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第128話 最終決戦「巨人ラーズ」

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 奴が巨大な拳を振り上げた。以前とは比較にならない、凄まじい速度と質量。その拳が、俺たちめがけて振り下ろされる。


「避けろ!」


 俺とクロガは、同時に左右へと跳躍した。直後、拳が地面に激突し、世界が揺れた。轟音と共に、遺跡の地面が菓子のように砕け、巨大な亀裂が走る。凄まじい地震が、俺たちの足元を揺さぶった。


 だが、攻撃はそれだけでは終わらない。巨人ラーズの体から放たれる、規格外の膨大なエネルギーが、大気の流れを強制的に捻じ曲げ、天候にまで影響を及ぼし始めていた。晴れていたはずの空は、急速に分厚い暗雲に覆われ、まるで真夜中のように暗くなる。


 そして、大粒の雨が、叩きつけるように降り注いできた。ゴロゴロ……と、空が不気味に鳴り動く。


 次の瞬間、暗雲の隙間から雷が落ちる。それは、自然現象の雷などではない。ラーズの殺意が、形を成した破壊の光だ。無数の雷がまるで槍のように、俺とクロガの周囲に、無差別に降り注ぎ始めた。


 地面は揺れ、空からは死の雷が降ってくる。そして正面には山のような巨体を誇る、神の化身。


「すごいな、本当に神にでもなったつもりか!」


 クロガが、半ば自棄になったように、しかしその瞳に確かな闘志を宿して笑った。俺もまた、槍を握りしめる手に、力を込める。絶望的な状況。だが、不思議と負ける気はしなかった。石の力が、魔王の言葉が、俺の魂を支えている。


「一気に行くぞ、クロガ!」


 俺の合図に、クロガは力強く頷いた。俺たちは、降り注ぐ落雷を、紙一重で見切りながら、再び巨人ラーズへと向かって駆け出した。地震で揺れる不安定な足場を、平地のように駆ける。


 俺が先行し、黄金の槍ハンニバルを振るって、ラーズの注意を引きつける。閃光が、ラーズの足元で炸裂し、その巨体をわずかによろめかせた。


 その隙を、クロガは見逃さない。彼はラーズの右脚を駆け上がり、その勢いのまま、さらに体の上部へと登っていく。ラーズの巨体からすれば、蟻が這い上がるようなものだが、その蟻が持つ牙は、神の体をも傷つける力を持っていた。


 しかしラーズは、一度犯した過ちを繰り返すほど愚かではなかった。クロガの動きを、奴は完全に読んでいた。


 ガッ!


 巨大な右手が、蟻を潰すかのように、恐ろしく素早い動きで、クロガを鷲掴みにした。


「ぐああああッ!」


 エネルギーで構成された巨大な指が、クロガの体を握り潰そうと、容赦なく力を込めていく。クロガの絶叫が、雷鳴の中で痛々しく響き渡った。


「クロガ!」


 俺は、即座に反応した。右手に持つ黄金の槍バルカに、俺の意志に応えて、ありったけのエネルギーが集中していく。槍の先が、まるで小さな太陽のように、眩い光と熱を放ち始めた。


 狙うは、クロガを捕らえている、ラーズの右手首。俺は地面を強く蹴った。石の力が、俺の体を砲弾のように加速させる。


「うおおおおおおおッ!!」


 雄叫びと共に、ラーズの右手首めがけて、黄金の槍バルカを渾身の力で振り抜いた。


 閃光が、世界を切り裂く。


 一瞬の静寂の後、巨人ラーズの巨大な右腕の、手首から先が綺麗に切断された。


 断面からは光の粒子が、まるで滝のように、とめどなく溢れ出す。クロガを握りしめたままの巨大な手は、消滅することはなかった。


 それは、質量と形を保ったまま地上へと落下し、凄まじい地響きを立てて、残っていた遺跡の一部を更に破壊する。クロガは、巨大な手の指の隙間から転がり落ち、衝撃で意識を失っているようだったが、一命は取り留めたようだ。


 片手を失い、大量のエネルギーを放出したことで、巨人ラーズの動きが、わずかに、しかし、明らかに鈍った。その瞳に、初めて焦りの色が浮かぶ。


 今しかない。この好機を逃せば、次はない。


 俺は、意識を失ったクロガの元に駆け寄ると、彼が手放していた白銀の槍ハンニバルを拾い上げた。


 右手に、黄金の槍バルカ。左手に、白銀の槍ハンニバル。二本の槍が俺の意志に応え、激しく共鳴し合っている。


「全ての力を、この一撃に賭ける!」


 俺は二本の槍を、胸の前で合わせた。すると黄金の光と白銀の光が互いに引き寄せられ、渦を巻き、一つの強大な流れとなっていく。


 バルカとハンニバルが溶け合うように融合し、一本の、巨大な螺旋状の槍へと、その姿を変えていった。それは神々の戦いで使われたという伝説の武具が、もしこの世に実在したのなら……と思わせるような荘厳さと、絶対的な破壊力を秘めていた。


「これが、神雷の槍バアルか」


 俺は、完成した巨大な螺旋の槍を構え、天を衝く巨人を見据えた。そして、地面を蹴った。石の力が、俺の体を、最後の飛翔へと導く。


 流れ星のように一直線に、巨人ラーズの胸の中心部、そこにあるはずの力の核へと突き進んでいく。ラーズもまた、残された左腕で俺を迎え撃ち、念動力の壁で防ごうとする。


 だが、遅い。俺が構える神雷の槍バアルから放たれる、黄金と白銀の入り混じった圧倒的なエネルギーが、ラーズのいかなる抵抗をも押し返し、粉砕していく。


 パリンッ!


 そして、遂に。ガラスが、あるいは世界そのものが砕けるような、甲高く、そして美しい音が、天地に響き渡った。螺旋槍の先が、巨人ラーズの胸の中心を、寸分の狂いもなく、貫いていた。


「……あっ……」


 巨人ラーズの唇から初めて、人間のような、か細い声が漏れた。槍に貫かれた巨体は、まるで時間が止まったかのように、静止する。そして、ゆっくりと、ゆっくりと、後ろに倒れ込んでいった。


 轟音と共に、ラーズの巨体は地面に激突した。いや、違う。彼女の体を貫いた巨大な螺旋槍が、地面に深々と突き刺さり、その巨体を、まるで十字架に磔にされた罪人のように、支える格好となったのだ。


 俺は槍の柄を伝って、動きを止めたラーズの肩に着地した。そして最後の力を振り絞り、彼女の首元へと向かう。


 俺は背中から、この長い戦いをずっと共にしてきた、対モンスター用の剣を引き抜いた。覚醒した今、こんなものは必要ないのかもしれない。だが、けじめは、俺自身の手で、俺自身の力で、つける必要があった。


「終わりだ、ラーズ」


 俺は、美しい少女の姿をした首筋に、その剣を突き立てた。普通の剣ならば、エネルギーの塊であるラーズに、効くはずもなかっただろう。


 だが核を破壊され、死にかけている今、彼女の存在の本質は、一個の巨大なモンスターそのものに成り下がっていた。


 対モンスター用の特殊な合金で作られ、無数のモンスターの血を吸ってきた俺の剣は、その存在を終わらせるための、完璧な、そして、あまりにも人間的な、とどめの一撃となった。


 ズブリ……と、確かな手応えがあった。


 巨人ラーズの、その巨大な瞳から、すうっと光が消えていく。その表情は苦痛でも、憎悪でもなく、どこかようやく長い夢から覚めたかのような、穏やかなものに感じられた。


 彼女の巨体が、足元からゆっくりと光の粒子に変わり始め、世界が終わりを告げようとしていた、その瞬間。俺は、目を閉じた。


 胸の奥深くで、まだ熱を失わずに脈動している石に強く意識を集中させる。魔王から教わった、力の真髄。俺は、その力の全てを使い、一つの空間を創造した。


 現実世界の時間が、ぴたりと止まったかのような錯覚。俺は、ラーズの消滅しかけていた意識の核だけを引き連れて、別の次元へと転移した。


 気づけば俺は、無限に広がる純白の空間に立っていた。上下左右の感覚すらない、完全な無の世界。目の前には、先ほどまでの巨人の姿ではなく、元の少女の姿に戻ったラーズが、呆然と立っていた。


 彼女は、自らの両手を見下ろし、そして周囲を見渡し、自分がまだ完全に死んではいないこと、そして、この異質な空間が、俺によって作られたものであることに、すぐに気づいたようだった。


「……何故だ?」


 ラーズが静かに、鋭く問い詰めてきた。その瞳には、先ほどまでの威厳はなく、純粋な疑問と警戒の色が浮かんでいる。


「この空間は、一体何だ。情けでもかけたというのか、ブレイク」


「情けじゃない」


 俺は、静かに首を振った。


「最後に、お前ともう一度、話がしたかっただけだ」


 その言葉が、彼女にとっては意外だったのだろう。ラーズは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐに、それを俺の弱さだと解釈したようだった。奴の瞳に再び、かつての冷徹な光が戻ってくる。


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