第117話 ヘッドショット
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「何を、した?」
ラーズは俺の脳天に向けてハンドガンを撃った。しかし俺は死ぬこともなく、痛みも感じない。だが発射音は聞こえた。小さい何かが、俺の脳天を貫く感触も確かにあった。
「ひとりの人間に石を全て委ねるなんて、魔王は間違った選択をしてしまった」
「何をしたんだ?」
「石を有効にする理論は見つかってないが、研究すればいい話だよね」
「だから、何をした」
ラーズはずっと独りで何かをブツブツと呟いている。クロガはそれを見ても何も言わずに、静かに震えているだけだ。自分の額を触ってみても、特に異変はない。なのに、不思議と撃たれた感覚はあった。
火薬の匂いもしないし、ハンドガンから煙は出ていない。だから、撃っていないようにも思える。
「ラーズ、何をした?」
そう尋ねると、奴はついに高らかに笑い出した。
「気づいてない、気づいてないのか!」
「はあ?」
「分からないか、ならば答えよう。ブレイク、お前の体の中にある石を無効化した……これでお前は、無力だ!」
石の無力化、まさかさっきの質問にあった、石を無効化する武器は既に完成していたのか?
「残念だったな、ブレイク。私から記憶を取らなかった、いや、前の時間軸で私を殺せなかったのが悪い。君は石に頼っても無力のままだ、意志がどうとかほざきやがって、先人を舐めるなよ!」
ラーズはゆっくりと立ち上がりながら、俺を煽り散らかした。クソ、確かに、前の時間軸でお前を殺していれば、お前は記憶を失ってそのまま馬鹿みたいに無知な存在となっていただろう。
そうだ、未来、というか過去に追いやるだけじゃ根本的な解決には至らない。そりゃ仲間も街も復活したからいいけれども、奴はピンピンとしているし、その上で石も無効化された。
石が無効化された証拠に、体内にあるはずのエネルギーがさっきよりも感じられない。かろうじて空間把握能力や戦闘能力は残っている。恐らく石の受け渡し前から存在していた能力は、石が守ってくれたんだろう。
「よし、話は終わった。後はお前たちに任せたよ、ブレイクの後始末……くれぐれも怪我しないようにね」
そうして、ラーズとクロガは扉の前に立った。反対に残された3人はハンドガンやナイフを持って、キッチンからゆっくりと出てきた。
「あ、それと。ブレイクに言い忘れていたことがあるんだ、レスドラド計画についてなんだが、君のおかげで検討したいことが増えた。君には礼を言っておくよ、今まで楽しかった、本当にありがとう……君の好きな街で待ってるよ」
それだけ言って、2人はアジトの外へ出た。
バタンッ
扉が閉められた瞬間、残された3人は一斉に俺に向かって殺しにかかってきた。パニッシュはナイフを、コロネとハルートはハンドガンとナイフを両手に持っている。
バンッ!
俺は真ん中にいるコロネのハンドガンから発射された弾を右に避け、同時に右にいるハルートの膝を蹴って踏み台にし、更に天井を蹴って加速させ、パニッシュの顔面に拳を入れる。
パシンッ!
くそ、石の力を失ったからか、いつもよりパワーが足りない気がする。となると、ここからは実力勝負になる。優秀な戦闘員3人と元戦闘員の戦い、常識的な視点から言えば分が悪いな。
もちろん、1回のパンチで気絶するほどパニッシュは弱くない。むしろ、怒りでより強くなっているようにも感じられる。パニッシュはコロネとハルートにハンドサインをし、それを見た2人はハンドガンを腰のベルトに差し込んだ。
「ブレイク、タイマンと行こうか」
なるほどな、パニッシュは寡黙で冷静で、しかしモンスターを倒す時だけ情熱的になる、そんな不思議な筋肉男だと思っていたが、戦闘員だと思って見ると話は変わってくるな。
俺とパニッシュは拳を構えながら、ゆっくりと近づていく。それをコロネとハルートは囲むようにして、円になるように歩いている。
シュッ! シュッ!
パニッシュの拳を振るう音が明確に聞こえる。しかし俺は俺に当てようとしているんじゃない、あくまでもフェイントだ。俺も膝を上げると、奴は下からの攻撃を防ぐかのように拳を構え直した。
「ブレイク、お前も只者じゃないな」
「お互いに戦闘員だ、こういうのは慣れっこだろ」
「ああ、楽しい時間だ」
そうしてお互い、同時に殴りかかった。
ドンッ!
奴は俺の拳を体で受け止める、避けることはないが、奴に攻撃は効かない。その強固な体は、盾の役割を果たしているからだ。
続けて俺は奴の体に拳を続けて入れるも、入っているという感触がない。
「その程度か、お前は」
「何だと?」
すると奴は、頭を思いっきり振り下げた。これは、頭突きだ。避けようとしたが、奴が俺の足を踏んでいるため動けなかった。
急いで両手をバッテンにして受け止めるも、頭突きの勢いを上手く受けられずに、強い痛みと痺れが両腕に走った。
「ふぅん!!」
奴は踏ん張った声を上げ、オークのように突進してくるも、俺はすぐさま腰を下ろして奴の両足の間をくぐり抜けることで、奴の背後を取った。すぐさま飛びかかり、後ろから首を絞めると、奴は暴れ出した。
「ふうう、ふうん!!」
続けて俺は足で奴の胴体をひねり上げる、すると流石に全身に痛みを感じているのか、奴は俺を離すために暴れだした。
「ふうう、甘い!」
奴は高らかに声を上げ、俺の掴む手足をガッチリとホールドし、その状態で背中から地面に落ちていった。くそ、これだと抜けられない!
ドンッ!
頭から机に叩きつけられた俺は、更にパニッシュの全体重も体に乗っかり、一種の麻痺状態に陥っていた。腕が痺れていて、動かせない。痛みとかそういうのではない、俺は足を使って壁を蹴って無理やり立ち上がるも、ハルートに背中を押されて地面に叩きつけられた。
バシッ!
奴はそんな俺の頭を手で叩いている。立ち上がろうにも、腕がまだ動かせずにいた。その上、足もハルートに踏みつけられている。うつぶせになった俺を、奴らは惨めなものでも見るような目で見ていた。
「思ったよりも弱いね、ブレイク」
「そうだよな、お前はそんなにも弱いのか?」
ハルートとパニッシュは互いに俺を煽り、コロネは部屋の隅でだらだらとしている。そう、2人だけで充分なくらいに、俺は弱くなっていた。
「そんなの、俺も思ってる」
「自虐したって、誰もお前のこと褒めねえよ」
真っ当な意見がパニッシュから返された。その通りで、俺は惨めだった。
「でも、勝つ自信ならある」
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