第108話 冷静になれ
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「俺たちは、爆発を至近距離で受けたせいで、感覚を失っている」
魔王の言葉を聞いて俺は、ニュークに対して深い憤りを感じた。そしてすぐに、自分の無力さを悔いた。体の震えが止まらなかった。なんでだよ、なんでまた見えない世界になっちゃったんだよ。
「ニュークは死ぬと高エネルギー爆発を起こす、そういう能力だったのだろう。前代未聞の威力だった。カービージャンク、ハルメール、つまりマーベラス、そこらの地域は全て火の海になった」
「……ハルメールって、みんなもですか」
「一人一人は確認できなかったが、少なくともカービージャンクに接する地域は全て滅亡したそうだ」
しかも、結局のところ、サイクロップスから彼女たちを救うことはできなかった。それだけじゃない、誰も救えなかった。そして、能力までもが奪われた。
くそ、くそ、クソ野郎。ニュークもだが、奴の目的を見抜けずに殴り続けた俺が一番のクソ野郎だ。こんな奴、くたばった方がいい。
なのに、能力が奪われたせいで、何もできねえ。
なんなんだよ、魔王の石の力があるのに、俺はなんでまた何も見えないんだよ。見えないっていうか、聴力が人並みに戻っていて、感覚も薄くなっていて、周囲の状況が何も分からない。
エコロケーションだとか、空間把握能力だとかが、全て無くなったみたいだ。そして、魔王もそうらしい。
「エネルギーを間近で受けたんだ、生きているだけで幸運だ。石が守ってくれたのだろう」
「ロナとリリーはどうなったんですか」
「言わなくても分かるだろう、混乱するな」
「言ってください、ロナとリリーはどうなったんですか」
「……言わせるな」
「質問を変えます、俺の仲間はどうなったんですか」
「……頼む、もう何も聞くな」
「教えてください! 魔王なら知ってますよね!」
俺だって答えは知っている、ロナとリリーがどうなったかなんて、魔王がさっき答えてくれた。でも、彼の口からきちんと、聞きたかった。そうじゃないと、俺の中にいる何かが収まってくれなかった。魔王は俺にも聞こえるような歯ぎしりをした後、口を開いた。
「全員、死んだよ」
それを聞いて俺は包帯を引きちぎり、その傷だらけの拳で自分の顔面を殴りつけた。
ドンッ!!
「やめろ、死ぬぞ!」
俺の体の中にいる何かを収めるために、俺は必死になって自分の顔面を殴ろうとした。しかし、二発目は魔王に止められた。魔王は俺の腕を掴んだが、魔王のその手も深く傷ついているように感じられた。
「自分を責めるな、今は休め」
「……はい、そうですね」
「……悪かった、誰も救えなかった」
その言葉を聞いて、俺は涙を流していた。ブルブルと顔面を震わせて、鼻水を出しながら。
「……悪かった、本当に」
そして魔王も、嗚咽の声を上げていた。
ただ、誰も何も喋れない時間があった。
2人の咽び泣く声しか聞こえない時間だ。
耳もおかしくなった、いや、これが今までの正常だったんだ。なのに、いや、だからか。
俺は足の拘束を解いて、壁に手を当てながらゆっくりと立ち上がった。
「ここは、どこなんですか?」
「……遠い国、どこかの廃墟だ」
「奴らの居場所はどこですか」
「分からない、瞬間移動もできない」
「能力は、いつ戻るんですか」
「まだ、奴らと戦うのか」
「当たり前です。もうこの世界で、奴らの好き勝手にはさせません」
前向きな言葉を、俺は吐いていた。そうでもしないとやってられなかった。ネガティブな言葉を呟く気にはなれなかった。そして何より、仲間に申し訳なかった。
「俺は守るべき人たちを守れませんでした。ダークエイジは復讐から始まって、守るという行為を知らなかった。俺は無知だったんです、でも今は、誰かを守るために戦わなきゃいけない、例え守る者を失っても、俺は戦います」
「……何でそこまで戦えるんだ」
「俺は、奴らを許しません。地の底を這いずってでも、海の中でもがき苦しんででも、何をしてでも、奴らを必ず追い詰めます」
すると彼は立ち上がり、俺の胸ぐらを掴んだ。
「もう無駄だ! 悪足掻きはよせ!」
しかし彼に、俺を突き飛ばす力は残されてなかったようで、彼はその場で崩れ落ちた。そして俺も、彼を起こす力はなかったから、そのままにした。
「聖なる石の力があっても、奴には勝てないのか」
彼は床に突っ伏したまま、ボソボソと呟いている。
「孤独の魔王と世界を牛耳る組織では分が悪い、最初から結末など決まっていたようなものだ。いや、俺は戦おうとしなかった、俺のせいだ」
「もう何も言わないでください」
「素人が喋るな、俺は魔王として人類を協力させるために戦っていた。しかし、これなら、改心する前に全滅させればよかった。数千年前のあの日に、戻れたのなら」
「聖なる石って何なんですか、魔王の石とは違うんですか」
「素人は黙れと言っただろ、お前のせいじゃない俺のせいで世界は滅亡する、これなら人類だけでも殺しておくべきだった。そうすれば、力を失いかけたのも、仲間が死んだのも苦しまなくて済ん――」
「仲間はテメェの仲間じゃねぇだろ!!」
俺は、うずくまっている魔王に対して激怒した。
もう、遅い、もう、止められない。
「何だ、魔王に対する口調か!」
「魔王って何なんだ! 魔王ってそんなのに偉いのかよ!!」
「魔王は最強の力を持っている、その魔王に逆らうつもりか」
「魔王魔王うるせえ! 魔王とか言うくせにモンスターも力も何もかも奪われてんじゃねえか、でもな、自称魔王さんよ、仲間はお前の仲間じゃねぇ俺の仲間だ、何でお前が仲間をきどってんだよ」
「……君を巻き込みたくなかったんだ」
「そんなのお前の勝手だろ、俺は最初から巻き込まれてんだよ、お前は俺を巻き込みたかったんじゃない、戦いから逃げたかったんだ、それなのに俺がいるから逃げられない、そうだろ、最初から俺を巻き込んどけよ!」
「……冷静になれ」
「お前がいちばん冷静じゃねぇよ、世界を俯瞰してる感出しても、お前はずっと無力だった、石持ってるなら俺に寄越せ、最初から、あの時に石を渡せ! 大切な仲間が奪われて、殺されてから、やっと後悔しても遅いんだよ!」
魔王は、涙を流していた。
俺は息を切らしながらも、壁を伝って扉へ向かう。
「……すまなかった」
「今更謝るなよ、これからどうするつもりだ」
「……組織より先に世界を破壊する。そうすれば、少なくとも計画は破綻する」
「勝手にしろよ」
「ブレイク、君はそれでいいのか!」
「良い訳ねぇだろクソ野郎!」
その時、扉を叩く音が聞こえた。
「このタイミングで来訪者とはな」
「出るな、ブレイク」
「名前で呼ぶな!」
そうして俺は、音のなる方、扉へ向かって足を引きずりながら歩いていく。扉を叩く音は少しずつ大きくなっていった、能力が使えないってここまで不便なんだな。
「開けるな!」
魔王の忠告を無視して扉を開けると、突然、腹に冷たい感触があった。直後、熱い液体が腹を伝っていくのが分かった。何なんだ、これは。
グサッ!
二発目をまた腹に食らった。そしてこれが、何者かによって腹を刺されているということが分かった。とても鋭利な刃物で、俺は大量の血を吐き出した。
「久しぶりね、ブレイク」
「その声は……アテナか」
「正解、もう逃げられないよ」
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