第114話 裏切り者の雇い主
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クロガのいるウォーリアーズのアジトへ行く前に、どうしても済ませないといけない仕事があった。
それは、倉庫に囚われている少年の救出だ。彼はラーズの手下によって誘拐され、奥深い森の倉庫に囚われている。本来の俺はここで助けを求める声を聞いて助けた、今回も同じことをする。
「ほら、リンゴくらいは分けてやる」
「おい、ガキにはもったいねえよ」
本来の俺よりも能力が優れているためか、前に聞いた悲鳴より前の会話が聞こえるようになっていた。ここから500メートルは離れているはずなのに、悪党どものヒソヒソ話までもが鮮明に聞こえる。
悪党の1人はリンゴを少年に渡そうとしたが、別の仲間に止められてしまったためか、そのリンゴを自分で食べている。そして奴は食べきったあと、芯を少年の前に捨てた。
「ほらよ、食え」
それを見て少年は怯えている、今にも叫び出しそうなくらいに。そして俺はあと100メートルくらいというところまで来た。少しでも早く救出するために、俺は石の力を使ってコスチュームを作り上げた。
倉庫の中にいるのは3人、そして倉庫の周りに2人いる。全員が鉄砲を持っているが、今の俺には関係ない。1人の男は少年の首筋にナイフを当てており、一触即発といった状況だ。
「助けて!」
「……声を出すなッ」
遂に少年が叫び声を上げた。同時に誘拐犯らは少年の口を押さえ、周囲を警戒する。そう、奴らの行動はあまりにも落ち着いている。奴らは誘拐犯のプロフェッショナル、というわけではない。
「おい、大人しくしとけ。ボスに会えば解放されるぞ」
少年は縄で縛られていて、身動きが取れない。だから隙を与えて逃すことはできない、これは前もそうだった。時間を戻しただけ、だけということはないが、石に関係のない人間の行動は前と変わらない。
「俺でもボスに会ったこと無いってのによ、俺らに感謝しろよ」
俺は背後からひっそりと近づき、倉庫の門の近くにいる男の首筋にナイフを押し当てた。それを見たもう片方の男は俺に向かって鉄砲を向けるが、俺には効かないぞ。
「鉄砲を地面に捨てろ。でないと、この男を殺す」
「……誰だお前は!」
救済のチャンスという名の脅しを与えてみたものの、奴らもまたプロフェッショナルであるため脅しは効かなかった。俺は持っていたナイフを、鉄砲を構える男の首筋に放り投げ、同時に近くの男の顔面に拳を振るった。
ザクッ!
グチャッ!
ナイフは命中し、男は血を流して倒れた。殴られた男も、顔面破裂で死亡した。前よりも惨い死に方だと思う。俺はナイフを手に戻し、扉を開けてナイフを構える。
「誰だ、お前は!」
少年にリンゴの芯を与えた男は、少年の首に当てていたナイフを取り、構えた。同時に他の2人も鉄砲を構えた。
「元戦闘員、ってところだ」
「お前……同業者ってわけか」
「いいや、お前らの敵だ」
わざわざここに来た理由、少年を助けるという目的ももちろんあるが、それ以外に収穫もあるからだ。奴らは、俺の目を傷つけた張本人であり、ラーズの配下で治安部隊所属の戦闘員だ。故に戦闘能力に長けている。
俺の今の体は、本来の歴史のままである。技術とか戦闘履歴とか経験とか、そういうのは石を通じて記憶してあるが、体は奴らに傷つけられたままだ。簡単に言うと、この体での戦闘に慣れておきたい、ということ。
「そうか、じゃあ死ね!」
真ん中の男は俺の方へと突進しながら、ナイフを振りかざしてきた。俺はそれを避けながら、また腕のアーマーで受け止めながら戦う。周りの奴らは、この戦いについて来れないのか、ボーッと突っ立って見ているだけだった。
右、左、右、下、高速で飛んでくるナイフを避けて、奴の顔面に拳を入れる。しかし当たらず、下から心臓に向かってナイフが飛んでくる。それを見て俺は少し後ろに避け、ナイフを腕で受け止める。
ガキンッ!
腕のアーマーでナイフを受け止めても何も痛くない。いや、体で受け止めても痛くないが、これは戦いだ。それに奴はどうやら、5人の中で最も戦闘力に長けているみたいだ。
そして何より、俺はこの速さについていけてない。しかし訓練している暇はないんだ、ラーズに勝つにはここで感覚を取り戻すしかない。
「しゃらくせえな!」
奴はナイフをわざと落とし、隙を作って拳で俺の腹を狙ってきた。もちろん、予測済みだ。俺は腹の前に腕を持っていき、拳を腕のアーマーで受け止める。そして落ちていくナイフを左手で拾い上げ、奴の太ももに突き刺す。
ブシャッ!
男がナイフで刺されたのを見て、残りの2人もハンドガンを持って突進してきた。両側から同時に突っ込んできているが、どこか統率の取れた動きを見せている。やっぱり、戦闘員上がりといったところか。
俺は先に左から来た男の右手に平手打ちし、衝撃を与えてハンドガンを落とさせ、そしてすぐさま奴の腹に8発のパンチを入れた。最後の一発は顔面だ、拳を食らった男は壁まで吹き飛び、そのまま気絶した。
「死ねェ!」
右から向かってきた男が撃つより先に、俺は落ちたハンドガンを拾い上げ、それを撃たずに奴の顔面に放り投げる。
グシャッ!
鉄の塊を勢いよく投げつけられた男は、血を勢いよく流しながら倒れた。残るは太ももにナイフが刺さった男のみ、奴はナイフを体から抜き、少年の首筋に当てている。
「近づくな、コイツを殺すぞ」
「お前は殺せない」
「いいや、俺は本気だぞ!」
「こんな逸材は当分見つからないぞ?」
その言葉を聞いて、奴はナイフを降ろした。それを見て俺はすぐさま近づき、奴からナイフを奪い取り、そのまま馬乗りになった。
「ボスの場所を言え」
「知るかよ、そんなの!」
「ボスの名前は、クロガという男か?」
「……知らねぇよ」
ここで少し奴の表情に曇りが感じられた、やっぱりお前らの雇い主はクロガじゃないか。俺はゆっくりとナイフを奴の顔面に近づけていく。
「お前らの悪事を俺は全て知っている」
「何を言っているんだ!」
「南部の子供を拐え、そういう命令なのは知っている。今からお前をあそこで倒れている奴を解放してやる、しかし条件がある」
「……何なんだよ」
「いいか、お前の雇い主は裏切り者だ。報酬は払われないし、お前も殺される。俺はわざわざ殺すなんてことはしない、残り2人は生きて返す。しかし、お前は雇い主に殺されるぞ?」
「……分かった、何をすればいい」
少しだけ嘘を混ぜながら脅してみると、奴はすんなりと条件を聞いてきた。奴は俺のことを信じているみたいだ、心拍音がそれを物語っている。俺はナイフを離し、奴の耳元で囁いた。
「証言しろ、いずれ雇い主が死んだ時、お前らが命令されたことを国際裁判所に全て話せ。そうすれば、お前らが殺されることはなくなる。刑も少しは軽くしてやる」
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