赤ちゃん、拾う
生川 咲子。32歳。OL。独身。既婚歴…なし。
そんな私は今、正座で胡坐をかいている赤ちゃんと対峙している。
「あぶう!あだぶあっだあぶぶう!!」
赤ちゃんが小さな手で床をバシバシ叩いて怒っている。
なぜこんなことになったのか…。
あれはそう、会社の帰り道の事だった。
よく子猫や子犬が捨てられるという話は聞くが、私の場合は一味違った。
段ボールに捨て…赤ちゃん??
思わず二度見してしまった。
そんな私に赤ちゃんから聞こえてきたのは…。
「あっだぶぶう!!【何、ガン垂れてんだよ!!】」
うわ…。ガラ悪…。
いやいや。ツッコむところそこじゃないから!
なんか赤ちゃんの言葉が頭の中に聞こえてくるんですけど!?
赤ちゃんも「あっぶう…【あ、やべ…】」と言っている。
これは見なかった事にしようと立ち去ろうとすると赤ちゃんが突然怒り出した。
「あぶう!あぶぶあっぶあだぶう!!【てめぇ!責任取って俺を拾えや!!】」
何の責任だ!?
「警察届けた方がいいのかな…」
ガラ悪いし…。
すると赤ちゃんは突然慌てだした。
「あだぶあぶぶう!!【サツだけは止めてくれ!!】」
なにか因縁でもあるのだろうか?
…あるんだろうな…。
かといってこのままにしておくわけにもいかないし…。
「事情を聞くだけだからね」
止む無く私は赤ちゃんを抱き上げ会社の寮へと帰ったのだった。
金髪のその赤ちゃんは名を『竜一』という。
そして最初の言葉を訳すと【てめぇ!俺を拾った責任とれや!!】と悪徳金融バリの文言になる。
しかしもちろん赤ちゃんなので全く怖くない。
むしろその必死な姿はちょっと可愛くて萌える。
「それでなんで君は赤ちゃんなのに会話が出来るの?」
会話の内容としては先程から一方通行なのだが…。
「あぶぶう…【話せば長くなるんだが…】」
「短めでお願いします」
「あぶう、あだぶあっぶぶぶ…【あれは、俺が16の時だった…】」
うわ~。これ絶対長くなるやつだ…。
ここから先は【】だけに集中しよ。
【俺は100人のヤンキー共に呼び出されて1対100で戦ったんだ。それはもう壮絶な戦いだった】
そこで何かが起きたのか?
【なんとか奴等を伸した俺はふらふらになりながらコンビニに立ち寄ったんだ】
え?乱闘関係ない?
そこ省けたよね?
【旨そうなビールがあってよ】
ちょっと待て。お前さっき16って言ってなかった?
未成年だよね?
【店員脅して買って飲んだらそれがまた旨くてよ!】
飲んだんかい!
こいつやっぱり警察に突き出すか?
【疲れてたしそのまま眠っちまったんだよ…永遠に…】
えっと…つまり…凍死したって事かな?
【気付いたらよ、閻魔とかいう奴の前にいたんだよ。そいつがまた強そうでさ。タイマン張ろうとして怒鳴られて地獄まで吹っ飛ばされたんだよ。凄くね?音で地獄まで飛ばすとか!】
私は閻魔大王にタイマン張ろうとしたあんたの方が凄いと思う。
【でよ。地獄で地味な作業を延々とやれって鬼共がうるせえから…伸してやったんだよ】
お前は桃太郎か。
【んで、金棒奪って鬼に労働させてたら閻魔の奴が怒ってよ】
監督の鬼に労働させたんかい!
【赤子になって一日一善を目指して来い!!って追い出されたわけよ】
それで捨て赤ちゃん…。
「でもそれならもっと子育てが得意そうな人にお願いすればいいんじゃないの?会話出来るんだし…」
ガラが悪いから引き取ってもらえるかが問題だが…。
【あぁん?それが出来たら苦労しねえよ。俺がこうやって会話出来るのは俺が最初に話をしたいと思った相手一人だけって制限があんだからよ】
…ん?それは私と会話したいと思ったってこと?
確か最初の会話って…「あっだぶぶう!!【何、ガン垂れてんだよ!!】」…。
つまり睨まれたから思わず言い返したくなっちゃったって事か。
ヤンキーの習性かよ!!
「なんで貴重な会話をそんな無駄なところで使ってんのよ!」
【仕方ねえだろ!ガンくれられて黙ってるなんて男じゃねえ!】
「ガンくれた覚えないし!驚いてただけだし!」
【ぐちゃぐちゃうるせえんだよ!とにかく責任とれや!】
何度も言うが相手は態度こそ悪いが見た目は可愛い赤ちゃんだ。
ずっと口では「あぶぶ…!」と言っているだけなのだ。
【とにかくだ!一日一善を繰り返したら転生出来るって閻魔の奴が言ってたんだ】
竜一は胸からピンクのハートの可愛いメダルを取り出した。
【このハートが真っ赤になったら俺は帰れる。それまでしっかり世話してくれよ】
世話も何も子育てなんかしたことないんですけど…。
こうして私と竜一の奇妙な共同生活の幕が上がったのだった。
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