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第125話 最終決戦「根拠のない勇気」

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 奴は奈落の底で死ぬどころか、自らの肉体を捨て、膨大なエネルギーの集合体として、神か魔王か、あるいはそれ以上の存在として、生まれ変わってしまったのだ。


「まさか、始まるというのか」


 クロガが、膝から崩れ落ちた。彼の顔から血の気が引き、絶望がその表情を染め上げている。俺もまた、その圧倒的な存在を前に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。これが、ラーズの本当の姿。これが、奴の真の力。


「に、逃げるぞ、崩落に巻き込まれる!」


 冷静に立ち上がったクロガは俺の手を無理やり掴んで引っ張り、遺跡の外へと連れ出した。それと同時に、巨大化したラーズによって遺跡が壊されていった。


 ラーズが、ゆっくりと天に腕を上げた。すると、周囲の空間が歪み、はるか彼方、命懸けで守った街の方角から、無数の小さな光の点が、蛍のように、しかし恐ろしい速度で吸い寄せられてくるのが見えた。見えなくても、その速さと輝きは微かに感じ取れる。


 あれは……生命の輝きだ。彼女は、この場所から遠隔で、街にいる人々の生命エネルギーを、無差別に吸収し始めているのだ。一人一人の命が、彼女という一つの存在に統合されていく。まさに、レスドラド計画の最終段階。


「まさか、グラドールに成り果てたというのか!」


 レスドラド計画の最終段階で、この遺跡にグラドールと呼ばれる生命の器が生まれると奴は言っていた。そのグラドールに、奴が成ったのか!


「やめろ、やめてくれ!」


 俺は、意味がないと分かっていながら叫んだ。だが、その声は、巨神の前ではあまりにも無力だった。


「ブレイク、俺を見ろ……俺の方を向け!」


 絶望に打ちひしがれていたクロガが、俺の名を呼んだ。その声は震えていたが、まだ光は失っていない。


「あれが奴の正体だ、でも、まだ終わりじゃない! 俺たちなら……俺とお前なら、あの化け物だって、きっと倒せるはずだ!」


 彼は根拠のない勇気にすがりながらも、戦う姿勢を見せた。街を守るには、奴を倒して、魂を解放するしかない。ならば、俺も戦おう、彼と共に。


 俺は傷だらけの体を引きずり、背中に差していた自分の剣を抜く。ずしりとした鉄の重みが、この非現実的な状況の中で、唯一の確かなものとして感じられた。


 クロガもまた、光が弱まり、明滅を繰り返すエネルギーの刃を、祈るように握りしめ、俺の隣に立った。見上げる先には、天を衝く巨大なエネルギーの女神。


 世界の終わりを告げる、静かなる破壊者。その巨体から放たれるプレッシャーだけで、呼吸が苦しくなる。だが、不思議と恐怖は薄れていた。絶望を一周して、腹が据わったのかもしれない。


「行くぞ、クロガ」


「ああ……!」


 二人の男が想いを胸に、絶望の女神へ向かって、同時に駆け出した。世界の運命を賭けた、本当の最後の戦いが、今、始まろうとしていた。


 だが、その決意は、あまりにも無力だった。


 巨人ラーズは、その場から一歩も動かない。俺たちがその足元にたどり着くよりも早く、地面そのものがうごめき、盛り上がった。土が形を成し、泥が肉となり、石が骨となる。


「早速お出ましか!」


 ゴブリン、スケルトン、オーク……幾度となく斬り捨ててきたはずのモンスターたちが、無限とも思える数で生み出された。


 ビュンッ!!


 クロガが、エネルギーの刃を振るい、前方のオークの群れを薙ぎ払う。彼の刃は、物理的な肉体だけでなく、モンスターを構成する魔力の繋がりそのものを霧散させる。しかし、一体一体は弱くとも、その圧倒的な物量は、確実に俺たちの体力を削り取っていく。


 俺もまた、満身創痍の体に鞭を打って剣を振るった。全身の筋肉が断末魔の悲鳴を上げ、骨のきしむ音が脳内に響く。疲労とダメージで動きは本来の鋭さを失っていたが、研ぎ澄まされた超感覚だけが、モンスターの攻撃を予測し、最小限の動きで致命傷を回避させていた。


 左から迫るスケルトンをいなし、その勢いを利用して右のゴブリンの喉を掻き切る。返す刀で、背後から迫るオークの眉間に刃を叩き込み、一瞬の怯みを生んだ隙に、その心臓へと剣を突き立てた。一連の動きに無駄はない。だが、その動きの端々に、疲労による僅かな遅延が滲み出ていた。


「街を滅ぼすモンスターは、我々が討伐する!」


 少しすると背後から、ハリス指揮官の声が聞こえた。続々と兵士が現れる。街に出たモンスターを倒し終えたのか、加勢してくれるらしい。


「助かる、ハリス!」


 しかしホッとしたのも束の間、彼らは一瞬にして、魂となって奴に吸収された。くそ、俺たちに援軍はいないのか。では、何故俺たちはまだここにいるんだ。何故俺とクロガの魂は、吸収されない?


 答えは、ラーズの視線が物語っていた。奴の巨大な瞳は、俺たちを明確に捉えている。だが、そこにあるのは、冷たい眼差しだ。


 俺とクロガは、ラーズが作り直したこの新しい世界にとって、異分子なのだ。古い世界の記憶と理を引きずった、不純物。新しい、調和の取れた一つの生命体にはなれない、出来損ないの部品。


 だから、吸収する価値すらない。ただ、新世界の完成を祝う最後の儀式として、絶望の中で殺す。それが、神を気取る化け物のやり方だった。


 この世界で、ラーズに立ち向かうのは、本当に、俺たち二人だけになってしまった。


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