1 はじめまして
天使って本当にいたんだ。
わたくしは、目の前でこれからお母さんになる人の背中に隠れつつ、顔を覗かせる男の子を前にはっと胸を打たれた。
きらきらと輝く銀色の髪に、ふわふわのほっぺ。そして凪いだ湖面のように綺麗な水色の瞳。
おとぎ話に出てくる可愛い精霊というのはこういう子のことを言うんだと思う。
ただ、その子ははじめて会う私とお父様を前に、明らかにおびえている。
その子のお母様が、「ちゃんとあいさつしなさい」と言うんだけど、ドレスのすそにしがみついたまま、いやいやと首を横に振った。
「とりあえず中へ」
お父様が屋敷へ二人を招き入れる。
「道中、大変ではありませんでしたか? ここは王都からだいぶ離れてるから」
「いいえ。大丈夫でしたわ。それよりはじめての雪に、この子はだいぶ喜んでいて……」
「ははは。そのうち、うんざりするほど見飽きますよ。それにしても、昨日まで吹雪いていたのに、今日は穏やかな天気だから、きっと神が私たちの婚姻を祝福してくださっているんですね」
お父様は活き活きと話す。
そんなお父様を見て、再婚を受け入れて良かったと思った。
「奥方様、坊ちゃま、はじめまして。これから誠心誠意、お世話をさせていただきます」
使用人たちに頭を下げられ、お母様は恐縮して、男の子はますます表情を硬くした。
ハヴェット伯爵家。それがわたくしの生まれ育った家門。
私を産んだお母様は流行病で亡くなってから十年が経とうとしていた。
当時のわたくしは十二歳。
お父様はいつまでも一人では子育てと領地経営が大変だろうという国王陛下からの計らいで、同じように夫を亡くされたお母様との再婚を提案されたのだ。
お母様は男爵家出身のご令嬢で、子爵家の次男で家を離れて軍人として身を立てようとした人とご結婚された。しかしその旦那様が戦死され、お子様と二人きりでとても苦労をせていたという話を、国王陛下がお后様から聞いたのがきっかけらしい。
わたくしは別に新しいお母様がいなくても屋敷のみんながいてくれれば寂しくなかったけど、お父様が部屋で一人悲しむ姿を見ていたから、再婚に賛成した。
お父様も、一目見てお母様を気に入ったみたい。
お母様も、きっとそう。
お母様がお父様を見る目はとても穏やかで、優しくて、頬が薔薇のように輝いていたから。
「お名前は?」
男の子に聞くけれど、モジモジしてなかなか話さない。
「お嬢様、この子は」
名前を言おうとするお母様に、私は人差し指を唇にあてた。聞くなら、この子の口から聞きたかった。
「お菓子は好き?」
男の子はお菓子という言葉に、すぐに反応した。
手を差し出す。
「行きましょう」
男の子におずおずとその小さな手で、わたくしの手を握ってくれる。
にこりと微笑むと、男の子と一緒に二階にあるわたくしの部屋へ向かった。
「ふわ……」
男の子は部屋を見回し、びっくりしているようだった。
わたくしはそんな可愛らしい様子にくすりと微笑むと、男の子にクッキーの乗ったお皿を差し出す。
それから侍女が紅茶が淹れてくれた紅茶も。
男の子は目をキラキラさせながら、チョコクッキーを手にする。
それから本当に食べていいのかと訪ねるような目線を寄越す。
「めしあがれ」
男の子はさくっとしたクッキーをかじった。頬が真っ赤になり、目をうるうるさせて男の子は「おいしい」と囁く。それからまるでリスが木の実でほっぺたをぱんぱんに膨らませるみたいに、どんどんクッキーを頬張った。
「そんなにつめこまなくても、誰も取らないわ」
(かわいい!)
我慢できなくなって、男の子の隣に座ると、ぎゅっと抱きしめてしまう。
「!!」
腕にすっぽり収まった男の子は耳までに顔を真っ赤にした。
わたくしもレディとして軽率なことをしてしまったと思ったけど、我慢なんてできない。
可愛いものは可愛いんだから。
男の子を膝に乗せ、ぎゅっとだきしめる。男の子はなすがままになっていた。
それでも嫌がって暴れたりしなかったから、許してくれたのかな……そんな風に都合よく考える。
「ね、お名前を教えて」
「……ラム」
「ラム君?」
「せ、セーラム……」
男の子は囁くように言う。
「セーラム君! セー君!」
「せ、せー君?」
男の子はびっくりしたように瞬きをする。
「嫌だった?」
「……嫌、じゃない」
男の子はますます赤面しながら呟く。
「あの、その……お、お……」
「お?」
「……お姉ちゃんの……名前……」
「エレノア。エレノア・フォン・ハヴェット。セー君はこれから、セーラム・フォン・ハヴェットになるのよ」
「あ、エレノア……お姉ちゃん……」
「なあに、セー君」
「……な、なんでもない……」
セー君は恥ずかしそうにうつむく。
(可愛すぎるよぉぉぉぉぉぉ!!)
我慢できず抱きしめた。
そんなわたくしを見て、侍女たちが微笑ましそうに笑った。
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