第104話 津波
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「そうと決まれば、話は早い」
最初に声を上げたのは、車椅子に乗ったボルトだった。ボルトは横たわったヒルデヨ部長の遺体の近くに行き、話し始める。
「津波とサイクロップスがこの街にやってくる、目的は街の壊滅だ。なら、市民をどこかに避難させろ」
そう周りにいたモンタージュの捜査官に命令するも、誰も動かなかった。
「俺に権力が無いからか。それは分かっている。しかし今はそれどころじゃない、ヒルデヨ部長は亡くなった。こうしている間にもサイクロップスは向かってきている、前とは違うんだぞ」
そうやってボルトは動けないながらに、周りの捜査官に発破をかける。すると、ひとりの捜査官が声を上げた。
「緊急事態を宣言、これより市民に避難するよう指示しますが、逃げ場が周りにありません」
「ああ、どうしたらいい?」
「我々に意見を求めないでください、ボルト部長」
いつの間にか、ボルトは部長として認められていた。緊急事態だし、最初に声を上げたボルトを異例ではあるが部長として認めざるをえない状況だったのだろう。
そうだ、前の巨人襲撃でもそうだったが、この街は森に囲まれている。そして、そこにはモンスターが生息している。前回はモンスターが森にいたから、森に逃げ込むことはできずに、八方塞がりの状態であった。
森に囲まれているとはいっても、南の森は薄く、サイクロップスや津波を防ぐ壁になるとは思えない。
だが、今は森にモンスターはいない。何故ならラーズがレスドラド現象としてモンスターを使役しているから、モンスターはほとんど森にいない。しかし、森には入れない。
「北部に300、西部に10、東部に50の兵士がいる」
魔王は、森の近くにいる兵士の存在を察知したようだ。そう、この街の北部には兵士が配置されており、逃げ場を完全に失っている。恐らく、アンチャードの残党といったところだろう。
「ボルト、ハルメールに市民を避難させたい。森の警備が手薄だ」
「ああ、了解した。ただちに市民をまとめ上げ、東に向かわせるぞ!」
そうしてボルトはヒルデヨ部長の遺体の胸ポケットに入っていた手帳を取り、履いているズボンのポケットに入れた。俺はカグタの元に駆け寄り、伝えたいことを伝える。
「いずれこの街に巨人襲撃が起こる、だからカグタは市民を避難させてくれ。俺と魔王でサイクロップスを食い止めている間に、市民をハルメールへ向かわせるんだ」
「分かった、しかし警備はどうする。東部の50の兵士は俺が倒すのか?」
「いや、俺が行こう。すぐに戻る」
代わりに返事をしたのは魔王だった、その傷だらけの体で戦うつもりなのか。魔王はその場で高く飛び跳ね、その勢いのまま東部の森へと向かっていった。
「魔王に続け、必ず全ての市民を救うんだ」
そうして俺たちはそれぞれに分かれた、カグタとボルトは東部の森へ、ヌヤミとハードは捜査官と手分けして市民の誘導に専念するそうだ。
さて、俺は今からサイクロップスを倒さないといけない。このスピードからして、街に到達するのは10分後といったところだろう。街の南部へと向かおうとした時、どこかから悲鳴が聞こえた。
これは、誰かが襲われている。こんな時に、何をしているんだ。俺は塔の寝室に戻り、兵士のヘルメットを被ってから現場に向かう。
「きゃあああああ!!」
家の中に入ると、そこには悲鳴を上げている女性と、数名の軽装備のアンチャードの兵士がいた。まさか、市民に隠れて潜んでいたのか。奴らはナイフを持って、市民を脅している。
「近づくな、ダークエイジ!」
くそ、奴らはどこまで卑怯で姑息な奴らなんだ。俺は被ったヘルメットをコスチュームに変化させ、全体的に防御力を強化する。そして何も持たずに、狭い廊下を走る。
「来るなと言っているだろ!」
俺は大声を発した兵士のヘルメットを掴み、右手で思いっきり殴りつける。すると兵士のヘルメットは割れ、頭が丸出しになった。衝撃でクラクラとしているところを、俺は手すりを掴んで浮き、両足で奴を蹴り飛ばす。
ブシャッ!!
続けて向かってきた兵士の攻撃を避け、腹に拳を入れる。そして背後から後頭部を殴ろうとしてきた兵士の攻撃を避け、肘を腹に入れてから蹴り飛ばす。
「うわああああああ!!」
悲鳴を上げながらもナイフを持って突進してきた兵士の顔面を殴ると、一瞬にして静かになった。
ナイフを振り回す兵士の肩に、落ちていたナイフを突き刺し、そして蹴りを顔面に入れるとあまりの衝撃に、兵士の顔面がグシャグシャになった。
「近づくな、聞こえないのか!!」
この家に暮らしていた女性の背後に立ち、脅す兵士に向かって俺はゆっくりと近づいていく。兵士は怖くなって女性の首筋にナイフを当てるも、殺す勇気はないみたいだ。心優しいんだろうな、俺は隠しナイフをこっそりと取り出し、水平に投げる。
サクッ!
投げた隠しナイフは回転しながら壁に当たり、反射して兵士の首筋に突き刺さった。兵士の腹を、扉ごと蹴破ってから俺は女性に声をかける。
「この街に巨人が近づいている、早く逃げろ」
「ダークエイジ?」
「そうだな、逃げろ」
そうして女性は怯えながらも、兵士の死体を乗り越えて外へと逃げた。全く、アンチャードの奴らめ。俺は外に出て海の方を確認すると、サイクロップスは順調にこちらへと向かってきていた。
奴らが起こした津波は、南端にある廃村を飲み込んでいるみたいだ。恐らくだが、あれがキャプロー村なんだろう。というより、ここからでもサイクロップスの姿が視認できるのか、市民は悲鳴を上げていた。
「ブレイク、こっちは片付けたぞ」
少しすると、魔王の声がどこかから聞こえた。また前のように石を伝って声をかけてきたのだろう。確かに、街を囲うようにして配置されていた兵士が見えなくなっている、魔王が飛んで一気に倒してくれたのだろう。
「サイクロップスはもう森の手前まで来ています!」
「ああ、すぐにでも向かう」
すると俺の背後に、動きも逃げもしない男が立っていた。俺は違和感を覚え、ナイフを取り出して振り向く。
「久しぶりですね、ブレイクさん」
と、そこにいたのはニュークだった。魔剣四天王のうち、コイツとは何の関わりもないはずだ。他の構成員がウォーリアーズのメンバーであるなか、コイツだけ何でもない、だからこそ余計に不気味だ。
「何の用だ」
「ブラッドリーの敵討ちですよ、よくも殺してくれましたね」
コイツらは人の命を軽々しく奪うくせに、仲間意識は高いのか、敵討ちとかしてくるんだな。意外だよ、そういうのは無関心な人間かと思っていた。俺はナイフを構え、辺りの様子を確認する。
もうサイクロップスは森の手前まで来ていて、魔王は高スピードでサイクロップスの元へ向かっているものの、ハルメールの兵士を倒して避難誘導を手伝っているからか、中々こっちまでは来れない。
そして近くの市民はみんな森へと向かったため、ここに居るのは俺とニュークのみ。奴はメガネを胸ポケットにしまい、取り出したナイフをゆっくりと舐める。
「ダークエイジ、いや、ブレイクさん、私とお前は何の関わりもない。だが、モンスターという線においては近い存在だった」
「お前と話している時間は無い」
「ああ知っている、だから話しているんだ。この街に存在価値はない、早く計画を終わらせたいんだ。そのためには計画の危険分子となる存在は早めに潰しておきたい、ダークエイジごとね」
こうしている間にも一体目のサイクロップスが南部の森へと到達した。少しすれば森を抜けて街へとやってくる。ニュークの目的は、サイクロップス到達までの時間稼ぎということか。
なら、早めにブラッドリーの元へ送ってやろう。
俺はナイフを逆手に持ち、そのまま奴の元へ突撃する。
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