第141話 完璧なコンビネーション
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「都合よく頼りに来るんじゃねぇ……ブレイク!」
クロガは檻の中でゆっくりと立ち上がると、その胸の内に溜め込んでいた全ての毒を、絶叫と共に吐き出した。
「俺を見捨てたくせに、英雄気取りで、正義の裁きだとか綺麗事を並べて、俺をこの地獄に突き落としたくせに、今更、何の用だ!」
彼の叫びは、嵐の音にも警笛の音にも、決して、かき消されることはなかった。
「罪を償え、だと。どうやって償うんだ。この、クソったれな場所で、俺に何ができる! 毎日、毎日、意味もなく看守どもに殴られ、罵られ、ただ壁の傷を数えながら、時が過ぎるのを、待つだけの日々だ! ここにいたら、いつか必ず、俺のこの心が、完全に、壊れちまうんだ!」
その魂からの叫びを聞いて、俺はようやく、自らの過ちを悟った。俺はクロガを、法の下で裁かせたつもりでいた。それが彼にとっての唯一の、更生の道だと信じていた。
だが、現実は違った。俺は地獄に、彼をたった一人で、置き去りにしただけだったのだ。彼の心の叫びに、耳を傾けることもせずに。俺は殴られた頬のジンジンとした痛みも忘れ、鉄格子越しのクロガに向かって、深く、深く、頭を下げた。
「……悪かった、クロガ」
その言葉は俺の、心の底からの、偽りのない謝罪だった。
「お前の言う通りだ。俺は、何も分かっていなかった。お前のことなんて、何一つ、考えてはいなかった。ただ自分の、独りよがりな正義を、お前に押し付けていただけだった」
俺は、顔を上げた。そして彼の目を見つめるように、顔の向きを合わせる。
「だが、それでも頼む。これはもう、俺のためじゃない。世界のためでもない、お前自身が、このどうしようもない地獄から抜け出すための、最後のチャンスなんだ。だから俺に、力を貸してくれ。俺は、お前の力が、どうしても必要なんだ」
この俺の姿に、荒れ狂っていたクロガの感情が、わずかに静まっていった。
「……ッ」
クロガは悪態をつきながら、そっぽを向いた。
「どうせ世界が滅ぶのなら、元も子もないか……」
ぶっきらぼうな呟き。だが、その瞳には、ほんのわずかだけ、かつての闘争の光が戻ってきていた。
「いいだろう、乗ってやる。だが、勘違いするな、ブレイク。これはお前のためじゃない。俺がこのクソったれな場所から、ただ、出るためだ」
俺たちは再び、混乱の渦中にある刑務所を、今度は二人で駆け抜けた。クロガの力は、俺の想像を遥かに超えていた。獄中での出口のない日々が、彼の力を圧縮し、より純粋な破壊の力へと、昇華させているようだった。
ボゴッ!!
俺たちは看守たちの包囲網をいとも簡単に突破し、嵐の吹き荒れる崖の上へとたどり着いた。そして眼下に広がる、荒れ狂う黒い海へと、ためらうことなくその身を投じた。
冷たい海水が、体温を奪っていく。だが、俺たちの心の奥底で燃える炎は、決して消えることはなかった。夜が明ける頃、俺たちはようやく、近くの無人島へと辿り着くことができた。
そこから運よく通りかかった、国籍不明の密輸船を、半ば脅すような形で乗っ取り、最低限の武器と食糧を調達した。
朝日が水平線の向こうから、世界を照らし始めた頃。俺とクロガは、ある大陸の、名もなき深い森にその身を隠していた。
「……で、これから、どうするんだ?」
クロガが焚火で、湿った服を乾かしながら、ぶっきらぼうに、尋ねてきた。
「まずは、情報を集める。アポカリプスが、次にどこを狙うか……」
俺が、そう答えかけた、その時だった。
ゴロゴロゴロ……ドンッ!!
雷鳴と共に、あの神を気取った男が、俺たちの目の前に再び姿を現した。
「探す手間が省けたな、ダークエイジ」
アポカリプスはその手に、光雷の剣バエティスを携え、静かに俺たちを見下ろしていた。
「クロガ、前の世界の記憶を持つ人物を仲間にしたか。だが、無駄なことだ。一匹から二匹になったところで、結果は何も変わらん」
問答無用で、戦いが始まった。
俺とクロガは即席の、しかし、阿吽の呼吸で、アポカリプスへと、同時に挑みかかった。俺が、正面から陽動を兼ねた、牽制の斬撃を繰り出す。その、わずかな隙を突き、クロガが奴の死角となる背後へと音もなく回り込み、奇襲をかける。
ウォーリアーズ時代を、戦闘員時代を彷彿とさせる、完璧なコンビネーション。だが、それでも、アポカリプスの力は、絶対的だった。
「遅い」
その、たった一言と共に、光雷の剣バエティスが、閃光を放つ。俺とクロガの剣は、まるで子供の玩具のように、いとも簡単に弾き飛ばされ、俺たちの体は木の葉のように、吹き飛ばされた。
完敗だった。何度挑んでも、結果は同じ。俺たちの人間レベルの剣技など、アポカリプスの神の如き力の前に、全く意味をなさなかった。俺たちは、血と泥にまみれ、ボロボロになって地面に倒れ伏した。
「……終わり、かよ」
クロガが血反吐を吐きながら、諦めたように呟いた。
「……いや」
俺は、折れた腕の激痛に耐えながら、それでも立ち上がった。
「まだだ……まだ、終わってない……!」
その俺の姿に、クロガもまた最後の力を振り絞り、ふらつきながらも、立ち上がった。俺たちは再び、アポカリプスへと向かっていく。もはや、勝算など、どこにもない。だが、諦めることだけは、俺たちの魂が許さなかった。
グシャッ!!
血反吐を吐き、骨が折れても、意識が朦朧としても、何度も、何度も、立ち上がり、神へと挑み続ける二人の、ただの人間の姿。そのあまりにも愚かで、あまりにも気高い姿に、アポカリプスの姿勢がわずかに揺らいだ。
「……しつこい。しつこいぞ、虫けらどもめッ!」
アポカリプスが、苛立ちを隠せない様子で、とどめを刺そうと、光雷の剣バエティスを、大きく振り上げた。その、瞬間。
クロガが最後の力を振り絞って投げつけた、彼の戦闘用ナイフが、アポカリプスの顔を覆う、その仮面のわずかな隙間に、正確に突き刺さった。
カラン……
乾いたような、軽い音を立てて、その不気味な仮面が、地面に落ちる。そして、俺とクロガは見た。
その、神を名乗る男の、仮面の下の素顔を。
そこに、あったのは。
「まさか、ブレイクか」
アポカリプスの顔は、今の俺よりも、幾分か歳を重ねていた。その表情には深い疲労と、そして世界の全てを呪うかのような、底なしの絶望が、刻み込まれてはいる。
だが、その目も鼻も口元も、紛れもなく俺自身のものだった。
アポカリプスの正体、それは、未来の俺……ブレイク・カーディフだったのだ。
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