままこの街に暮らすのもいいことだろう。しかしそれだと、またこの街が炎に包まれることになる。奴らは間違いなく俺の命を狙ってくるだろうし。だから俺は「旅人だから次は別の街に行く」と発した。
カービージャンクに居座り続けるよりは賢明で、合理的な判断だと思う。だから今の俺は、ブレイクじゃない。
誰かと言うと、今の俺はアーク・コータイガーだ。まただ、またこの名前を使うことにした。セカンドライフとして、カールやロナから距離を置いて新生活を始めたものの、その生活は一瞬にして壊れた。
何故なら、俺がセカンドライフの一環として働いていた工房が巨人によって壊されていたから。そのニュースを知った時は驚いた、工房の主人は何とか生き延びたものの、工房を失ったショックで寝込み、病気にかかってしまったらしい。
工房の閉鎖に伴い、俺は住む場所を失った。そこは工房の主人から安く借りていた場所だったから、仕方ないといえば仕方ない。そうしてセカンドライフは短く終わりを迎えてしまった。
だから今度は北西部のトルティラ地区で、サードライフを始めることにした。トルティラ地区はとても小さな地区だ、それにカールのいた地区からは離れているから、ビアスが接触してくるようなことはないだろう。
これで本当に、誰からも距離を置いた生活ができる。そう思っていたが、実際は違った。
「花を探しているんですか?」
「えっ?」
「昨日も、その前の日も店に来てらしたじゃないですか。是非、私に任せてください」
夜な夜なダークエイジとして人を殴っていると、感覚が鈍ることがある。血の匂いと独特なぬめりしか感じなくなるんだ、それが嫌で、昼に外に出た時は必ず色んな匂いを嗅ぐようにしていた。パン屋とか八百屋の前を通っては、食材の匂いを鼻に入れていた。
そして花屋の前を通りかかった時にした花の香りが忘れられずに、何回も何回も店に来ていると、流石に顔を覚えられてしまったようで、こうやって話しかけられてしまったわけだ。外界とのコミュニティを完全に絶とうとしていたのに、何をやっているんだ。
「いえ、別に」
「この白い花は、ユリです。いい匂いでしょう」
店員に勧められるがままに匂いを嗅ぐと、ユリの華やかで鮮明な匂いが鼻の中に入ってきた。ああ、血の生臭くてぬめぬめとした、残虐で最悪な匂いじゃない、とても高貴で清潔感がある。
「あ、ありがとうございました。お仕事の邪魔になっては申し訳ないので、それでは」
「待って、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
彼女は俺を呼び止め、店先にある椅子に座らせる。
「あの、その目はどうされたんですか?」
「ああ、昔、モンスターに襲われて。今は全く見えなくて、傷は残ってないんですけども」
俺は頭に包帯を巻いている、何故なら周りの人から負傷者だと見られるから。巨人襲撃によって怪我を負った者は多い。俺も頭に包帯を巻くことで、負傷者に紛れることができる。
「そうなると、匂いって重要な情報ですね」
「えっ?」
「目を失えば、何も見えない暗闇でしょう。しかし匂いを感じ取ることはできます。この匂いも、あの匂いも、ひとつひとつ違うの、分かりますか?」
「……はい」
それを聞いて彼女はニッコリと笑っている。目の見えない俺を貶すことなく受け入れてくれる、いや、今までもみんなそうだったのだが、彼女はどこか違う。なんか、とても不思議な気分だ。
「貴方の名前は?」
俺は無意識のうちに、彼女に名前を尋ねていた。何をやっているんだ、市民との関係を断ち切るためにわざわざこんなところまで来たんだろ。なんで、俺がこういうことをするんだ。すると彼女は、顔色を変えることなく、俺の目を見て答えた。
「リリー・カンディヌ、貴方は?」
「……アーク・コータイガーです」
こうして、俺のサードライフが始まった。
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