第148話 お前を倒す
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だが、俺の視線はアポカリプスには向いていなかった。俺は静かに、惨状を感じる。アポカリプスが生み出した巨人たちが、未だに街の残骸を蹂躙し、破壊の限りを尽くしている。その一つ一つが、奴の力の源。
「まずは、大地の巨人からだ」
俺はそう呟くと、アークセイバーをゆっくりと、水平に構えた。狙いは定めない。ただ、この星を蝕む全ての悪意に向けて。そして、一閃。
放たれたのは、斬撃というにはあまりに静かで、閃光というにはあまりに荘厳な、星々の光を束ねた銀色の波動だった。音はなく、衝撃もない。ただ、銀色の光の波紋が、水面を渡るように穏やかに、そして絶対的な速度で地上へと広がっていった。
サラサラサラッ……
すると、その光に触れた巨人たちが、次々と塵になっていった。断末魔の叫びを上げる間もない。光に触れた瞬間、その巨体は構成する粒子レベルまで分解され、きらきらと輝く光の粒子となって大気へと還っていったのだった。
まるで、最初からそこに何も存在しなかったかのように。破壊でありながら、それは浄化にも似ていた。数十の巨人たちが、たった一振りで、瞬きの間に地上から完全に消滅した。街に残されたのは、静寂と、破壊され尽くした残骸だけ。
「……ッ!」
アポカリプスが、絶句していた。奴の力の象徴であった巨人たちが、虫けらのように、いや、それ以下の存在として、跡形もなく消し去られたのだ。奴の顔に浮かんでいた驚愕は、今や明確な恐怖へと変わっていた。
「次は、お前の番だ」
その言葉と同時に、俺は足元の瓦礫を蹴った。
爆音はない。ただ、俺の体は一瞬で視界から消え、次の瞬間には、遙か上空、雲を突き抜けた成層圏にまで到達していた。眼下に広がるのは、青く丸い惑星の輪郭。圧倒的な跳躍力。
いや、これは跳躍というより、空間そのものを蹴って移動している感覚に近い。星々のエネルギーが俺の肉体を、物理法則という鎖から解き放っていた。
「逃がすかッ!」
アポカリプスの怒号が、遙か下から追ってくる。雷光が槍のようになっえ、俺めがけて突き進んでくる。その速度は、以前の俺ならば反応すらできなかっただろう。だが、今の俺には、その軌跡がスローモーションのように見えた。
俺は空中で身を翻し、アークセイバーで奴の剣を迎え撃つ。
キィィィィィンッ!
甲高い金属音と共に、二つの雷剣が激突した。その瞬間、世界から音が消えた。いや、あまりに巨大なエネルギーの衝突が、人間が知覚できる全ての感覚を麻痺させたのだ。
衝突点から、凄まじい衝撃波が同心円状に広がる。空中に浮かんでいた雲は、その姿を保てずに一瞬で吹き飛ばされ、巨大な穴が空に現れた。地上では衝撃波が家をなぎ倒し、大地を揺るがす。もはやそれは、小惑星同士の衝突に等しかった。
「小賢しい力を手に入れやがって!」
アポカリプスが、歯を食いしばりながら光雷の剣バエティスを押し込んでくる。その瞳には、焦りと屈辱、そして殺意が煮えたぎっていた。
「この力は、小賢しいものじゃない」
俺は、奴の力を受け止めながら、静かに答える。
「これは、お前が踏みにじってきた、全ての生命の祈りの力だ!」
俺がアークセイバーに力を込めると、刀身から溢れ出した星々の光が、光雷の剣バエティスを押し返し始めた。純粋な破壊のエネルギーである光雷は、生命と創造のエネルギーを宿した星雷に、じりじりと侵食されていく。
「黙れッ!」
アポカリプスが獣のように叫び一度剣を引くと、凄まじい速度で連続攻撃を仕掛けてきた。それは、神技と呼ぶにふさわしい剣閃の嵐だった。
上段からの脳天割り、下段からの薙ぎ払い、死角を突く刺突。その一撃一撃が、山を砕き、海を割るほどの破壊力を秘めている。光雷の剣の残像が、その全てが俺を殺すためだけの軌道を描いていた。
だが、俺はその全てに対応していた。アポカリプスの剣が俺に届く寸前、アークセイバーが寸分違わぬ精度でその攻撃を受け流し、弾き、あるいは叩き落とす。俺の体は、思考よりも速く、生命の集合意識が導き出す最適解をなぞるように動いていた。
まるで、無数の未来予知を同時に行い、最善の一手を選び続けているかのようだった。
剣と剣が交わるたびに、空が明滅する。戦いの余波だけで、天候が狂いだしていた。晴れ渡っていた空は赤く、突如として巨大な積乱雲が発生し、暴風が吹き荒れる。もはや、俺たちが戦っているのは、ただの空ではなかった。
「何故だ、この俺だぞ。何故、お前ごときに、俺の剣が通じないんだ!」
アポカリプスの剣筋に、次第に乱れが生じ始める。 焦りが、奴の完璧なはずの神技を鈍らせていたのだった。
「お前の剣は、ただ壊すことしかできない。そこには何の意志もない、空虚な破壊の力だ」
俺はアポカリプスの一撃を、アークセイバーで受け止める。凄まじい衝撃が腕を襲うが、俺の背後で輝く星々のオーラが、その威力を軽減させていく。
「だが、俺のこの剣には、想いが宿っている。守りたいと願う、無数の生命の想いが!」
俺の言葉に呼応するように、アークセイバーの輝きが増した。刀身に宿る星々が、一斉に光を放つ。それはまるで、満天の星空が一度に瞬いたかのような、神々しい光景だった。
「うおおおおおおおッ!!」
俺は咆哮と共に、アポカリプスを弾き飛ばした。体勢を崩した奴の体に、間髪入れずに追撃の剣を叩き込む。
カキンッ!!
放たれた星雷の斬撃が、アポカリプスの肩を捉えた。神の体を覆う鎧が、悲鳴を上げて砕け散る。傷口から血が溢れる、前の頬の傷よりだいぶ深い。
「ぐっ……ああっ!」
初めて浴びた有効打に、アポカリプスが苦悶の声を漏らす。だが、奴は即座に体勢を立て直し、距離を取った。
「面白い……これがお前の集めた力か!」
奴は砕かれた肩を押さえながら、狂気の笑みを浮かべた。
「ならばこちらも神の力の、その真髄を見せてやろう!」
アポカリプスが、光雷の剣バエティスを天に突き上げた。すると、戦いの影響で発生した巨大な積乱雲が、全て奴の剣先へと吸い寄せられていく。暗雲が渦を巻き、天を覆うほどの巨大な雷の塊を形成していく。その中心で、バエティスが禍々しい光を放っていた。
「喰らえ!」
天が裂けたかのような轟音と共に、空を覆い尽くしていた雲から放たれる雷全てが、一本の巨大な槍となって俺に降り注いだ。その直径は、都市一つを丸ごと飲み込むほど。もはやそれは雷というより、天そのものの落下だった。
絶望的な光景。だが、俺の心は凪いでいた。
俺は星雷の剣アークセイバーを、静かに正眼に構える。俺の背後に守るべき仲間たちの顔が、この星に生きる名もなき生命の輝きが、幻影のように浮かび上がった。
「ブレイク!」
「負けるな!」
「私の力を……あなたに!」
聞こえる、みんなの声が。この星の全ての生命が、俺に力を貸してくれている。俺は、迫り来る雷の巨大な槍に向かって、アークセイバーを突き出した。
「お前を止められるのは、いまの俺だけ、ならばこの力で……お前を倒す!」
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