第132話 光の巨人
----------
俺は、倒れて動かないクロガを背負い、街へ向かった。彼は、眠っていた。心を通わせた会話は無理そうだ、何故なら彼の心は壊れているから。
「なんだ、コイツは」
「事件の真犯人だ、光の巨人と関係がある」
そうして俺は、クロガをボルトの元へ届けた。ボルトは俺のことを覚えていなかった、しかし街を救った人として認識しているようで、少しだけ満足そうな顔をしている。対してハリス指揮官は、こちらを睨んでいる。
「お前は、英雄なのか?」
「いいや、俺は巨人を倒しただけだ。何があったかは、この男……クロガ・ジェディ・ナイトに聞け」
「クロガって、ウォーリアーズのリーダーじゃないか!」
「そうだな、ついでにウォーリアーズのアジトも調べた方がいい。証拠が転がっているはずだ」
それだけ告げて、俺はモンタージュから立ち去った。ボルトもハリス指揮官も、何かを言いたそうな顔をしていたが、無視して扉を閉めた。
ウォーリアーズのアジトには証拠である、パニッシュが転がっている。股間を潰されたからまだ動けないはず、アイツもアイツだ。
俺は静かに、夜明けの空を見上げた。その瞳に、美しいはずの朝日の光は、やはり映っていなかった。
数週間後、世界は未曾有の混乱と、そして破壊から生まれる再生に包まれていた。
国際裁判の、特別法廷。被告人席に座るのは、クロガ。そして、同じく拘束されたウォーリアーズの元メンバー、パニッシュ。彼らは、あの日、俺に捕縛された後、再編されつつある治安部隊と、その中心にいたモンタージュのボルトの部隊によって、厳重な警備の下、この場所へ移送された。
世界中が、この歴史的な裁判の行方を見守っていた。クロガとパニッシュは、宣誓の後、全てを語り始めた。ラーズという一人の女性が抱いた、あまりにも壮大で、狂気的な理想であるレスドラド計画の全貌。
その計画に協力し、世界を裏から操っていた巨大複合企業、デビルズオール社の存在。そして治安部隊が、いかにその傀儡となり、世界の秩序を歪めていたか。
二人の証言は、俺がかつてウォーリアーズから命懸けで持ち出した不正の証拠によって、その信憑性が裏付けられた。破られたと思っていたが、この時点では何とか残っていたようだ。更に彼らの口からは、決定的な名前が告げられた。
「マクガフィン」
その名は、世界のほんの一握りの権力者しか知らない、影の王の名だった。デビルズオール社を、そして世界の金融や情報を裏から支配し、自らの帝国を築き上げていた黒幕。
ラーズは、彼の強大な力を利用し、彼は、ラーズの超常の力を利用しようとしていた。歪な共犯関係。その全てが、白日の下に晒されたのだ。
世界に走った衝撃は、地殻変動に等しかった。デビルズオール社は瞬く間に資産を凍結され、その巨大な帝国は、一夜で崩れ去った。治安部隊の上層部も次々と逮捕され、組織は完全に解体された。世界の権力構造そのものが、根底から覆った瞬間だった。
もちろん、その影の王が、黙って引き下がるはずもなかった。
自らの帝国が崩れ去るのを目の当たりにしたマクガフィンは、最後の、そして最も卑劣な報復に出た。護送中のクロガとパニッシュを、口封じのために消し去ろうとしたのだ。
夜の森を走る、厳重に警備された護送馬車。その進路上に、突如、複数の馬車が立ち塞がった。荷台から現れたのは、最新鋭の武装に身を固めた、マクガフィンの私兵である、手練れの暗殺者たちだった。
激しい銃撃戦。護送の任についていた兵士たちが、次々と倒れていく。クロガとパニッシュが乗る馬車の装甲が遂に破られ、絶体絶命かと思われた、その時。
夜の闇よりも濃い一つの影が、音もなく、暗殺者たちの背後に舞い降りた。
ダークエイジ。
俺は、超感覚を失った。神の力も、もうない。だがこの体には、地獄のような日々で培われた、戦闘技術の全てが、まだ刻み込まれている。
暗殺者の一人が、俺の気配に気づき、驚愕に目を見開く。だが、遅い。俺は、その喉元に、容赦なく手刀を叩き込んだ。銃声に紛れ、声なき悲鳴が闇に消える。
グチャッ!
俺はその勢いのまま、人外の速さで暗殺者たちの群れの中を駆け抜けた。肘、膝、拳、ナイフ。俺の体全てが、凶器だった。彼らが自慢の引き金に指をかけるより早く、俺はその意識を、あるいは、二度と武器を握れなくなるまでその四肢を、的確に破壊していく。
ショットガンから弾が放たれても、軌道は読める。すぐに石を拾い上げて、的確に弾き返すように投げる。そして木の影に身を隠しながら、はたまた注目を集めながらも、こっそりと奴らに近づく。
「誰だ、お前は」
「ダークエイジだ、覚えろ」
背後からハンドガンで後頭部を殴りつけ、そこから手首のスナップを効かせて、木々に反射させ別の兵士の頭にぶつける。その音で他の兵士が気づき警戒するが、そこに俺はもういない。改めて異なる方角から、拾い上げた小石を投げて気絶させる。
数分後、そこには無力化され、うめき声を上げるだけの暗殺者たちの山が、出来上がっていた。
「……ブレイク」
護送車の中からクロガが、呆然と俺の名を呼んだ。俺は、彼の方を振り返ることなく、ただ、闇に向かって呟いた。
「こいつらを裁くのは、法だ。お前たちのような、私怨に駆られた外道じゃない」
その言葉は暗殺者たちに、そして、おそらくはクロガ自身にも向けられたものだった。俺は、それだけを言い残し、再び、夜の闇へと姿を消した。
クロガは、自分を救ったその黒い背中を、一体、どんな表情で見つめていたのだろうか。
----------




