第113話 過去
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ここが、時間という場所なのか。
俺は今、真っ白で何もない空間にいる。
何も感じない、何の音もしない、ただ白という場所なのは分かる。
過去に戻れ、魔王は最期にそう言い残した。それで真っ白な空間に飛ばされた。ということは、俺は時の石を使ったのか。
そうだ、ニュークの爆発やレスドラド現象によって破壊された世界を救うために、時の石を使って過去に戻り、計画を始める前に奴らを倒さないといけないんだった。
戻るタイミングは彼に任された。だからどの時間に戻ってもいいということだろう。しかし、俺がウォーリアーズを追放される前に戻れないということだけ分かっている。戻れるのは、目を潰されて、石を触った後から。
そう考えていると、突然、目の前に無数の扉が現れた。どうやらその時間に通じる扉らしく、扉の上に設置された看板には、行き先の時間が書かれている。
”XXXX年 レスドラド計画最終段階始動の直前”
なるほどな、扉は俺の記憶に基づいているらしい。ここを開ければ、レスドラド現象の巻き起こる前まで時を戻せるんだろう。しかし、それでは何もかもが遅い。それだと、ロナとリリー、そしてマリノが助からない。
”XXXX年 アンチャード発足前”
これは、対ダークエイジの軍隊が設立される前、つまりダイジンさんの死後だ。これでも間に合わない、もっと前だ。
”XXXX年 巨人襲撃前”
巨人襲撃を未然に防ぐことはできても、孤児院の子供たちが巨人になる未来を防ぐことはできない。彼らはまだ子供だ、彼らの犠牲は何があっても防いでやりたい。
そう考えていると、無数にあったはずの扉がどんどんと減っていく。そうだ、この調子だ。大勢を救えるのなら、どこまで遡ったっていい。
そうやって探していると、ひとつだけ、自分の考える条件に合う扉が見つかった。俺はその扉の前まで飛び、文字を読み取る。
”XXXX年 魔王との定められた邂逅”
これだ、というより、これしかない。この扉を開けて世界の時を戻せば、石に関係ない人たちの記憶はなくなる。ラーズとクロガ、俺と魔王以外は、全ての記憶を失う。
だが、それでいい。俺は深呼吸をし、目を閉じたままその扉を思いっきり開いた。
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「……お前は全てを出し切った。出ていけ」
そう言って、彼は扉を閉めた。俺はまた、締め出されてしまった。もう日は暮れ、辺りは真っ暗な頃だろう。今から俺はどうすればいいんだ。彼の家に戻ることはもうないだろう。戻ってもまた締め出されるだけ。診療所も当てにならない。
”XXXX年、魔王との定められた邂逅”
そう考えていると、見知らぬ言葉が耳に直接入ってきた。何だ、魔王との邂逅って。魔王、魔王ってなんだよ。それだけじゃない、巨人襲撃、サイクロップス、ポータガルグーン、時の石、ラーズ、見知らぬ単語が脳内に響き渡る。
「ぐ、なんだよこれ」
あまりの情報量に苦しんでいると、サッと急に頭の中が晴れた。そして、思い出した。俺が、ここにいる理由を。俺が、今の俺が、この時間にいる理由を。
危ないところだった、記憶障害が起きていたようだ。それもそのはず、無理やり過去に戻ってきたのだから。本来の俺に記憶を埋め込んだようで、本来の俺は苦しんでいた。ひとます、過去には戻って来れたらしい。
ここは、魔王の家。ウォーリアーズから追放され、目を潰され、診療所を追い出され、石を触ったあと、俺は魔王に拾われた。そこで訓練し、能力を覚醒させたわけだが、その後、魔王は俺を外に追い出した。
ちょうど今、追い出された頃なんだろう。この後、本来の俺は街をさまよい、そこで倉庫に誘拐されていた子供を助けた。しかし、ここからは別のルートを歩むことになる。俺はまた深呼吸をして、閉められた扉を叩く。
「開けてください、魔王」
しかし返事はない、いや、中に彼はいるはずだ。だってさっき、本来の俺を締め出したのだから。俺はもう一度、コンコンと扉を叩いた。
「魔王、聞こえていますか」
それでも返事はなかった。奇妙なことに鍵は開いていた、本来なら締め出された後に鍵も閉められたはず。なら、魔王も記憶を取り戻しているということか。俺はゆっくりと扉を開け、家の中に入った。
「魔王、いますか?」
そうやって声をかけても返事がない。この時の俺は能力を覚醒させたばかりだから、空間把握能力も今ほどは優れていない。とはいえ本来なら今日の夜に倉庫で悪党を殺しているから、それなりの戦闘能力はあるはずだ。
部屋を物色しながら魔王を探していると、下の方から老人の声がした。
「……よく来たな、ブレイク」
「魔王!」
「……時間がない、地下倉庫に来い」
良かった、魔王も記憶を取り戻しているみたいだ。俺は大量の野菜が置かれた机をどかし、床に落ちていた鍵を差し込み、地下の倉庫に入る。ここにはさっき買ってきたばかりの肉が収納されているかと思いきや、違った。
「地下倉庫、ですか?」
「いいや、ここは俺の実験室だ」
地下倉庫に、肉は置いていなかった。代わりに机の上には大量の試験管や薬剤、その他大量のモンスターの欠片が置かれてあった。魔王は白衣を着ており、何かモンスターに関する実験をしているようだった。
「これは?」
「気にするな、当時の俺は人間に戻るための実験をしていた。まあ、本当に気にするな」
「……そうですか」
魔王も魔王で、魔王なりに苦労していたんだな。人間に戻るための実験をしていたなんて、確かに、魔王なら食糧をここまで溜める必要ないもんな。俺は実験室にあった椅子に座った。
「ブレイク、本当にこの時で良かったのか?」
「はい?」
「この時間は、仲間の誰にも会えていないだろう。サイクロップスの中身となった少女にも、ボルトとかいう捜査官も、ナラティブから亡命した青年も、お前とまだ出会う前だろう。いいのか、彼らはお前のことを覚えていないぞ?」
そうだな、確かにそうだ。今はまだ誰にも会っていない。カービージャンクにも行ってないし、ロナやカールに拾われてもいない。ボルトにもハードにも、ダイジンさんにもリリーにも、カグタにも誰にも会えていない。
でも、ここに戻ると決めたのは俺だ。何故ここに戻ってきたか、それは……みんなが生きているからだ。誰もサイクロップスにならず、ポータガルグーンにならず、巨人に街を破壊されず、またモンスターに襲われることもない。
この時点でレスドラド計画を破綻させれば、全てが解決する。カービージャンクの治安も少しは良くなる。治安部隊を破壊すれば、全ての事件を防げる。
「いいんです、俺は……大丈夫です」
「そうか、なら石を渡すぞ。石に今までの戦闘履歴や経験が全て込められている。これで思い出すだろう、記憶だけじゃない、戦いや悲しみの連鎖によって生み出された全てを」
そうして魔王は、俺の体に石を埋め込んだ。今度は時間もかからずに、一瞬で終わった。エネルギーが入ってくる感覚も、どこか苦しく感じなかった。
「本来の歴史で、この時点でお前に石を託そうか考えた。石はお前を求めていたし、お前も石を求めていた。託しても良かった、しかし怖かった。ラーズのように、石を悪用するのではないかと、そういう未来が見えた。だが、ここまで来て、それはお前ではないと分かった」
「……聖なる石を、俺は悪用なんかしません。正しいことに、正しいことだけに使います」
「気をつけろ、お前が正しいと思っていても、世の中では正しくないことなんていくらでもある。それに、石を求め求められの関係だ。お前は、それなりに狂っている。そのことを自覚しろ」
「……はい」
「石を埋め込むのにエネルギーを使い果たした、俺はもう死ぬ。聞きたいことはあるか?」
「……ありません」
「そうか、ブレイク。奴らの計画を必ず阻止しろ。ラーズはこの時点で強敵だ。石を持っても油断するな、石だけでは奴に勝てない。石に伴う、強い意志が必要だ……戦え、戦い続けろ」
そうして、魔王の体は崩壊した。彼の体は石像かのように固まり、地面に落ちた。俺はそれに手を合わせて、静かに呟いた。
「ありがとう、魔王」
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