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虚構の世界に介入して登場人物を全員幸せにするまでの物語、パーフェクト・バージョン!  作者: 秋乃晃
13回目の偽アカシックレコードの世界=虚構の世界編
3/100

「君の手をとる」

 オーサカ支部にぼくが着任してからトゥデイで1週間経つ。

 サルの事件をクリアーしてから、導は何かとぼくに絡んでくるようになった。

 どうやらぼくのすばらしい能力に興味津々らしい。

 頼られるのはぼくとしても悪い気はしない。


「ささはら!」


 ぼくには兄弟がいない。

 とある企業の代表取締役社長のパパと、弁護士のママに大切に育てられてきた。

 導は鎧戸家の八人兄妹の末っ子なのだという。


「今日はオーサカ駅前のケーキ屋で天使のシュークリームが販売されるんじゃ!」


 目を輝かせながらスマートフォンの画面を見せてくる。

 天使のシュークリーム。

 一ヶ月に一回。

 限定100個。

 午後3時から発売開始。


「シュークリーム?」


 それがどうした。

 シュークリームなるスイーツがオーサカ支部の業務とどのような関係がある。

 まったく見えてこない。

 ぼくは無駄な仕事をしたくない。


「さっちゃんは知らへんの? 有名やで」


 天平先輩が会話に割り込んできた。

 自席から離れてぼくの席まで歩み寄る。

 今日のファッションポイントは虎柄のスカーフだろうか。

 髪は側面で編み込みにしており、なかなか様になっていた。

 導のスマートフォンをひったくって操作する。


「キャシーとオーサカ市内巡りしたんやろ?」


 ふたたび見せられた画面には見覚えのあるケーキ屋の外観が。

 ぼくが初日に降りたオーサカ駅の東口はジャパンの三大都市とは信じがたいほどに寂れていた。

 その反対側、西口には駅ビルやら噴水やらがあり、大層賑わっている。

 思い出した。


「ああ、キャサリンが興奮気味に話していたな……なんだ、そのシュークリームが売られるのが今日なのか」

「そこで、じゃ! ささはらに買ってきてほしいんじゃ!」


 ぼくが?

 この店のシュークリームを買ってくる?

 なぜぼくが行く必要があるのだ。


「シュークリームか、ええな」


 築山支部長は週刊誌を読むのが趣味で、机の上に何十冊と積み重なっている。

 出勤前に自宅近所のコンビニエンスストアでまとめ買いするのだと。

 その1冊を携えてぼくの机までチェアーを転がしながらやってきた。


「オーサカ洋菓子ランキング第2位やねんな」


 とある雑誌のスイーツ特集のページを開いて見せつける。

 おなじ店のおなじシュークリームの写真がジュエリーのように紹介されていた。

 昨日は天平先輩と「ダイエットせな」「せやな。病気したら人間つらいやん」などと会話していたくせに。

 ぼくのママは多忙な中でも健康管理には気を配り、日々の食事を記録していた。

 年に三度、ぼくとパパとママそれぞれの誕生日にバースデーケーキを食べる程度でそのほかにスイーツは食べない。

 入院はぼくの出産前後のみでこれまでに大病を患ったことはないと聞いている。


「買うてくれへん?」


 天平先輩がぼくの目を見て言った。

 人差し指はシュークリームの写真を突き刺している。

 腕時計を確認すれば時刻は正午まであと3分。


「午後3時販売開始ではなかったか?」


 最初に導がスマートフォンの画面を見せてきたとき。

 そのように書いてあった。

 記事にもおなじように午後3時からと書かれている。

 まだ3時間もあるではないか。


「せやで。いまから並べば5個! 確実に買えるんや!」


 ガッツポーズをする天平先輩。

 築山支部長もガッツポーズをしてうなずいている。

 並ぶ?

 こんな一個200円のアイテムを購入するのに?

 いまから並ぶ?


「わしの家族分も買ってきてほしいんじゃが……!」


 導はカバンからぬいぐるみを取り出しながら拝んできた。

 例の目玉の飛び出たクマだ。

 その口から紙幣を取り出そうとしている。

 財布なのか。


「導の、家族分?」

「じゅっこじゃ!」


 あと、導じゃのうて鎧戸先輩じゃ!

 と付け加える導だがそんなことはどうでもいい。

 ぼくは合計何個買えばいいのだ。

 ……待てよ。

 なぜぼくが買ってこなければならない?


「篠原くん。よろしく頼むな」


 築山支部長がぼくの肩をぽんと叩く。

 顔を見ればにっこりと微笑まれた。

 なるほど。

 これはまた、とんでもなくイージーな仕事を押しつけられたものだ。

 ぼくはシュークリームを食したことがない。

 人生で最初にテイスティングするシュークリームがオーサカ洋菓子ランキング第2位の品物となる。

 第1位はプディングであった。

 すなわち、シュークリームオンリーのランキングで考えれば第1位。


「すばらしいぼくにワンダフルな食体験をさせてくださる、と考えておこう」


 初めて食べるものは最上の物がよい。

 日常的にスイーツを食べる文化のない家庭に育った。

 天使のシュークリーム、はたして口に合うのだろうか。

 雑誌の高評価を鵜呑みにしてよいのか。


「ああいうランキングはスイーツを好きな人間が作っているのだろうから、心配無用か」


 ママのすばらしい手料理ばかりを食べていたぼくは、オーサカ支部に来てからほとほと困っている。

 毎日送ってきてもらうわけにもいかない。

 飲食店の味付けは濃すぎる。

 コップの水を逆さまにして注ぎ入れたい。

 しかしそのような真似をすればオーサカ支部のみならず本部へも迷惑がかかるだろう。

 いまはキャサリンの自宅に泊まってキャサリンの作るピラフばかりを食べている。

 オーサカ支部の近所にぼくが暮らすための部屋が用意されているがそちらは荷物置き場だ。


「しかしまぶしい……」


 オーサカ支部からオーサカ駅へ歩き、反対側へ着いた頃にはすでに行列ができていた。

 列の大半が女性だが臆さない。

 しかも何人かで並んでいる。

 ぼくは仕事でシュークリームを買いに来たのだ。

 大義名分がある。


(キャサリンは起きただろうか)


 キャサリンとの共同生活を始めて即座にぼくを迎えに来られなかった理由が判明した。

 朝にべらぼうに弱い。

 寝起きからまともに動けるようになるまで最低一時間はかかってしまう。

 起こさなければ午後まで眠り続ける。

 本人曰く低血圧らしい。

 午後2時の到着に間に合わないわけだ。


(電話してみよう)


 ぼくはひとりで6時に起きて身支度を整えて出勤している。

 築山支部長は理解のあるお方だから咎めない。

 トウキョーの本部なら考えられない話だ。

 あそこは午前10時には朝礼を始めていたからな。


「さてと」


 黒いショールのなかからスマートフォンを取り出した。

 キャサリンのスマートフォンには2回操作すればかけられるように設定しておいた。

 呼び出し音が1回鳴り終わる前に、キャサリンは応答してくれた。


「ダーリン、おはよぉ」


 眠たそうな声。

 時刻を確認する。

 13時半。


「キャサリン、いまからオーサカ駅のケーキ屋まできたまえ」


 あと1時間半、ぼくにひとりで待ち続けろと。

 こんな日陰もないような場所で。

 天使のシュークリームは待つに値するほどすばらしいスイーツだと信じている。

 信じているが、このままではぼくの美しさが損なわれてしまいそうだ。


「オーサカ駅ぃ……?」


 相変わらずの野太い声で返答される。

 まだ頭がスリーピングしていて働いていないのか。

 仕方ない。


「オーサカ市内を巡ったときにきみがはしゃいでいたあのケーキ屋だ」


 ここ有名なんだよぉー!

 なんで有名だったか忘れちゃったけどぉー!

 周りの人間が驚いて立ち止まるほどのはしゃぎっぷりだった。


「ああ! りょうかいりょうかぁい! すぐにいっくねぇ!」


 すぐとはどれぐらいになるだろう。

 ぼくは今一度、腕時計を眺めた。

 空は秋晴れの好天だ。

 そういえば、カバンやバッグに目玉の飛び出たクマのぬいぐるみをつけた若者をよく見かける。

 流行りものなのだろうが、どうもかわいげがない。

 ぼくの感覚が世間とずれているのか。

 あんなものに囲まれていたら夢にでも出てきそうだ。


「だぁーりーん!」


 来た。

 想定よりも速い。

 ぼく以外の何人もがキャサリンのほうを目をまん丸くして見ている。

 安心してくれたまえ。

 キャサリンの呼ぶダーリンはぼく、篠原幸雄ただひとりだ。


「急いで来てくれたのか」


 ほどよくカールした金髪。

 分厚い唇とはっきりとした目鼻立ち。

 胸はあるがお尻は小さい。

 絵に描いたような八頭身美女のキャサリン。

 赤いハイヒールをかつかつと言わせながらぼくに近づいてくる。


「もっちろん!」


 目立たないはずがない。

 美しさという点ではぼくのほうが勝ってはいる(ここは譲れないところだ)がキャサリンは《《最上級の女性》》だ。

 パーツモデルとしても活動できそうなしみひとつとない手足。


「築山支部長からの依頼でこの店の天使のシュークリームを買わねばならない」

「まじで? ダーリン、ぱしられてるぅ!」

「パシリではない仕事だろう」


 しかし、生物学上ではキャサリンは男性に分類されるだろう。

 外見ではまったくわからない。

 声音の低さで疑問を抱くことはあっても見た目が誤解を生む。

 共に暮らしているぼくが言うのだから間違いない。


「ダーリンさみしくなっちゃったのねぇ」


 よしよし、とチロリアンハットをなでられる。

 ママからいただいた大切な帽子だ。

 他の人間が触れようものなら容赦しない。

 汚い手で気軽に触って許されるものではない。

 しかしキャサリンになでられると、安心感が得られる。

 なぜだろう?


「……さみしい?」


 昨年のエイプリルに本部の一員となったぼくは、熱心に仕事に取り組んでいた。

 すばらしい両親から生まれたすばらしいぼくは常にパーフェクトだった。

 皆がぼくの実力を認めぼくは業績を積み上げていった。

 そこに私情を挟むことはない。

 さみしい?

 さみしいのか?


「どうだろうか」


 つぶやいて、キャサリンの目を見る。

 サファイアのような青い瞳。

 見とれてしまいそうになって自分の銀髪を引っ張り、痛みで我に返った。

 オーサカ支部にやってきてからのぼくは、本当に篠原幸雄か?


「きゃあっ!」


 キャサリンの背後で女性の悲鳴がした。

 見れば、女物のショルダーバッグを右手に引っさげて自転車で逃げ去る男。

 倒れている女性。


「ひったくりぃ?」


 キャサリンの言うとおりか。

 携帯電話を取り出して警察を呼ぼうとするキャサリンへ「待ってくれ」と呼びかけて制止する。


「キャサリンはここで並んでいてくれ」

「どうしてぇ?」

「ぼくならアレに追いつくことぐらい造作もない」


 そして前後に並んでいるピープルに気づかれないように戻ってくることすら容易い。

 ぼくの大手柄にキャサリンは拍手喝采することだろう!


【 Chi mangia solo crepa solo. 】

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