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第130話 最終決戦「贖罪」

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「魂よ、元いた場所に還れ」


 俺は、天に向かって叫んだ。空間を操る力が、現実世界へと干渉する。すると、ラーズが消えた空間の歪みから、光の蝶と化した無数の魂たちが、一斉に解き放たれていった。


 ありがとう、とか、さようなら、とか、そんな声が聞こえた気がした。全ての魂が、それぞれの肉体へと帰っていくのを見届けた、その瞬間。俺の胸の石の輝きは、すうっと、完全に消えた。


 そして、俺の意識は、現実世界へと、静かに戻っていった。ハッと我に返ると、俺は、遺跡の地面に座り込んだままだった。隣には、同じように座り込んでいるクロガがいる。


 周囲では、何が起きたのか理解できず、混乱していた兵士たちが、次々と意識を取り戻し、仲間と抱き合ったり、あるいは、空を見上げて涙したりしていた。


「何が起きたんだ……俺たちは、死んだんじゃ……」


「分からない……だが、生きている……生きているんだ!」


 そんな歓喜の声が、あちこちから聞こえてくる。

 俺は、そっと胸に手を当てた。そこにある石は、もう何の力も感じられない、ただの冷たい、普通の石に戻ってしまっていた。


 石による力は失われた。目の前の光景も、ただ、音と、風と、匂いだけが感じられる、元の、不自由な暗闇の世界だった。元ある超感覚だけ、何とか残っている。


 全てが、終わったのだ。

 本当に、終わった。


 凄まじい疲労感と、そして、それ以上の、途方もない安堵感に包まれながら、俺は、今度こそ、本当の意味で、心の底から、安堵の息を吐き出した。


 隣でクロガが、ぽつりと呟いた。


「……朝日が、綺麗だな」


 見えない俺には、その光景は分からない。だが、肌を照らす光の温かさで、雲一つない、素晴らしい夜明けだということだけは分かった。昼に戦いを始めたはずだが、いつのまにか朝になっていた、時間が狂ったようだ。


 俺は、何も答えなかった。ただ、クロガと共に、その見えない朝日を、静かに、静かに、感じ続けていた。


「貴様を国家反逆の罪で逮捕……したいところだが、まずは街の安全が第一だ。ここは見逃すから、さっさと消えろ」


 復活したハリス指揮官は早々にそう告げ、仲間を連れて街の方へと下っていった。ボルトは俺に何も言わず、ハリスに着いていく。そうだ、それでいい。俺とお前の関係性は、これで終わった。


 全てが終わった。俺は、その事実を噛みしめ、重い体を引きずるようにして、ゆっくりと立ち上がった。隣でクロガもまた、立ち上がる。


「……これから、どうするんだ?」


 クロガがどこか期待に満ちた、少年のような声で尋ねてきた。その声色に、俺は胸の奥に冷たいものが走るのを感じた。彼は、輝かしい未来が待っているとでも思っているのだろうか。ならば俺は、その期待を裏切らなければならない。


「クロガ」


 俺は彼のいる方へと向き直り、静かに、一切の揺らぎのない声で告げた。


「お前を、この手で倒す」


 その言葉が、穏やかだった朝の空気を、一瞬で凍りつかせた。クロガは最初、俺が何を言っているのか理解できないといった顔で、数秒間、瞬きを繰り返していた。やがて、乾いた笑い声が漏れた。


「……おいおい、何の冗談だ、ブレイク。洒落になってないぞ。俺たちは、世界を救った英雄じゃないか。そうだろ?」


「冗談じゃない」


 俺は、彼の言葉を遮るように、きっぱりと言い放った。


「ラーズを倒したことと、お前が犯した罪は、全く別の話だ。クロガ、お前は、ラーズ・フェイスの協力者として、一度目の世界の破壊、そして、この世界で起きた数々の破壊活動に、直接的、あるいは間接的に関与した。その罪は、正しく裁かれなければならない」


 俺の言葉が、冗談でも、駆け引きでもない、紛れもない真実であることを悟ったのだろう。クロガの顔から、笑みが消えた。代わりに浮かんだのは、純粋な驚愕と、裏切られた子供のような、深い絶望の色だった。


「……待ってくれ、ブレイク。何を言っているんだ。俺たちは、仲間だろ? 一緒に、あの化け物を倒したじゃないか! 俺が、俺が、お前を助けたんだぞ!」


「ああ、そうだ。お前がいなければ、ラーズを倒すことはできなかっただろう。そのことには感謝している。だが、お前の罪が消える理由にはならない」


「じゃあ何故だ!」


 クロガの声が、叫びに変わる。


「俺はお前と同じ、被害者だったはずだ! ラーズに逆らえず、恐怖に屈し、仕方なく従っていただけじゃないか!」


「だとしても、お前はその立場を利用して、多くの人々を不幸に陥れた。その事実は変わらない」


 俺の冷徹な言葉に、クロガはもはや、懇願するように言葉を続けた。


「そうだ、ブレイク、仲間になろう! 俺たちの時代は、ここから始まるんだ。あの忌々しい治安部隊も、デビルズオール社も、もうこの世にはない。俺とお前が組めば、この世界を、俺たちの意のままにできるんだ。誰も、俺たちを止められない! 天下だって取れるんだぞ。なあ!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は確信した。クロガの心はもう、どうしようもなく壊れてしまっているのだと。彼の口から語られるのは、自らが犯した罪に対する反省の弁でも、犠牲者への謝罪の言葉でもなかった。


 ただ、強大な力を持ったことによる幼稚な万能感と、俺という存在への歪みきった依存心だけ。彼は自らも英雄になったと錯覚し、犯してきた罪の数々を無かったことにしようとしている。俺でも英雄じゃない、だからお前になれるわけがない。


 それにクロガは前からラーズを倒すために、このタイミングを待っていたんじゃない、ここで裏切って、失敗したらそのまま死ぬつもりだったんだ。そうして俺に、クロガという人間が味方だったと思わせたかったんだ。


 それは、計画ではない。ただの思いつき、行き当たりばったりの行いだ。俺は深い憐れみを感じながらも、最後の説得を試みた。


「クロガ。お前が本当に心の底からやり直したいと思っているなら、まずは自分の罪と真正面から向き合うべきだ。裁判の場で、お前が知るラーズの全てを洗いざらい証言しろ。そして、お前自身の罪に対して、正当な裁きを受けろ。それが、お前にとっての、本当の意味での贖罪の始まりになるはずだ。俺は、その時までお前を待っている」


 だが、俺のその言葉は、彼には届かなかった。罪、裁き、贖罪、という、彼が最も聞きたくなかったであろう言葉たちが、彼の心に残っていた、最後のか細い理性の糸を、無慈悲にも断ち切ってしまった。


「罪……罪だとッ! 俺の、この俺の、何が罪だと言うんだッ!!」


 クロガは、獣のような絶叫を上げた。


「俺は、お前と同じだ! ラーズという災害に巻き込まれた、ただの被害者だ、俺は悪くない、何も、悪くないんだッ!」


 彼は、もはや正気ではなかった。その瞳には、被害妄想とその狂気だけが、どす黒い炎のように燃え盛っている。そしてその狂気は、最後の境界線を越えた。


 クロガは懐からナイフを抜き放つと、その先を真っ直ぐに俺へと向け、猛然と襲いかかってきたのだ。


 その、あまりにも短絡的で、絶望的な行動を見て、俺は静かに、そして、深く息を吐いた。


(……そうか。やはり、対話できる相手ではなかったか)


 俺もまた同じく戦闘用のナイフを引き抜く。キィンと、クロガの振り下ろした刃を、俺のナイフが受け止めた。甲高い金属音が、夜明けの静かな森に虚しく響き渡る。


 魔王が言っていたように、クロガは完全に狂っていた。これも仕方がない、ずっとラーズの元で戦っていたんだ。善悪の区別もつかなくなるよな。


「ならば、力ずくで止めるしかない。それが、俺がお前にできる、最後の足掻きだ」


 神々の槍を手に、天変地異の中で繰り広げられた、あの神話のような戦いを終えたばかりの遺跡の跡地を背に、俺たちはナイフを構える。


 これから始まるのは、魔法も、超能力も存在しない、ただの人間同士の、あまりにも泥臭く、そしてあまりにも悲しい、死闘だった。


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