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6 再会

 手紙を読み終えたエレノアは返信を書こうと羽根ペンを握る。

 日にちが過ぎるのはあっという間。もう戦争がはじまって三年ちかくが経とうとしている。

 国王陛下からは兵士たちの善戦で、帝国との戦いは順調だという演説が何度か行われた。

 民の一人として、そして王に仕える元伯爵家の人間としても嬉しいと思いながら、それでもわたくしの関心はいつだってセー君のこと。

 たとえ国が戦争に勝っても、セー君にもしものことがあったら意味がない。


『拝啓 セーラム様――』


 そこまで書いた時、外が騒がしくなった。


「エレノアお嬢様!」


 それは元使用人で侍女頭を務めてくれたアンナだ。

 彼女のおかげで、こうして王都で生活ができている。


「そんなに急いでどうしたの。はい、お水」


 アンナは水を一気に飲み干すと、「戦争が終わりました!」と叫んだ。


「本当に!?」

「はい! 王国の大勝利だそうです!」

「良かった!」


 アンナと抱き合って外に出ると、王国の勝利という話はすでに広まっているようで、女性たちが外にでて、近所の人たちと所構わず抱き合っている。


(あとは、セー君が戻ってくればもう言うことなしだわ!)



 それから日にちが経つと、正式に国王陛下から帝国との戦争が終結したという演説が行われた。王国の大勝利で、帝国は国境一帯の領土を失い、多額の賠償金も支払うことになるらしい。

 兵の帰還も少しずつ進んでいるみたいだ。

 下町で出兵した人たちが戻ってくると、前線で何を見たかを語ってくれるから、大人気だ。


「王国の勝利はまさに、白銀の英雄様のお陰だ!」


 そういう話が、王都でもちらほら聞こえるようになった。

 しかしなかなかセー君は戻ってこなかった。

 帰還した兵の人に聞くと、偉い人たちほど帰りが遅くなるという。

 参謀という職業がどれほど偉いのかは分からない。でも作戦立案に関わるほどならば、かなり偉いにちがいない。


「お嬢様、セーラム様はきっと大丈夫でございます」

「そ、そうよね。きっと、無事よねっ」


 アンナに励まされ、わたくしは自分に言い聞かせるように言った。

 それからまた一ヶ月ほど日が経った。

 王都では戦勝パレードが開かれ、他の地域からも大勢の見物客が押し寄せて、下町も騒がしくなった。

 まだセー君は帰還しない。

 浮かれ、盛り上がる周りに比べ、わたくしの心は乱れた。

 励ましてくれたアンナさえ、不安そうな表情を隠せないようだった。

 王城へ押しかけ、陛下にお会いし、直接セー君のことが聞きたかった。

 幼い頃、お父様に連れられたデビュタントの席上で、陛下とは一度だけ面識がある。

 お父様は若き頃の陛下のご学友の一人の縁で元々は男爵家の次男だったところから出世を重ね、伯爵という地位と領地を得たのだ。

 でも今のわたくしには陛下どころか、城へ近づくことさえ叶わない。

 外行きのドレスも何も、セー君の鎧と剣を手に入れるのに売り払ってしまった。

 後悔したことはもちろんない。

 でも城へはそれなりの格好で行く必要がある。

 ほつれ、繕いだらけのボロボロのワンピースでは、伯爵家の娘を名乗るイカれた女として逮捕されて牢に入れられるのが落ちだ。

 だから、戦勝パレードは、まるで別世界のことだった。

 みんなにとって終わっているはずの戦争が、わたくしにとってはまだ終わっていない。


(こんなんじゃ駄目。心をしっかりもたなきゃ)


 悩む時ほど、日常生活に集中したほういい。

 昼食の準備をする。

 黒パンに、野菜屑を挟んだだけの簡単サンドイッチに水。

 いつものメニュー。

 アンナからもらった蜂蜜と傷んで売り物にならなくなった果物を煮込んで作った特製ソースをかければ、絶品料理に早変わり。

 昼食を食べたあとは、いつもの繕いの内職。

 やりはじめたばかりの頃は自分の不甲斐なさに泣きたくもなったけれど、今ではすっかり作業にも慣れて、質を維持した上でかなりの量をこなせるようになった。

 仕事をしていると、あっという間に日が傾く。

 でも蝋燭を使うのは完全に日が落ちてから。

 それまでは部屋に差し込む西日を利用する。


「ふんふんふ~ん♪」


 鼻歌がこぼれる。

 それはピアノが弾けるお母様がよく奏でてくれたオリジナル曲。

 そこに歌詞を添え、お父様の誕生日にセー君と二人で歌った。

 上機嫌に奏でていた鼻歌だが、徐々に震えてくる。

 いけないと思うのに、涙がこぼれてしまう。

 動かしていた手を止め、ぐずぐずと鼻をさせて、下唇を噛みしめる。


(……セー君、早く戻って来て……)


 不意に西日が陰った。

 逆光になってシルエットしか分からないけれど、窓の前に誰かが立っていた。


「……どちらさま?」


 軍服に身を包んだ、美青年が入って来た。


(……か、カッコ良すぎる!)


 雑然とした下町には似合わなさすぎ、長身の男性。

 それでいて黒い服ごしにがっちりした体格だというのが分かる。

 肩幅は広く、手足はすらりとして長い。

 背も百八十センチはあるだろう。

 家に入って来る時も屈まなければいけなかった。

 銀色の髪を長く伸ばして後ろで結び、二重で切れ長のアイスブルーの瞳はかすかに潤んでいるように見えた。

 軍服の胸元には、たくさんの勲章が下がっている。

 どこからの家の帰還兵の方だろうか。


「戦争お疲れ様です。ですが、おうちをお間違いではないですか?」


 青年の目が見開かれる。


「ひどいな、姉さん」

「え?」

「顔、忘れちゃったの。俺だよ、セーラム」

「え……」


 心臓が大きく高鳴った。

 どうリアクションをすればいいか戸惑っているわたくしに、セー君だと名乗る人は一歩踏み出し、抱きついてきた。


「ただいま、姉さん」


 涙腺が刺激され、目頭が熱くなる。


「ほ、本当? 本当にセー君なの!?」

「その呼び方、さすがに恥ずかしいんだけど。俺、もう十八だよ」

「セー君!」


 少しはにかむような笑い方は間違いなく、セー君だった。

 ぎゅっと抱きつき、すっかり大人びて逞しくなったその体に顔を埋める。

 昔は逆だった。

 わたくしの胸に、セー君がいつも顔を寄せていた。


「すごく大きくなったのね!」

「三年の経ったし。十六歳の時に急に背が伸び出したんだよ」

「ぜんぜん帰ってこなかったら、ずっとずっとずーっっっっっっと心配してたんだから!」

「ごめん。帝国との交渉とか、陛下への報告とか色々あったんだ。手紙も出したかったんだけど、書類に追われて書けなかった」

「無事に戻ってきてくれたから、それでいいわ! 十分!」


 泣き笑いの顔で、さらにぎゅっとしがみつく。

 セー君は頭を優しく何度も何度も撫でてくれる。


「今、わたくしのこと、子ども扱いしてる?」

「どうして?」

「頭を撫でるのは、わたくしの役目なのに!」

「じゃあ、撫でてよ」


 しかし今の身長差を考えれば、ジャンプしても頭には届かない。

 セー君は嬉しそうに見下ろすのだ。


「もう、セー君! 意地悪しないでよ」

「ごめん、姉さん」


 セー君はベッドに腰かけてくれる。

 わたくしはセー君の頭を抱きしめ、頭を撫でた。

 さらさらの髪からはとてもいい香りがした。


(セー君が香水!? お、大人だ……!)


 みすぼらしい格好でいる自分が恥ずかしくなってしまう。


「姉さんなんて背伸びした呼び方じゃなくって、お姉ちゃんって呼んでいいんだよ」

「さすがにそれは恥ずかしい。本当は、姉さんとも呼びたくない。でもいきなり呼び捨ては困惑すると思ってさ」

「もう。何を言ってるの。セー君が何歳になっても、お姉ちゃんはお姉ちゃん、だよ? 呼び捨てはおかしいでしょう」


 そうかな、とセー君は謎の呟きをする。


「???」

「それにしても、姉さん、どうしてこんなところにまだいるんだ?」

「こんなところって……だってここが、わたくしたちの家でしょ。忘れちゃったの?」

「でも俺の給金が届けられてるだろ」

「本当にたくさん、ね。でも使えないよ。わたくし一人だったら内職で十分暮らせるし、セー君が命がけで稼いでくれたお金なんだから……」

「俺が命をかけたのは、姉さんのためなんだ。戦争に出て行く時にそう言っただろう」

「ありがとう。でもわたくしには、セー君さえいればいい。昔みたいに贅沢なんてできなくたっていい」


 むっとしたセー君の頬を撫でると、つり上がっていた目が少しは緩む。

 セー君は白い手袋に包まれた手で、わたくしの手を握り締めると、頬ずりをする。


「姉さん。すぐにここを出よう。陛下から今度の戦いで活躍した褒美として、伯爵の爵位と屋敷を賜ったんだ」

「セー君、貴族になるの!?」


 セー君は苦笑いする。


「そういう姉さんだって、元々伯爵令嬢だろう」

「……元、だけどね」

「とにかく屋敷へ。いつまでもこんな場所にはおかせられない」


 セー君は急かすように腕を引っ張る。


「セー君!? 荷物は!?」

「あとで使用人に運ばせる」

「ご、強引すぎるよ!? 軍人生活が長すぎたから!?」

「そうかも。言ってきかない奴は問答無用で連れ出したほうが話が早い」


 通りに出ると、立派な馬車が止まっていた。

 薔薇をあしらった見馴れぬ紋章が描かれているが、これがきっと、セー君のものなのだろう。

 セー君が手を差し出してくれる。

 私はその手を取り、馬車に乗った。馬車がゆっくり動き出す。


「爵位を賜ったということは貴族になるのよね。セー君はどんな名字になるの」

「グリムストン。セーラム・フォン・グリムストン」

「そっかぁ。かっこいいね」

「俺は、ハヴェットのほうが好きだ。でもそのうちハヴェットの家名も取り戻す」

「……それはいいよ」

「どうして。姉さんはあいつらに奪われたままで悔しくないのか」


 セー君は淡々と話しながらも、その目にはぞくりとしてしまうような感情がある。


「そうじゃないわ。お父様が築き上げたものを奪われて良しとはしないわ。でもあんな人たちは関わり合いになりたくないの。あの人たちは容赦を知らない、人間じゃない。人の姿をした悪魔なの。わたくしたちとは価値観が違いすぎる。あの人たちと関わって、あなたが傷つく姿は見たくない!」


 今でもあの頃のことよく夢に見る。

 自分のことじゃない。傷だらけになって、顔を腫らせたセー君の夢。

 わたくしの腕の中で苦しそうなまま、セー君が息を引き取ってしまうのだ。

 そのたびに汗だくになって飛び起きた。

 苦しくて辛くて、自分の無力さばかりを痛感させられる。


「でも姉さん。俺はもう成人を迎えてる。守られてばかりの子どもじゃない」

「それはそうなんだけど」


 セー君は爽やかに笑う。


「これからは俺が姉さんを守っていくから」


 セー君が、膝の上においた私の右手を優しく包み込むように握る。


「駄目。わたくしはずっとセー君の姉だもの。わたくしが守っていくの」

「それでもいい。お互いがお互いを守り会う。そういうのもいいね」


 セー君は微笑をみせると、手を離し、腕を組んで流れていく街の景色を眺める。

 長い睫毛が西日を浴びて、キラキラする。


 ――こうして話していても目の前の男の人が、セー君だってこと、ちょっと信じられないな。


 それくらい、どこか現実感がなかった。

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