赤ちゃん、焦る(前編)
竜一が我が家で暮らすようになって4日。
腹痛を起こしていたこともあり、控えていたのだが…。
「竜一」
「あだ?」
スマホで遊んでいる竜一の前に正座すると竜一が顔を上げた。
「お風呂、入るわよ」
そう。この子、4日も風呂に入っていないのだ。
逃げようとする竜一を捕まえてお風呂場に直行。
服を脱がせた。
「あぶう!あっばあだぶ!【てめえ!全裸にするとか痴女か!】」
「散々オムツ交換してもらっていてよく言うわ!」
お湯をはっておいたタライの中に竜一を入れると泡立てた石鹸で体を撫でた。
「あぶあ!あっぶう!【やめろ!くすぐってえ!】」
「暴れないで」
動く竜一を抱きかかえながらもう片方の手で竜一の体を洗い、お湯で流した。
これでさっぱりしたかな…。
ふうっと一息ついたのも束の間。
Tシャツにぬるいお湯がかけられているのを感じて視線を下に向けると…。
恍惚な笑みを浮かべて竜一がおしっこをかけていた。
もう嫌だ…。
翌日。昨日同様、竜一を抱っこして会社に向かっていたのだが竜一の体温に温かみを感じた。
なんか竜一が温かいな。もしかして熱あるのか!?
実費の恐怖を思い出し竜一のおでこに手を当てるも私の手よりも冷たいくらいだ。
「あだぶ、あぶあだぶう?【お前、なんか熱くないか?】」
そういえば昨日寝る時少し寒気を感じていたような…。
まあ微熱だろうし薬飲んどけば治るだろう。
竜一を保育園に預け、会社のデスクで一息吐くと相沢さんが話しかけてきた。
「生川さん、大丈夫?なんだか辛そうだけど?」
「ああ…ちょっと風邪を引いたみたいです…」
「もしよかったら体調が戻るまでの間、僕が竜一君を預かろうか?」
その申し出に一瞬甘えそうになったが、竜一がはたして素直に預かられてくれるかどうか…。
「まだそこまで辛いわけではないので大丈夫です。ありがとうございます」
断ると心配した相沢さんがスマホを取り出した。
「じゃあ、何かあったら連絡頂戴。同じ寮だし何か助けになれるかもしれないから」
相沢さん…ええ人や…。
前回の竜一病気事件の件もあるし、近くに相談に乗ってくれる相手がいるのは心強いよね。
私もスマホを取り出すと番号交換したのだった。
夕方には体調が悪化していた。
今日は早く帰らせてもらい、竜一を連れてふらふらになりながら自宅へと急いだ。
「あだぶう?【大丈夫かよ?】」
「うん…」
心配する竜一の言葉に返答する気力もない。
とにかく早く帰って薬飲まなきゃ…。
途中で眠くなって竜一を落としでもしたら大変だと薬を飲んでいなかったのだ。
しかしその思いも虚しく、私の体力は玄関に着いて竜一を下ろしたところで尽きたのだった。
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床に下ろされはいはいで部屋に向かっていると玄関の方でバタリと激しい音が聞こえて振り返った。
「あうあ!?【咲子!?】」
そこには倒れた咲子の姿が。
急いで駆け寄るも咲子は荒い呼吸を繰り返しながら意識を失っている。
額に手を当てるとかなり熱い。
もしかして…風邪か!?
朝の咲子の様子を思い出し風邪が悪化したのだと判断した。
移動させようと咲子を掴むも赤子の力ではビクともしない。
赤子の姿じゃなければ…!
この姿である自分を情けなく感じた。
俺じゃ何も出来ないのか?
いや!喧嘩番長竜と呼ばれた男がこんなところで凹んでんじゃねえ!
風邪薬を飲ませようと考えるもどこにあるか分からないし俺の手が届くところには見当たらない。
あと俺に出来る事は…。
焦りながらも頭をフル回転させて考えた。
「あうだ!【そうだ!】」
俺は咲子が落としたカバンの中に頭を突っ込みある物を探した。
「あっだ!」
俺がカバンから取り出したもの…。
チャララチャッチャチャーン!
「あうだうだうあ!【携帯電話!】」
いや、今は遊んでいる場合ではない。
俺は咲子に教えてもらったスマホの画面を開くも早々に問題が発生した。
暗証番号って何だ!?
バシバシ叩くも『パターンが正しくありません』と無機質な反応が返ってきた。
こいつ俺に喧嘩売ってんのか!?
喧嘩番長竜の名に懸けて、意地でも解除してやるぜ!!
読んで頂きありがとうございます。