赤ちゃん、保育園に通う(後編)
なんとか竜一を預かってもらう事ができ、ホッとした私は自分のデスクで一息吐いた。
「良かったね。竜一君預かってもらえて」
隣のデスクに座る相沢さんに笑顔でお礼を言おうとすると私と相沢さんのデスクの間から一人の男が顔を出した。
「咲子ちゃん、今日、赤ちゃん抱いていたよね?もしかして隠し子?」
南条 貴仁。相沢さんと同期で相沢さんとは真逆の軟派な男だ。
若い女性社員達からは人気があるのだが私はこの軽いノリと失礼な発言をするこの男が正直苦手だ。
「親戚の子を預かることになっただけですから…」
やんわりと返すも南条さんはさらに顔を近付けてきた。
「今日の咲子ちゃん、良いお嫁さんっぽくて可愛かったよ」
キモ…。
「赤ちゃんが可愛いだけですから…」
「またまた。咲子ちゃんもそろそろ結婚とか考えているんじゃないの?」
どいつもこいつもセクハラだっつうの!
この男の対応に困っていると相沢さんが声をかけてくれた。
「生川さん。社内保育の件、人事部に報告してきた方がいいよ」
ナイスアシスト!
「そうですよね!ちょっと人事部に行ってきます!」
私は立ち上がるとそのままセクハラ男の元から逃げることに成功したのだった。
竜一…上手くやってるかな…。
――――――――――――――――――――
社内保育園では太鼓を叩く音が響いていた。
「なんか空気だけ一流ドラマーみたいね」
「ええ…でも…」
ドン…ドン…カン…カン…。
ゆっくりとした一定のリズムが音を刻む。
ノリノリで太鼓を叩いているのは…もちろん俺。
今からドラムの練習しておけば一流ドラマーも夢じゃねえ!
一流ドラマーに俺はなる!!
「あだぶうううう!!【俺のビートを聞けえ!!】」
「たっくん!彩音のおもちゃ返して!!」
「返して欲しいならとってみな」
「あだ?」
上機嫌で太鼓を叩いている俺の横でうるせえガキ共が騒いでいる。
騒がしいな…。
ふうっと鼻息を出しながら横目でガキ共の様子を窺った。
どうやら『たっくん』らしき男が『彩音』という女をいじめて喜んでいるようだ。
ガキか!
俺は遊ぶフリをしながらおもちゃを手に取るとたっくんの頭目がけておもちゃを投げた。
「いた!?」
見事頭に命中するとたっくんは頭を押さえながら俺を睨んだ。
俺はというと…。
「あっきゃあ!あだぶう!」
周囲にあったおもちゃを両手に持ちカンカン叩きながら無邪気な赤子を演じた。
俺、演技の才能あるんじゃね?
そっち方面でもいけるかも。
たっくんは俺の動向を気にしながら再び彩音に向き直ると、こっそりおもちゃを取り返そうとしていた彩音に気付き再び奪おうと手を伸ばした。
させるか!
俺は持っていたおもちゃを再びたっくんに投げつけた。
「こいつ絶対わざとだ!!」
たっくんが涙目になりながら俺を指差し、顔を真っ赤にして怒りだした。
何をおっしゃるうさぎさん。俺は無邪気な赤子だぜ?
この騒ぎにセンコー達が集まって来た。
「先生!あいつ俺におもちゃぶつけるんだ!」
泣きつくたっくんに先生が俺の方を見た。
俺の名演技に痺れろ!!
「あきゃあ!あっぶう!」
おもちゃをガンガン床に叩きつけて遊んでいるフリをした。
「きっとまだ手に力が入らないからおもちゃが手から抜けちゃったのね」
ナイスだぜ先生。
見事俺の演技に騙されてくれてサンキューな。
「2回も当たったんだぞ!」
たっくん往生際が悪いぞ。
先生も苦笑い気味で俺の前に座るとぬいぐるみを俺の前にぶら下げた。
「竜一君。うさぎさんだぞ~」
ぬいぐるみを振る先生を一瞬冷やかに見つめてしまったが、ここは名俳優竜一の名に懸けて!
「あきゃあ!」
手を叩いて喜んでやった。
仕方ねえ。おめえの恥ずかしい演技に免じてブツを受け取ってやるよ。
センコーからぬいぐるみを受け取った。
「これでもう痛くないわよ」
センコーがたっくんの頭を撫でるもたっくんは納得がいかないようだ。
「なんであいつ怒ってくれないの!?」
それは赤ちゃんだからだ。
俺が呆れた顔で鼻息を出していると俺の前に立つ者が現れた。
「最初に彩音をいじめたのはたっくんだからね!竜ちゃんは彩音を助けてくれたんだから!」
彩音…もしかして…俺に惚れたか!?
いやいや。ガキに惚れられても…。
「あらあら。それはいけないわね。じゃあたっくんも彩音ちゃんに謝らないとね」
ふっ…ざまぁ。
俺がニヤリと笑うとたっくんが全身を震わせ大泣きし始めた。
これだからガキはメンドーなんだ。
「竜ちゃんは私が守ってあげるからね」
ドヤ顔で振り返った彩音に鼻息を吐いた。
おいおい。守ってやったのは俺だぞ。
「あれ?竜ちゃん。首の辺りが光っているよ」
首元を見るとハートのメダルが光っている。
取り出すとピンクの部分が少しだけ赤くなっていた。
これはもしかしてたっくんを退治したからか!?
「わあ!それ可愛い!彩音も欲しい!」
彩音が俺のメダルを引っ張りだした。
「あだだだだだだ…!!」
メダルが俺から離れない事に意地でも外そうとした彩音が、センコーが来るまで力任せに引っ張り続けたのだった。
この俺を絞め殺そうとするとは…幼女恐るべし!
――――――――――――――――――――
「竜一はいい子にしてましたか?」
仕事が終わり保育園の先生に今日の竜一について尋ねた。
あいつのことだ。また変な事してないといいけど…。
「ああ…」
保育士さんの苦笑いから何かあったと察した。
はいはいでこちらに歩いてくる竜一を抱き上げると今度は間違いなく睨んだ。
「竜一。何しでかしたの?」
視線を逸らす竜一を睨みつけていると女の子が走ってきた。
「竜ちゃんを怒らないで!!」
竜…ちゃん?
この子いつの間に女の子と仲良くなったんだ!?
もしかしてこいつも軟派男!?
「竜ちゃんは彩音を助けてくれたの。竜ちゃんは彩音の王子様なんだから!」
王子…様…?
こいつが!?
吹き出しそうになるのを堪えると竜一に睨まれた。
「そっか。竜一は女の子を助けたのか!偉かったね!王子様…」
ヤバい…吹き出す!
彩音ちゃんは私が竜一を褒めると満足したようにルームに戻って行った。
「何か色々あったみたいで…すみませんでした」
保育士さんに頭を下げると苦笑いながらも手を振って大丈夫だと言ってくれた。
人事部にも報告したし、これからも竜一を保育園で預かってくれることになり万事解決!
「良かったね!王子様!」
茶化すと竜一から鉄拳制裁を食らった。
赤ちゃんパンチだから全然痛くないけどね。
メダルが光った原因を竜一はたっくんを退治したからと考えていましたが、正確には彩音を助けたからです。
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