3 叔父一家
ラズール王国の成人年齢は十八歳。
跡取りであるセー君が成人を迎えるまで六年ある。
わたくしは十五歳。
だから国王陛下が伯爵領の管理人として、叔父様を選んだのは当然のこと。
叔父様はわたくしが十八歳になるまでの三年間、ハヴェット伯爵家の当主代行になる。
叔父様とはとても穏やか人だから、心配はいらないと思った。
でも屋敷にやってきたのは、叔父様だけじゃなかった。
おばさまと、叔父様のご嫡男で、わたくしの従兄でもあるロイも一緒だった。
話を聞くと、叔父様は一家でこの屋敷に住まうということだった。
たしかにこの北の領地は王都からはだいぶ離れているから、ご家族を残すのは心配だったのだろう。
もちろん了解した。
でもそれが間違いだった。
叔父様はお父様が選んだ家庭教師をクビにしたと思ったら、王都から連れてきた家庭教師に交代させた。
ほとんど一日中、セー君は勉強漬けになった。
心配して様子を見に行こうとしても、叔父様が許してはくれなかった。
そのうち使用人たちから新しい家庭教師はセー君が少しでも間違えると暴力を振るうと聞かされた。
叔父様の目を盗み、部屋に飛び込むと、ちょうどその家庭教師がセー君をなじり、罵倒し、鞭を振るおうとしているところだった。
「何をしているの!」
家庭教師にしがみつき、暴力を振るうことをやめさせようとした。
でも相手は男性。突き飛ばされ、机に頭を打ってしまう。
セー君が家庭教師に飛びかかり、大喧嘩になった。
騒ぎを聞きつけた叔母様や使用人が止めに入ってようやく、治まった。
わたくしは叔父様に呼び出され、罰だと言われて食事を抜きにされ、セー君は部屋から一歩も出してもらえなくなった。
使用人が不憫に思ってこっそり食事を届けてくれたけど、それが叔父様の耳に届くと、クビにされてしまった。
その使用人は、わたくしが生まれる前から、うちで働いてくれる人だった。
抗議をしたけれど、聞き入れてもらえなかった。
それからも屋敷での異変は続く。
叔母様がセー君のお母様の遺したアクセサリーやドレスを身につけるようになった。
それはお父様がお母様にプレゼントしたものだった。
抗議をしたけれど、「口答えするんじゃないわよ!」と平手で叩かれた。
そして叔父様の嫡男ロイは気持ち悪かった。
ロイはわたくしより二つ上。
わたくしのことをジロジロ見ては、にやりと笑い、やたらと体に触ってきた。
私が離れようとしてもしつこくしつこく触ってきた。
ついには、夜、わたくしのベッドに入って来ようとした。悲鳴で騒ぎになると、ロイはわたくしが誘ったのだと言いはじめた。
叔母様からは淫売と罵られ、叔父様からは好き者だと悪し様に言われた。
使用人たちは抗議してくれたが、逆らう人はみんなクビにされてしまった。
使用人をクビにして空いた穴には新しい使用人が入った。
でも彼らは全員、叔父様に忠実で、わたくしの言葉なんて聞き入れてくれなかった。
それになにより家庭教師との騒ぎから、セー君とは会えない日が続いた。
セー君を世話をする使用人は叔父様に忠実な人間ばかりで、セー君が今どうなっているかも分からなかった。
ベランダづたいに部屋を移動し、セー君の部屋へ入った。
すると、全身傷だらけのセー君が苦しそうにあえぎながら、ベッドに横になっているのを目の当たりにした。
「ごめんね、ごめんね、セー君!」
泣きながら謝ると、セー君は「大丈夫だから」と苦しそうに笑った。
こんな状況なのに、セー君は顔を歪めるわたくしを励まそうとしてくれていたのだ。
(守るって約束したのに!)
このままではセー君が殺されてしまう。
この地獄から抜け出すことを考えはじめた。
まだ残っている良心のある使用人にお願いをして薬を調達し、セー君の傷を治しつつ、お金になりそうなアクセサリーをこっそりとバックへ詰め、逃走計画を練った。
ここでないところならどこでも良かった。
※
およそ半年が経ったある日のこと、叔父の書斎に呼ばれた。
「エレノア。お前にはロイと結婚してもらう」
自分の耳を疑う言葉だった。
「ロイも年頃で、まだ許嫁もいない。これからの伯爵家のことを考えれば、ロイを婿にすればいいだろう」
「……跡継ぎはセーラムです。お父様もそれを望んでおられました」
叔父様は目をキッとつり上げた。
「あれは、あの女の子どもで、ハヴェット家の血を引いていないだろう! それともロイと結婚するのが嫌だと言うのか!?」
(当然、嫌に決まってるじゃない!)
ロイはあの寝室で騒ぎから少しは大人しくなったが、いやらしい目で見ることはやめなかった。
まるで獲物を前にした狼のように、私を一瞥して舌なめずりをした。
叔父様はこの家を乗っ取ろうとしている。
そして邪魔になるセー君を亡き者にしようとしているのだ。
すぐに逃げないといけない。
まだ計画らしい計画はなかったけれど、この家に居る限り、私たちの未来はない。
少なくともセー君が殺されるという未来が変わることはない。
わずかに残る昔ながらの使用人、そして新しく入ってきた使用人の中で金にがめつい連中に協力を求めた。
雪の降りだした真夜中、セー君の部屋へベランダづたいに侵入する。
「セー君、逃げよう」
「分かった」
セー君にはあらかじめ逃亡計画を伝えていた。
がめつい使用人には貴金属と引き替えにお目こぼしをしてもらい、良心ある使用人にお願いして馬と数日分の食糧を調達し、屋敷を出た。
北方地域に秋はない。
短い夏が終わるとすぐに冬がやってくる。
夏と冬の端境期。
例年より早く降り出した雪が外套にしみこむのを感じながら、セー君を後ろへ乗せて馬に鞭をやった。
幸運だったことは雪が降り始めて見通しが悪かったこと。そして叔父の領地経営がお父様の時代にくらべてひどかったことだ。
領民はお父様を慕い、わたくしたちの逃亡の手助けをしてくれた。
領民たちに助けられ、王都へ向かった。
王都には元使用人が住んでいた。
その人を頼り、身分を偽って一軒の粗末な家を借りた。
隙間風は吹くし、家具もぼろぼろ。
でも叔父一家がいない。
虐げられることがないことが、これほど幸せなことだとは思いもしなかった。
ひとまず持ち出した貴金属やドレスをお金に換え、当面の生活費を手に入れると、お針子の仕事を元使用人一家に教えてもらいながら始めた。
しばらくして、元使用人一家から叔父がわたくしたちが流行病で亡くなったという報告をしたらしい、と教えてくれた。
ほっと胸を撫で下ろす。
これでもう叔父の影におびえなくて済んだ。
貧しい生活だったけれど、それでも何ものにもおびやかされることのないセー君と二人の生活は楽しかった。
そんな日々が三年ほど続いた時、王都を揺るがすニュースが届いた。
アズール王国が国境を接するシャンディラ帝国から宣戦布告されたのだ。
帝国との国境紛争で、セー君のお父様が戦死された忌まわしいものだった。
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