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第147話 真のヒーロー

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 その、クロガが命懸けで稼いだ時間の中、俺の覚醒は次の段階へと移行していた。


 世界中から注がれる善なる意志のエネルギー。それは俺の超感覚を一時的に、全世界規模にまで強制的に拡張させていた。


 俺の脳内に全世界の情報が流れ込んでくる。カービージャンクの子供の泣き声、遠い国の老婆の祈り。モルゴアの工房で固唾をのむギデオンの息遣い。


 街の喧騒。森の木々が風にそよぐ音。海の潮騒の匂い。人々の感情の温度。その全てが、色も形もない純粋な情報として、俺の内に流れ込んでくる。俺は目が見えないまま、この星の全てを見ていた。


 クロガを殺しきれず、また俺のエネルギーがますます増大していくことに、アポカリプスはついに焦りを覚えたようだった。


「小賢しい虫けらどもが……その声援とやらがお前たちの命綱か、ならば、根こそぎ断ち切ってやる!」


 奴は最後の、最悪の手段に出た。奴が天に手をかざすと、カービージャンクの周囲の地面から何十体もの巨人が一斉に出現した。そしてその巨人たちは平原で応援している市民たちへと、無慈悲に襲いかかり始めたのだ。


 空は魔力によって、血のように不気味な赤色に染まった。更に森や街の外縁部で、巨大な爆発が次々と起こり始めた。


 市民たちの歓声に満ちた声援は、一瞬にして恐怖と絶望の悲鳴へと変わっていった。俺へと注がれていた希望のエネルギーが、急速に途絶えそうになる。


 だが、そんな地獄絵図の中でも奇跡が起きた。恐怖に泣き叫ぶ大人たちの中で、数人の子供たちが震えながらも叫び続けたのだ。


「負けるなーっ!!」


 その声は、絶望の闇を切り裂く一筋の光だった。しかし巨人が振り下ろした腕によって家が砕け、その瓦礫が子供たちに降り注ごうとしたその瞬間。今まで見守ることしかできなかったボルトとハードが、同時に飛び出した。


「危ないッ!」


 ハードは子供を突き飛ばして庇い、ボルトはその体を盾にして瓦礫の雨から家族を守る。その二人の英雄的な行動が、狼狽えていた他の大人たちの心に火をつけた。


「俺たちは何をやっているんだ!」


「俺たちは、ただ見ているだけか!」


 すると一人、また一人と、名もなき市民たちが武器にもならない棒切れや石を手に巨人に立ち向かい、あるいは逃げ遅れた人々を助け始めたのだ。


 俺はその全てを、見ていた。クロガもまた自分を庇うようにして巨人に立ち向かう市民たちのその姿を、その目に焼き付けていた。


 戦いのさなか、ここで俺は遂に、マイトの問いの答えを見つけ出した。


「君は一体、何のために戦う?」


 ヒーローとは、特別な力を持つ選ばれた存在のことではない。


 誰かの勇気ある行動が、別の誰かに勇気を与える。その善意の連鎖を生み出す、最初のきっかけとなる者、それこそが真のヒーローなのだと。


 俺は今まで、独りよがりな暴力で世界を正そうとする、ただの自警団でしかなかった。だが、今この瞬間、俺たちの不格好な戦いが名もなき人々を英雄に変えた。


 ならば俺たちも、この瞬間、本物のヒーローになれたのかもしれない。


 俺の魂の覚醒。それが最後の引き金となった。


 俺の気高い想いが、エネルギーの流れに乗って世界中に伝播していく。俺が世界を見ていたように、今度は世界が俺を見たのだ。


 通信も新聞も届かない世界の果ての地。そこに暮らす人々までが、その心に直接、俺たちの戦いとその想いを感じ取った。そして全ての人類が、人種も国境も思想もその全てを超えて、ただ一つの同じ想いを共有した。


 この名も知らぬ二人の英雄に、俺たちの未来を託そうと。


 その純粋で、そしてこの星が始まって以来最も強大な意志のエネルギーが、最強の引き金となった。


「な……なんだこの力は……馬鹿な……!」


 アポカリプスが、驚愕に目を見開く。


 俺の元へと、全世界から天の川のような光の流れが一斉に注ぎ込まれる。器はその限界を遥かに超え、星そのもののように眩く輝き始めた。


 ボロボロになりながらもその光景を見上げていたクロガは、満足げな笑みを浮かべた。彼は、自らの役目が終わったこと、終わってもいいことを悟っていた。そして、遂に。


 全人類の希望という名の想いを、その一身に束ねて。俺の光り輝くその手の中に、夢で見たあの究極の剣が。


 星々の輝きをその身に宿し、雷鳴をその刀身に秘めた長剣……星雷の剣アークセイバーが今、この世に産声を上げた。


 それは、未来の絶望を切り裂く、いまを生きる全ての人々の祈りの結晶だった。俺は完成したその剣を手に、静かにアポカリプスと対峙する。


 星々のきらめき、生命の息吹、そして仲間たちの祈り、その全てが凝縮され、俺の右手の中で一つの形を成していた。その刀身は夜空をそのまま切り取ったかのように深く、無数の星屑が内側で明滅している。柄を握る手に、宇宙の脈動が伝わってくる。


「それが……最後の悪あがきか」


 アポカリプスが、光雷の剣バエティスを構え直し、嘲笑を浮かべた。


「それはどうかな」


 俺が、星雷の剣アークセイバーを天に掲げた瞬間、奇跡が起こった。


 俺の体を包んでいた、傷だらけのコスチュームが、まるで影に飲まれるように染まっていく。漆黒は光さえ飲み込む深淵の色であり、その表面にはアークセイバーの刀身と同じく、銀河の星々が流れるように瞬いていた。


 肩や胸のアーマーは、荘厳なデザインへと変貌を遂げ、背中には光の粒子で編まれたマントが立ち上る。顔を覆うマスクもまた、より神聖な、無機質な表情へと変わっていた。今の俺の姿は、破壊神を裁くために降臨した、創造神のような風貌だった。


「……まさか!」


 アポカリプスの表情から、純粋な驚愕が浮かび上がった。奴が感じているのは、単なるパワーアップではない。俺という存在そのものの、根源的な変質。


 生命のエネルギーが俺の中で渦を巻き、一つの宇宙を形成している。俺はもはや、一個の生命体ではなかった。俺は、この星に生きる全ての生命の集合体であり、その意志そのものだった。


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