牛丼の作り方
こんにちは。
『今日もお手軽、晩ごはん』、司会の神楽坂文四郎です。毎日食べる晩ごはんに、いつもと違うささやかなサプライズをお届けいたします。本日もどうぞよろしくお願い致します。
さて、今日のテーマは『牛丼』。もはや国民食と言っても過言ではない定番メニューですね。しかしなかなか、外食はしても家で作るのは……という方も多いのではないでしょうか? そんな近くて遠い牛丼のイメージを根底から覆す、お手軽レシピを今日はご紹介いたします。まずはいつものように材料を見てみましょう。
【材料(3~4人前)】
牛肉 300g
玉ねぎ(中) 1個
醤油 大さじ2
酒 大さじ2
砂糖 大さじ2
みりん 大さじ3
出汁 カップ1/2
ごはん 適量
村長への手土産 心ばかり
パスポート 人数分
異文化への敬意 適量
不屈の闘志 適量
最後の三つに関しては、食べる人の人数ではなく料理をする人の人数から必要量を算出することになりますのでご注意ください。
それでは実際に、私と一緒に作ってまいりましょう。
一、牛肉を調達する
まずはパスポートを用意し、成田空港へ向かいましょう。そこからディンゴ・ベウ共和国行きの飛行機に乗ります。直行便がない場合はシンガポールを経由する便を探してください。フライト時間は航空会社によって異なりますが、おおよそ十三時間ほどです。エコノミークラス症候群にご注意ください。
ディンゴ・ベウ共和国の首都ベレ・ナガルに到着したら、今度はバスでゴゴール村を目指します。ゴゴール村へのバスは一日二本しかありませんので、乗り遅れないように早めの行動を心がけましょう。ゴゴール村へは途中休憩を挟んで二十時間ほどかかります。エコノミークラス症候群にご注意ください。
ゴゴール村に到着したら、真っ先に村長を訪ね、手土産を渡します。ここでの心証が今後の運命を大きく左右するため、手土産選びは慎重に行っておいてください。最も好ましい手土産は生きた牛ですが、検疫の関係で不可能ですので、別のものを用意する必要があります。一般的には装飾品が喜ばれる確率が高いようです。ゴゴール村の人々はディンゴ・ベウ共和国の中でもおしゃれなことで有名です。ただし、単に高価なものを喜ぶわけではないことに留意してください。ゴゴール村の人々は高価でセンスのない装飾品を最も嫌います。
手土産を渡したら、村長にこの村の一員として認めてもらうようお願いします。村長は必ず拒絶しますが、ここで諦めてはいけません。村長の家を追い出されても、玄関脇に正座し、額を地面にこすりつけて懇願し続けましょう。これはよそ者を村に迎え入れるための儀式ですので、誰もが必ずこの過程を経なければならないのです。
村長が手土産をどれだけ気に入ったかで許されるまでの時間が異なります。過去の実績では、最短で一時間、最長で十二時間ほど、平均すると五時間十二分です。その間はずっと正座することになりますので、エコノミークラス症候群にご注意ください。
村長に許され、村に迎え入れられると、今度は村の戦士を紹介され、弟子入りすることになります。村の戦士から槍の扱いの基礎を学びましょう。渡航前に宝蔵院流槍術を学んでおくと後の修業がスムーズになります。
槍がある程度扱えるようになったら、いよいよ村の戦士として本格的な修行が始まります。戦士たるもの、ただ強ければよいというものではありません。戦いの踊りで己を鼓舞し、戦いの歌で味方を勇気付け、戦いの後には鎮魂の歌で死者の魂を鎮めなければなりません。真の戦士とは敵に敬意を払い、敵から敬意を払われる品格を持つ者とされています。力で相手を無理やり従わせる者はどれほど強くても軽蔑の対象となることに特に留意してください。弱きに手を差し伸べる優しさもまた、戦士の重要な素養の一つです。
戦士として充分な強さと品格を備えたと師に認められると、一人前の戦士として村全体に認められるための儀式を受けられるようになります。儀式の内容は、独りで獅子と戦い、勝つことです。相当な難関ですが、覚悟を決めて挑みましょう。この儀式の際に、罠や毒を使ったり、密かに誰かに協力してもらったりすると、不正と見なされて村を追放されることになりますので注意してください。誇り高き戦士に相応しい、堂々とした戦いぶりを示さなければ、村の人々は決してあなたを認めてくれないでしょう。
また、獅子と戦って勝つことが儀式の成功条件ですが、必ずしも仕留める必要はありません。儀式には見届け人がおり、見届け人が「勝った」と判定すれば儀式は成立したと見なされます。過剰に攻撃して獅子を仕留めてしまうと、むしろ品性を疑われて不適格と見なされる場合もあります。また、ゴゴール村周辺は自然保護区に指定されており、自然保護区内でライオンを傷付けると逮捕される可能性があります。
試練に打ち勝ち、無事に村の皆から戦士として認められると、いよいよバイソンを狩ることができるようになります。戦士でなければバイソンを狩ることはできません。バイソンは太陽神ヂャワンがゴゴールの人々に与えた恩寵と信じられており、決していたずらに命を奪うことは許されないのです。必要な時に、必要な数だけバイソンを狩る。それはゴゴールの人々にとって神聖な誓いなのです。
彼らにとってバイソンは神聖な動物ですので、狩りの方法にもたくさんの制限があります。バイソンに対しては槍のみで戦わなければならず、弓も、当然罠も毒も使ってはいけません。また、背後から襲うことも許されていません。戦士は必ずバイソンに正面から戦いを挑まねばならないのです。それはバイソンに対し「今からお前を狩るぞ」という意志を示すためだと言われています。そうでなければバイソンは訳も分からず襲われ、命を落とすことになります。バイソンにも戦士として戦い、戦士として死ぬ機会を与えるのが、ゴゴールの真の戦士なのです。
多くの制約を乗り越えて最初のバイソンを仕留めたら、丁寧に血抜きをした後、鎮魂の歌を捧げましょう。これを忘れると、最悪の場合戦士の資格をはく奪されます。自分たちが生きるための糧として他の命を奪うなら、せめてその魂を安んじられるよう祈ることが、戦士として、ゴゴールの民として決して蔑ろにしてはいけない義務なのです。
鎮魂の歌を捧げたら、バイソンを村に持って帰りましょう。戦士が初めて仕留めたバイソンは、感謝の祈りと共に太陽神ヂャワンに捧げるのが慣例です。村長が村の中央広場にやぐらを組み、あなたの帰りを待っているので、厳かにバイソンを渡しましょう。ここで喜びを表すことは問題ありませんが、あまりはしゃぐと眉を顰められてしまいます。
村長がやぐらの頂上にバイソンを置き、火を付けて祈りを捧げます。バイソンは鉄の串で貫かれているので、左右のハンドルを回して均等に火を当て、丸焼きにしましょう。ここで焼き過ぎたり、逆に生焼けになってしまうと、死ぬまで「あいつは初めて獲ったバイソンをダメにした」と言われ続けることになります。
バイソンがいい感じに焼けた段階で祈りも終わります。肉を切り分け、村の序列の高い順に配っていきましょう。ここで順番を間違えると、村の厄介な権力争いに巻き込まれてしまうことになります。「お前は村長派か、副村長派か」などと迫られたときは、曖昧に微笑みつつ、さりげなく好きなアイドルの話題に切り替えましょう。意外と食いついてきます。
最初のバイソンを太陽神に捧げ、人々に振る舞ったら、二頭目からは自分が仕留めたバイソンは自分で処分することができるようになります。ここまでたどり着くために必要な平均所要時間は六年八ヶ月です。身体能力によっては期間をずっと短縮することも可能ですので、日頃から体を鍛えておきましょう。
仕留めたバイソンの任意の部位をお好みで300g切り出し、航空便で日本へと送りましょう。残りのバイソンは村の人々に渡してください。間違っても捨ててはいけません。バイソンが神聖な動物であることを常に意識していれば、粗末に扱うことなどできないはずです。
肉を送ったら、村長に戦士の位を返上しましょう。戦士の身分のまま村を離れることは許されません。村長はおそらくあなたを引き留めようとするでしょうが、日本に帰るつもりなら頑として拒否します。村で最も美しい村長の娘を嫁に、という話をされても心動かされてはなりません。しかしもし、この村に骨をうずめる覚悟があるなら、それもあなたの人生です。どうか、お幸せに。
村長の慰留を断り続けると、最終的には戦士の位の返上を認めてくれます。村長があっさり返上を認めたり、そもそも慰留しなかった場合は、嫌われていたのだと思って間違いありません。その時は一抹の寂しさと共に荷物をまとめ、空港へと向かいましょう。ここはあなたの居場所ではなかった。そういうことです。
村の皆に慕われていた場合は、別れの儀式として再会の踊りを踊ってくれることでしょう。皆に感謝を丁寧に伝え、スマホの連絡先を交換して、名残を惜しみながら村を後にしましょう。ここで過ごした六年八ヶ月はきっとあなたの人生にとってかけがえのない時間になっているはずです。遠ざかるディンゴ・ベウの大地を噛み締めながら、飛行機で成田まで帰りましょう。
家に帰り、現地から送ったバイソンの肉の到着を待ちます。クール宅急便が届いたら、いよいよ牛丼作りに取り掛かりましょう。この長い道程を踏破したあなたには、牛丼作りなど造作もないはずです。
二、牛丼を作る
牛丼を作ります。
ほら、あっという間にできあがり。簡単ですね。
『今日もお手軽、晩ごはん』、本日は牛丼に挑戦しましたが、いかがでしたでしょうか? 牛丼の奥深さと、しかしいざ作ってみたら意外に簡単なことがお判りいただけたと思います。いつもの外食を今日は控えて、自分で牛丼を作ってみようかな、なんて思っていただければ幸いです。
明日の『今日もお手軽、晩ごはん』は、みんな大好き海鮮丼をお送りします。新鮮なサーモン、ホタテ、エビにイクラ。深海でのダイオウイカとの激闘、そして芽生える友情。濃密な人間ドラマを是非、ごらんください。
それでは明日もこの時間にお目に掛かりましょう。さようなら。
牛丼屋さんの苦労が偲ばれるなぁ。