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真の最終話 愛すべき不完全な世界

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 空を見上げると、俺たちの戦いで荒れ狂っていた空は、いつの間にか嘘のように晴れ渡り、穏やかな陽の光が、破壊され尽くした街を照らしていた。


 俺は仲間たちが待つ場所へ帰らなければならない。そして破壊された世界を、もう一度、俺たちの手で、作り直していかなければならない。


 俺は、瓦礫の山に力強く足を踏み出し、未来へと向かって歩き始めた。その足取りは、もう迷いを帯びてはいなかった。


「……無事だったか、ブレイク」


 俺はクロガの元へ歩み寄った。彼もまた満身創痍で、瓦礫の上に座り込んでいた。


「……これから、どうするんだ?」


 俺は、静かに問いかけた。クロガはしばらく黙って、空を見上げていた。その横顔は、俺の知らない落ち着きと覚悟に満ちていた。


「……刑務所に戻ろうと思っていた」


 彼は、ぽつりと呟いた。


「だが、やめた。あの場所でただ時を過ごすことが本当に罪を償うことになるのか、俺にはもう分からない、分からなかった」


 彼の脳裏にも浮かんでいるのだろう。自分のような罪人の名を呼び必死に応援してくれた、市民たちの姿が。


「俺はあいつらに何も返せていない。だから決めたんだ。俺は正式な贖罪がしたい。法に裁かれるだけじゃない。俺自身のこの手で、誰かのために、何かを成すことで罪を償いたい」


 その言葉に、俺は驚かなかった。むしろ、そう言うだろうと分かっていた気がする。


「俺はこの、クロガという身分を捨てる。どこか遠い街で名を変え、人を助ける仕事に就く。それが、医者なのかただの用心棒なのかは分からん。だが俺は、もう二度と誰かを傷つけるためではなく、誰かを守るためにこの力を使いたいんだ」


 その静かで、鉄のように固い決意。それを聞いて俺は静かに頷いた。それが彼が見つけ出した答えなのだ、俺にそれを止める権利はない。


「そうか。なら俺はもうお前を追わない」


 俺たちは、ゆっくりと立ち上がった。


「これで、当分会うことはないだろうな」


 俺が言うと、クロガはふっと笑った。


「ああ。次にブレイクに会う時は、胸を張って会えるようになっているはずさ」


「だが忘れるな。もしもこの世界に、俺たちでなければ対処できないような危機が再び訪れた時は……」


「……言われなくても分かるさ。世界の果てからでも駆けつけてやる」


 俺たちは朝日の中で、固い固い握手を交わした。そしてどちらからともなく互いに背を向け、それぞれの新しい道へと歩き始めた。


 友との訣別。それは、新たな始まりの合図だった。

 

 数週間後。世界は、驚くほどの速さで平穏を取り戻していた。


 アポカリプスの襲撃は「カービージャンクの大規模テロ事件」あるいは「謎の飛翔体による襲撃」として、歴史の教科書に小さく記録されることになった。


 だが、奇妙なことにその戦いの中心にいたダークエイジとクロガの名は、人々の記憶から綺麗に消え去っていた。ハードが発行したウォークアバウト紙の号外も、ボルトが世界中に拡散した情報も「名もなき英雄たち」という曖昧な表現に差し替えられていた。


 俺はその現象について、一つの仮説を立てていた。石が全世界から善なる意志のエネルギーを集めたあの時だ。おそらくその代償として、あるいは人々の精神的な負担を減らすための石の配慮として、あの戦いに関する個人的な記憶も一緒に吸い上げてしまったのではないか。


 その結果、人々は自分たちが心を一つにして誰かを応援し、その力で謎の脅威が打ち破られたという、漠然とした温かい感覚だけを共有していた。英雄の名を覚えている者は誰もいない。それでいいと、俺は思った。


 世間ではクロガはクラヤミ刑務所から脱獄したまま、今も行方不明の凶悪犯という扱いになっていた。ボルトやハードは真実を知りながらも彼の新たな旅立ちのために沈黙を守ってくれているらしい。


 俺は、モルゴアへと戻っていた。


 埃っぽく油の匂いが染みついた工房の扉を開ける と、そこには老人が腕を組み、仁王立ちで俺を待っていた。


「……おかえりアーク。随分と長い散歩だったな」


 ギデオンは何も聞かなかった。ただその皺の刻まれた顔に、わずかな安堵の色を浮かべている。


「ああ。ただいま」


 俺たちの間に、それ以上の言葉は必要なかった。俺は再びこの腐敗した街で、昼はアークとして工房で働き、夜はダークエイジとして闇を駆ける日常へと戻った。だが俺の戦い方は、以前とは明確に変わっていた。


 ダダッ!!


 その夜、俺は麻薬の密売で私腹を肥やすギャングのボスを追い詰めていた。以前の俺なら、そいつを再起不能になるまで殴りつけ終わっていただろう。


 だが、今の俺は違った。


「どうしてこんなことをした?」


 俺はナイフを突きつけながらも、静かに問いかけた。ボスは最初こそ虚勢を張っていたが、俺が本気で話を聞こうとしていると分かると、ぽつりぽつりと身の上を語り始めた。病気の妹がいること、そして治療費のために悪事に手を染めたこと。ありふれた悲しい物語だった。


 俺はそいつを殴らなかった。代わりに、そいつが隠し持っていた麻薬と金の全てを奪い、こう告げた。


「この街から妹を連れて立ち去れ、ここに十分な医療技術はない。代わりに、南の方に診療所がある、そこの街で住み込みで働け。二度とこんな真似はするな、次に会った時は容赦しない」


 そして俺は、そいつが闇の仕事で得た汚れた金を、苦しめられた人々の元へ匿名で返しに行った。


 非効率で、回りくどいやり方だ。だがこれが、俺が見つけ出した、真のヒーローとしての戦い方だった。人々に勇気を与え、そして悪に更生のきっかけを与えること。これがマイトの問いに対する、俺なりの答えだった。


 そんなある日、俺の元に一枚の古びた新聞が届けられた。ハードがわざわざ送ってくれたのだろう。それは遠く離れた大陸の小さな街で発行されている地方紙だった。


 その三面記事の小さな見出しに指を触れると、こんな文章が書かれていたのが分かった。


『謎のヒーロー、"クラーク"出現。街の悪を一掃し孤児院に多額の寄付』


 記事には屈強で無口だが心優しい一人の男が、用心棒のような不思議な存在として、その街の人々を守っていると書かれていた。クラーク、か。


「……フッ、あいつも元気にやっているようだな」


 俺は静かに笑った。俺たちはずっと繋がっている。


 俺たちの戦いは、これからも続いていくだろう。この世界から悪が完全になくなる日など、永遠に来ないのかもしれない。


 そしていつか、未来の俺が予言したモンスターの大復活という大災害が、この世界を襲う日が来るのかもしれない。だが、もう俺は恐れない。


 俺の胸には、あの戦いで世界中の人々から託されたヒーローの信念が確かに宿っているからだ。


 俺は、工房の窓からモルゴアの汚れた、しかしどこか愛おしい街並みを感じる。ギデオンのいびきが聞こえる。市場の喧騒が聞こえる。この街で必死に生きる人々の息遣いが聞こえる。


 戦いは終わらない。だからこそ、俺は、俺たち戦い続ける。この、愛すべき不完全な世界と、そこに生きる全ての人々のために。そしていつか来る、本当の平和を信じて。


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