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第139話 平和主義者の魔王

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「平和主義者の、魔王か。信じられないな。俺たちの世界の魔王は、全ての生命を、等しく無に帰そうとした、純粋な破壊の意志そのものだった」


「俺の知る魔王は、違った」


 俺は、ラーズとの最後の戦いにて精神世界で出会った、または世界が崩壊して再生した直後に会った、そして俺が失明してすぐに保護してくれた彼の姿を、ゆっくりと思い浮かべていた。


「そいつは個々が、それぞれの色で輝きながら、共に生きる共存の世界を、理想としていた。不完全さこそが、生命の美しさだと信じていた」


「共存……か」


 マイトは何かを考えるように、目を伏せた。


「似ているようで、まるで違うんだな。俺たちの世界と君の世界は……まるで」


 その言葉をきっかけに、俺たちは互いのことを、少しずつ語り始めた。二つの世界の歴史や、価値観の違い。そして俺自身の、あまりにも歪な、生き方について。


 討伐パーティーを追放されて、仲間に裏切られたこと。そこから力を手にして始めた、ダークエイジの活動のことを、俺は包み隠さず話した。


 法で裁くことのできない悪を、ただ一方的な暴力で、制圧してきたこと。やっていることは、正義などという、綺麗な言葉で飾れるようなものではない、ということ。


 そしてこの目が、もう二度と、光を取り戻すことはない、ということも。


 俺の告白を、マイトはただ静かに聞いていた。そして全てを話し終えた俺に、彼は心の底から感心したように、こう言った。


「そうか……君もまた、罪を背負って生きてきたのだな。自慢ではないが、俺もまた、討伐パーティーを追放され、仲間に裏切られた。その仲間は、魔王の討伐のために裏切ったフリをしていた。しかし、君は……強い人間だな」


 彼の言葉には、同情も憐れみも、そして俺のやり方を断罪するような響きも一切なかった。


 ただ事実として、俺という人間の生き様そのものを、彼は真っ直ぐに受け止め、そして強いと、認めてくれた。俺の心の奥底で、ずっと、凍りついていた何かが、たった一言でほんの少しだけ、溶けていくような気がした。


 この世界に来て、この男に出会えて、良かったのかもしれない。俺は柄にもなく、そう思った。


「……話は、これくらいにしよう。感傷に浸っている時間も、あまりないみたいだ」


 マイトはそう言うと、教会の崩れかけた祭壇の前に、静かに立った。その表情は先ほどまでの穏やかなものから、厳粛なものへと変わっていた。


「始めるよ、ブレイク。心の準備を」


 彼が祭壇に、そっと手を触れる。


 その瞬間、教会全体が凄まじい光に包まれた。この場所に六百年かけて満ちてきた、膨大な残留エネルギーが、マイトの石を触媒として、その制御下に、置かれていく。


 荒れ果てていたはずの教会が、まるで、創建当時の輝きを取り戻したかのように、神々しい光で満たされていった。


「ブレイク、今だ! 君の石の力で、君がいた、あの世界の座標を、正確に、特定してくれ!」


 マイトの、鋭い声が飛ぶ。俺もまた彼の声に応え、胸の石に意識を、深く深く集中させた。


 アポカリプスとの共鳴で、力を失いかけていた俺の石。だが、マイトの、そしてこの教会に満ちる、膨大な生命エネルギーに共鳴し、再び力強い脈動を取り戻し始めていた。


 俺は脳裏に、強くイメージする。


 ギデオンのいる、あの油臭い工房を。


 クロガと、最後に言葉を交わした、あの遺跡を。


 リリーやダイジンがいる、花屋を。


 カールやロナ、ハードがいる新聞屋を。


 ボルトが護り、護りたいと思う街を。


 そして、アポカリプスと対峙した、あの荒野を。


 すると、俺の石は意志に応え、空間のその向こう側にある、俺が帰るべき世界のその座標を、一点、正確に指し示した。


「捉えた!」


「よし!」


 マイトの力が、更に増大する。俺に眠る石ヴァイヤーが示した座標と、彼の石が生み出す莫大なエネルギー。二つの異なる世界の、異なる石の力が、この特異点である教会で、一つに合わさっていく。


 そして祭壇の前の何もないはずの空間が、まるで鋭い刃で引き裂かれるように、その姿を変え始めた。空間そのものが、渦を巻き、ねじ曲がり、やがてそこには、向こう側が決して見えない、しかし確かに別の世界へと繋がっている、渦巻く光のゲートが完成していた。


「マイト、感謝する。この恩は、決して忘れない」


 俺は完成したゲートを前に、マイトに向かって、深く頭を下げた。


「礼を言うのは、俺の方かもしれないな」


 マイトはどこか遠い目をして、寂しげに微笑んだ。


「君と話して、俺も忘れていたことを、ほんの少しだけ、思い出せたような気がする」


 彼は別れ際にふと、自らのことを語り始めた。


「実は俺はこの世界で、六百年近く、ヒーローとして戦い続けてきたんだ」


「……六百年?」


「そう、不老不死だ。石と共に、その呪いみたいな力も受け継いでしまった。色落ちしないピンク色の髪は、その代償みたいなものさ。俺が、もう、普通の人間ではなくなってしまった、その証拠だ」


 彼の言葉に、俺は絶句した。六百年。それは、俺には想像もつかないほどの、長い時間だ。


「自分の人生も、誰かを愛することも、家族を持つという当たり前の幸せも、その全てを犠牲にしてきた。ただひたすらに世界を守る、という、たった一つの目的のためだけに、生きてきた。でもね、最近、時々、思うんだ」


 彼の声には深い、深い疲労の色が滲んでいた。


「俺は本当にこの世界を、守りたかったんだろうか。それともただ、ヒーローという役割に自分自身が囚われてしまって……それ以外の生き方が、もう分からなくなってしまっただけなんじゃないか、と」


 その自嘲気味な言葉が、まるで鋭い棘のように、俺の胸に深く突き刺さった。ヒーローという役割に、囚われる。


「ダークエイジは、どうなんだ?」


 マイトは最後に、俺の心を見透かすかのように、そう問いかけた。


「君は一体、何のために戦う? 誰のために、その力を懸けているんだ?」


 その問いに、俺は答えることができなかった。答えが出ないまま、俺は渦巻く光のゲートへと、その身を投じた。


 空間が、ぐにゃりとねじ曲がるような、不快な感覚。時間の流れが、狂っていく。そして次の瞬間、俺は、硬く冷たい石畳の上に投げ出されていた。


 周囲には、マイトの世界にあった教会とよく似た造りの、しかし、今はもう完全に廃墟と化してしまった、教会の残骸が広がっていた。


「ここは……」


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。その時、近くの街道を通りかかった一人の行商人の男が、何もない場所から、突如として現れた俺の姿を見て、腰を抜かさんばかりに驚いていた。


「ひっ……あ、あんた、一体、どこから現れたんだ! まさか、この神隠しの教会の噂は……本当だったのか!」


 神隠しの教会。どうやらこの場所も、マイトのいた教会と同じような特異点になっているらしい。俺はその男に、今日の日付を尋ねた。


 そしてその答えに、愕然とすることになる。俺が、アポカリプスに敗れ、この世界から姿を消してから既に、一週間もの時間が経過していたのだ。異世界との時間の流れは、全く異なっていた。


 俺は行商人から無理やり、一枚の新聞を買い取った。それはハードが記者を務める、ウォークアバウト紙の、最新号だった。厚紙だから、インクの凸凹で文字が読み取れる。その一面には、俺が最も恐れていた、衝撃的な見出しが血文字のように、大きく躍っていた。


『謎の男、アポカリプス。各地で、無差別破壊を繰り返す。声明文発表、「ダークエイジよ、姿を現せ。さもなくば、世界は灰と化す」と』


 新聞にはたった一週間で、アポカリプスが俺をおびき出すためだけに、モルゴア以外のいくつもの罪のない街を無差別に破壊し続けているという、絶望的な記事が、被害状況の悲惨な写真と共に、詳細に綴られていた。


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