第109話 コロネとハルート
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「もう逃げられないよ」
くそ、まさかここまで追ってきたというのか。ラーズの力で魔王の石のありかを特定して、それで来たのかもな。とにかく、ここにアテナがいる。ならば、ここで倒さないといけない。
ブシャッ!
なのに、力が出ない。そりゃそうだ、爆発で能力が失われた。目の前にいる奴の姿も、刺してきた刃物も、何も見えない。感じるのは流れる血の感触と、痛みだけだ。
「戦わないの?」
手探りで腹に刺さった刃物を抜こうとしている俺に対して、アテナは少し小さな声で尋ねてきた。
「うるせえ、黙ってろ」
「まさか、力を失ったの?」
「何言ってんだ」
すると奴は、俺の首を掴んでから押し倒した。
「あはは、やっぱりそうだ。あんた力を失ってるね、見たら分かるよ。本部との戦いとは大違い」
「うるせえ、黙れ!」
「ええ、失礼ね、って、あんた目見えてないのね。まさか能力だけであそこまで戦ってたの?」
奴は俺の目をがん開きにして、話し続ける。くそ、どうやら視力を失っていることがバレてしまったらしいな。
「ああそうだよ、俺は盲目だった、それなのにお前らと渡り合えたんだ」
「でも能力のおかげでしょう、ニュークの核爆発を受けて能力を失ってからは、あんたは無力に成り果てた、あんたを殺すのが惜しいわ」
奴は俺の腹を触りながら話しかけてくる。くそ、目は見えないし声も違うから、お前が本当にコロネとハルートだったのかはもう分からない。けれども、お前はもう悪だ。
「ねえ、痛いでしょう?」
「はあ?」
「痛いんでしょう、なら痛いって言いなさいよ」
俺は立ち上がり、手探りに奴の顔を掴む。すると右目の辺りに縫い目を感じた。傷の感触もある、くそ、やっぱりお前はコロネとハルートなのか、別にどうだっていいが。
「離して!」
「うるせえ!」
「うるさいって何よ、早く死になさい!」
「死ぬかよ俺が!」
奴は何を言っても離さない俺の顔面をビンタした。流石の衝撃で俺はよろめき、地面に倒れた。
「やっぱり弱くなってるね、このまま心臓にグサリとしちゃおうかしら……って、魔王もいるんだね。物陰に隠れているって、まさか魔王も力を失ったの?」
「うるせえ、とっとと死んでどっか行け!」
「あんたは能力だけじゃなく語彙力も失くしたの? 面白いね、石の力を持ってしてでも私たちには勝てないの。そうだ、先に魔王を殺してあげましょう」
そうして奴は倒れた俺の上を歩き、魔王の方へと向かっていった。俺は傷ついた腹を押さえながら、ベッドを手すりに使って奴の方へと這いずる。
「魔王も力ないって好都合ね、よかった」
「てめぇやめろやめろやめろやめろ!」
「ねえ魔王さん、こいつはいつからこんなにバカになったの?」
「うるせえうるせえうるせえうるせえ!!」
「ねえ、うるさいんだけど!」
奴は俺の声に耐えきれず、這いずる俺の後頭部を思いっきり踏み上げた。しかし、俺もやられてばかりじゃない。俺はそのまま奴の足を掴み、立ち上がる反動で思いっきり引っ張って奴のバランスを崩す。
「えっ!」
そしてそのまま奴の体の上に馬乗りになって、手探りで奴の顔面を探し、そのまま殴りつけた。力もないからか、殴っても殴っても、ペチペチという軽い音が鳴るだけだった。
「あんた、弱くなったねえ」
「うるせぇって言ってんだろ!」
俺は痛みに耐えながら腹に刺さったナイフを抜き、そのまま奴の心臓に突き刺そうとした。
「甘いよ、ブレイク」
サラサラッ
しかし、その刃は一瞬にして粉になり、俺の手に激痛が走った。くそ、お前の能力のこと、すっかり忘れていたぞ。
ドンッ!
音からして、奴は奥の壁まで逃げたようだ。俺は腹を押さえながらも立ち上がり、少しだけ距離をとる。音が聞こえにくくなったとしても、少しなら音が聞こえる。だから、遠くまで行かなければいい。
「へえ、まさか戦うつもり?」
俺は片手で腹を押さえ、片手で構えた。それを見たのか、奴は高らかに笑っている。
「あんた私の能力、分かってないよね?」
「何だ?」
「私は武器を粉々にするだけじゃない、作り出すことができるの。槍だってナイフだって何でもできる、スケルトンの本来の能力よ」
まさか、奴は防御する能力しか持ってないと思っていたが、スケルトンの2つ目の能力まで持っていたとは。逃げの能力だけじゃないのは、とても厄介だ。
キュルキュルッ!
何か耳心地の悪い音が聞こえる。少しすると奴は、高らかに叫んだ。
「盲目相手に戦うなんて、何だか可哀想ね」
ビュンッ!
そして、奴は何かを投げた。それが槍だと分かった時はもう既に遅かった。奴の投げた槍は、既に傷ついていた俺の腹を貫通していた。
ブシャッ!
「痛え、痛え!」
「あはははは、もっと苦しみなさい!」
大量の熱い血が滴り落ちていく。くそ、見えないんじゃ何も分からねえ。でもこれは弱いものいじめじゃない、れっきとした戦いだ。それだから余計に、俺が惨めに思えてくる。
「んぐぐぐぐぐぐぐ!!」
俺は声にならない声を上げながら、腹に刺さった槍を抜き、壁に向かって突進した。しかし、持っていたはずの槍は一瞬にして粉々になった。
「残念、私には効かないよ」
くそ、自分が作り出した槍すらも奴は粉々にできるのか。それにこの槍、持ってからじゃないと分からなかったが、とても鋭かった。これはスケルトン以上に手強いぞ、何故なら攻撃が効かないから。
キュルキュルッ
そうして奴は新たに、何らかの刃物を作り出していた。来るぞ、見えないけれども、刃は飛んでくるぞ。
「さあ、空飛ぶナイフのお見舞いよ!」
ヒュンッ!
風を切る音と共に、何本かのナイフが一斉に俺の方へと向かってきていた。しかし、どこにあるのかは分からない。ここは暗闇だ、音もよく分からない。
ザクッ!
1本目のナイフが、俺の頬を裂いた。続いて2本目は左の太ももに刺さり、3本目は俺の右足を切っていく。くそ、何も分からなかった。それだけじゃない、4本目と5本目が同時に俺の胸に刺さった。俺は衝撃に耐えきれず、倒れそうになった。
「さあ、トドメだよ」
しかし奴は5本くらいじゃ終わらせてくれなかったみたいだ。6本目が左の手のひらに、7本目は左手を押さえる右手に、そして8本目が下腹部に刺さっていく。
ビュンッ!
だが、9本目は刺さらなかった。耳の近くを通る刃の金属音が、かすかに聞こえてきたから。すぐに左に避けたため、顔面に刺さることはなかった。
「ふうん、トドメの刃を避けられるとはね」
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