4 出征
「お姉ちゃん、僕、戦争に行く」
戦争で私たちのいる下町が毎日のように騒がしくなっている中、十五歳になったセー君はそう言った。
「駄目よ!」
「兵士になれば、給料が入る。そうしたらお姉ちゃんにもっといい生活をさせてあげられる!」
「今の生活で十分よ。セー君がいなくなるほうが辛いわ。それに、戦争は……」
「僕はお父さんのようにはならない。絶対に生きて戻ってくる」
そう言われても、受け入れられるはずがない。
「僕はお姉ちゃんのために何かがしたいんだ」
「だったら戦争になんて行かないで。セー君にもしものことがあったら……」
本当にひとりぼっちになってしまう。
セー君は少し大人びてきたけれで、まだあどけなさの残る顔で「お姉ちゃんがいなかったら、僕はとっくに殺されてた。僕が今いるのはお姉ちゃんのおかげだから」そう言った。
セー君は頑固だ。これと決めたら周りが何を言っても変わらない。
まだお父様とお母様が生きていた頃のこと。
『図書室に棚にある本を一年でぜんぶ読む』
食事の席でそう言ったことがあった。
そんなの無理だと思ったから、わたくしは思わず笑った。
それでも絶対に読み切ると言ったセー君に、ふざけ半分で読み終えたらおやつを一年あげるよ、と言った。
どうせできっこないと思った。
子ども同士の他愛のないやりとり。その場でのことだと思った。
でもその日の夜から、セー君は図書室にこもり、本当に本を読み出したのだ。
睡眠と食事の時間以外はぜんぶ、読書の時間にあてた。
周りが心配して止めても聞かなかった。
わたくしが『おかしが欲しいならあげるから!』と賭けをなかったことにしようとしても聞かなかった。
結果、セー君は本当に本を読み終えた。
セー君はやると言ったらやる。
きっと、今回も何を言っても兵に行くのだろう。
わたくしはお父様の形見として残してあった宝石を売り、立派な鎧と剣を揃え、セー君にプレゼントした。
『こんな鎧と剣、どうしたの……』
『お父様の家に代々伝わる宝石を売ったの』
『どうしてそんなこと……』
『セー君に生き残って欲しいからだよ。街の人に聞いたの。国から支給される装備は質が良くないって。流れ矢にさえ貫かれる粗悪な鎧や、少し使ったらだけで壊れてしまうような脆い剣なんだって。でも高級な鎧と剣を身につけていれば、生き残れる可能性が高くなるでしょ』
セー君をぎゅっと抱きしめた。
同じ年頃の男の子よりも体が小さなセー君は、はじめて会った頃と同じように、わたくしの腕の中にすっぽりと治まってしまう。
(無事に戻ってきますように)
私は祈るような気持ちで、空の棺を前に姉弟でしたように抱き合った。
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