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第146話 全世界のエネルギー

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「がんばれー!」


 最初に声を上げたのは、一人の小さな子供だった。そのか細く、真っ直ぐな声が引き金となった。


「がんばれ、ダークエイジ!」


「負けるな、クロガ!」


「俺たちの街を、未来を、守ってくれー!」


 子供から大人まで、性別も年齢も関係なく、全ての市民が一つになって声を張り上げていた。その声援には、過去の罪も立場も一切関係なかった。ただ、未来を託す純粋な祈りだけが、そこにはあった。


 その声が力になった。


 倒れていた俺とクロガの体に、温かい不思議な力が流れ込んでくるようだった。それは物理的な回復ではない。もっと、根源的な魂そのものを奮い立たせる力だった。


「……ハッ。聞こえるかよブレイク」


 クロガは血を吐きながら笑った。


「俺なんかの名前まで呼びやがって。どこまでも物好きな奴らだぜ、全く」


「ああ。本当にどうしようもないお人好しの奴らだ」


 俺もまた笑った。


「だが、その彼らのためにも、もう少しだけ頑張ってみるか」


 俺とクロガは砕けた槍を杖代わりに、その声援に後押しされるように、ゆっくりと再び立ち上がった。


「なに、まだ戦うつもりか。この街を見捨てるくらいなら、果てることを選ぶというのか」


 アポカリプスは俺たちの選択を見て、驚愕したような表情を浮かべていた。


 俺たちが立ち上がったのを見て、市民たちの声援はさらに大きく、さらに力強くなる。その純粋な善なる意志の奔流に、俺の胸の石がこれまでとは比較にならないほど激しく、そして温かく、共鳴を始めた。


 キィンッ!


 俺の体が、淡い光に包まれる。夢で見たあの光景。全世界のエネルギーを集めるための魂の器が、俺の体を中心に形成され始めていた。


 それはラーズが、人々の命ごと強制的に奪い取った、あの禍々しいプロセスとは全く異なっていた。俺の体に形成された器は誰の命も奪わない。ただ俺たちを心から応援したいと願う、その温かいエネルギーだけを受け入れる聖杯のようなものだった。


 人々は、エネルギーを分け与えても死ぬことはない。ただ少しだけ体温が下がるような、心地よい疲労感に包まれるだけ。そしてその行為が、目の前の二人の力になることを、彼らは本能的に理解していた。


「俺たちの力を……!」


「私たちの想いを……!」


「受け取ってくれーッ!!」


 カービージャンクの市民たちが、まるで祈りを捧げるかのように、一斉に俺たちへと手を突き出した。すると彼らの体から、無数の温かい光のエネルギーが流れ出し、夜空の流星群のように、俺の体に作られた器へと、次々と吸い込まれていくのが見えた。


 そしてその光景は、カービージャンクだけではなかった。


 ハードの記事を読んだ世界中の人々。ボルトが解放した通信網で、この戦いを知った全ての人々。モルゴアの工房で、固唾をのんで情報を待つギデオン。


 全ての善なる意志が、空間を超え、次元を超え、一つの巨大な光の奔流となって、俺の元へと集まり始めていた。アポカリプスはその信じがたい光景を、ただ呆然と見つめていた。奴の理解を完全に超えた奇跡が、今目の前で起きていた。


 俺の体は、もはや星そのもののように眩く輝いていた。その光の中心では、夢で見たあの究極の剣・アークセイバーが、今まさに生まれようと、力強い胎動を始めていた。


 だがこのプロセスは、俺を完全な無防備状態に晒した。動けない。意識の全てを、無限に流れ込んでくるエネルギーの制御に集中させなければならなかった。


「小賢しい真似を、そうはさせるか!」


 未来の俺、アポカリプスの殺気が膨れ上がる。この最大の好機を、奴が見逃すはずがない。俺という存在そのものを消し去るため、光雷の剣バエティスを構え、神速で突進してくる気配を肌で感じた。


 その絶望的な軌道上に、ボロボロの体で、一人の男が立ちはだかった。


 クロガだ。


 彼の手にあるのは、へし折られ光を失った白銀の槍ハンニバルの柄。それはもはや武器ですらない、ただの鉄屑だった。


「どけ裏切り者。貴様に私の相手が務まると思うか」


 アポカリプスの声は俺自身の声でありながらも、俺の知らない冷たさでクロガを嘲笑う。


「さあな。だが、お前がブレイクに触れるより先に、この鉄屑がお前の喉を食い破るかもしれないぜ」


 クロガは、不敵に笑っていた。エネルギーも神の力もない。ただの人間が剥き出しの気迫だけで、未来の神へと挑もうとしている。


 ガチン!!


 壮絶な戦いが始まった。クロガはアポカリプスの圧倒的な攻撃を、満身創痍の体で必死に受け流し回避する。一撃でも食らえば即死は免れない。そんな極限状態の中で彼は俺のために、いや俺たちが守ろうとしている未来のために、命を懸けて戦い続ける。


 アポカリプスは物理的な攻撃だけでは飽き足らず、言葉という刃でクロガの心を執拗に抉り続けた。


「お前はいつだってそうだクロガ、土壇場で強い方につく風見鶏! だが結局、最後には必ず裏切る、それがお前の本質だ!」


 ガキンッ!!


「お前のような罪人が英雄になれるとでも思ったか、笑わせるな。お前は生涯罪の意識に苛まれ、誰からも理解されず孤独に死ぬのだ!」


 未来の俺は、クロガの闇を全て知っている。その言葉は、クロガの心の最も柔らかな部分を的確に突き刺しただろう。彼の脳裏に、過去の過ちや犯した罪が醜い幻影となって蘇っているはずだ。一瞬彼の動きが鈍ったのを、俺は感じ取った。


「負けるな、クロガ!」


 だが、彼の耳にはまだ確かに響いていた。

 カービージャンクの市民たちの声援が。


「……うるせえよ、未来のブレイク」


 クロガは血反吐を吐きながらも、言い返した。その瞳にはもはや迷いはなかった。


「言われるまでもねえ。俺が裏切り者だってことはこの俺自身が一番よく分かってんだよ。だがな、それでも今この瞬間だけは……このどうしようもない俺を信じて声を嗄らしてる、あの奴らのために、ヒーローの真似事くらいはさせて貰う!」


 彼の心はもう、未来の俺が放つ闇には飲まれなかった。彼を突き動かしているのは、罪からの逃避ではない。俺への依存でもない。ただ純粋に、自分を信じてくれた、この名もなき人々が生きるこの世界を、今度こそこの手で守りたい。生まれて初めて抱いたその純粋な願いが、彼を支えていた。


 彼は折れた槍を構え、アポカリプスへと無謀な突撃を仕掛ける。奴の猛攻を受け、その体は限界を超えてボロボロになっていく。だが、その瞳の光だけは決して消えることはなかった。彼は俺が力を溜めるための絶望的なまでの時間を、命を懸けて稼ぎ続けてくれた。


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