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虚構の世界に介入して登場人物を全員幸せにするまでの物語、パーフェクト・バージョン!  作者: 秋乃晃
13回目の偽アカシックレコードの世界=虚構の世界編
27/100

「紅の涙を飲み干して」

 圧倒的な力量差を前に努力は全否定される。

 ぼくはオーサカ支部で成長したはずなのに、何もできなかった。

 どうやら今回は見逃してもらえたようだが安心していられない。

 彼女の言う“フィナーレ”が果たしていつなのか。

 先ほどではないということだけはわかる。

 もしかしたら数時間後なのかもしれない。

 1ヶ月後なのかもしれない。


(そうだ)


 己の無力さを痛感してひとつ思い出した。

 きっと、あのときと現在の心理状態が似ているのだろう。

 ― ―ぼくが作倉部長にスカウトされた日のことだ。


「どうして死のうとしているんですか?」


 ビルの屋上。

 このビルはクリスさんの言葉が真実なのだとすればぼくのパパ(と、ぼくが思い込んでいる人)の持ちビルであり、芸能プロダクションが入っているビルだ。

 関係者以外は立ち入りの許されない場所に作倉卓は現れて、縁の上に立っているぼくに問いかけた。

 あともう1歩踏み出せば問答無用で死んでしまっていただろう。


「わたし個人としては別に引き止めたいわけではないので。死ぬなら死んでもらっても構いませんよ」


 この時に初対面だった。

 くたびれたカーキ色のスーツを着ていて、濃い色のサングラスをかけている。

 続けて「わたしは“能力者保護法”に基づいて結成された組織の代表者で、自らが赴いてメンバーを集めるのがメインの業務です」と聞いてもいないのに説明してきた。


「そんな組織なんか知らない!」

「あら。それはそれは」


 ぼくの答えに肩をすくめる。

 この時のぼくの心境までもを具に思い出せないが、覚悟と理由を以て自らの命を絶とうとしていたはずだ。

 作倉部長を無視して空を飛ぶことだってできた。


「これから長い付き合いになりますので、詳しくわたしの能力でも紹介しておきましょうかねぇ」

「これからぼくは死ぬ!」


 この記憶が具体的に何年何月何日何時何分かまでは思い出せない。

 これより前の記憶は、学芸会の記憶まで遡ってしまう。

 本当にぼくは死にたかったのか。

 ここまでのプロセスは闇の中だ。


「あなたは『生きていてもしょうがない』と悩んだ末に、これから先の未来には『何もない』と思い込んでしまっている。未来が見えないくせにねぇ」


 サングラスを外した。

 左右の瞳の色が異なっている。

 その両眼を除けば、全体的には“どこにでもいる老人”といった風貌だ。

 風車宗治元首相の秘書として働いていた時代には身なりに気を遣っていたのだろう。

 当時も“組織”の“代表者”であるのだからそれなりには整えたほうがぼくにも怪しまれずに済んだのではないか。


「わたしには“過去”と“未来”が見えますので。あなたがこれまでどのような人生を送っていて、これから進んでいく道が見えていますよ」


 未来視を取り沙汰されがちだったが、作倉さんの【予見】は過去をも観測していた。

 パーフェクトなぼくですら忘れていた。

 左右の瞳で“現在”を捉える。

 とはいえ、自分の娘に殺される未来までは見えていなかったのかもしれない。


「……ぼくは、これからどこに」

「天国か地獄かって話でしょうか?」

「あなたはぼくをスカウトしに来たのでは?」


 こうもあっさり自殺を断念した辺り、ぼくの覚悟と理由はおそらくたいそうなものではなかったのだろう。

 今、作倉部長が生きていたらもう一度ぼくの“未来”を見てもらいたい。

 この河川敷から、ぼくはどこへ向かえばいいのかを。

 教えてほしい。


「教えてあげよっか」


 背後から声がする。

 女の子の声のようにも思えるが、女の子の声よりもハイトーンボイスだ。

 言い換えるなら、そう、変声期を迎える前の少年だけが出せるボーイソプラノのような?


「文ちゃん?」


 思い当たる名前を呼んで振り返る。

 ぼくの初恋の人であり、抜け落ちてばかりのメモリーの中でもかろうじて残っている思い出である。

 十数年経った今でも写真を見てはため息をついてしまう。


「久しぶりッスね」


 その当時の姿で“文ちゃん”は立っていた。

 純白のレースで彩られた可憐なドレス姿だ。

 夜空に浮かぶフルムーンのように、どんな星よりも強かに輝いている。

 目を擦って、頭の上からつま先までをまじまじと見た。

 紛れもなく記憶の通りの文ちゃんだ。


「……どうしてここに?」


 だからこそ、おかしい。

 文ちゃんはぼくと同じクラスだったので、当然のごとく同い年だ。

 この姿であるはずがない。

 時間の経過とともに文ちゃんも成長しているだろう。


「知りたいッスか?」


 唇をアヒルのくちばしのように歪めて、小首をかしげてきた。

 キャサリンのようにビューティフルではなく、天平先輩のようにキュートでもないが、文ちゃんには文ちゃんだけにしかないプリティーな魅力がある。

 この人生の中で再会するとは思わなかった。

 あの学芸会のあと、文ちゃんは引っ越してしまったから。


「ささはらを地獄へ連れて行くために来たんッスよ」


 文ちゃんのこのセリフとともに突風が吹き荒び、標識がぼくを目がけて飛んでくる。

 ぼくは即座に【疾走】を発動させて回避できた。

 ゆっくりと地面に突き刺さる“止まれ”の標識。


「すごいすごい!」


 手を叩いて喜ぶ文ちゃん。

 咄嗟に能力を発動できるほどには回復していてよかった。

 と、胸を撫で下ろしたが、今度はスズメやらカラスやらの鳥たちが真っ直ぐにぼくへ向かってくる。


「な」


 逃げるしかない。

 河川敷から市街地へ向かって駆け出す。

 建物と建物の間をジグザグに走行しながら能力を発動させ、確実に数を減らしていく。

 横断歩道が赤信号であっても悠長に待っている暇はない。

 向かってくる車に【疾走】をかけて止めていく。


「これが【疾走】ッスか」

「!?」


 目の前に文ちゃんがテレポートしてきて、ぼくは急ブレーキをかける。

 全力疾走した代償で息が上がってしまった。

 日頃から鍛えているというのに。


「どれだけ【疾走】して記憶が消えたとしても、過去はついてくる」


 文ちゃんではない。

 文ちゃんの姿をした何者かがぼくの首に手を伸ばす。

 文ちゃんがぼくの命を狙うわけがない。

 わざわざ過去の姿で現れて、ぼくを殺そうとするなんて、そんなおとぎ話があるものか。


「幸雄くん!」


 総平の声だ。

 このままだとぼくは首を絞められていただろう。

 捨て台詞として「あのときに死んでいればよかったのに」と吐き捨てて、文ちゃんの姿は消滅した。


「ようやく見つけた! 幸雄くんが街中で【疾走】をやたらに使うから大変なことになってて」


 見つけた、ということは総平はぼくを捜していたのか。

 ぼくは命懸けの追いかけっこをしていたのだから多少の混乱を起こしてしまっても責められないだろう。

 文ちゃんを追い払ってくれたのだから助かった。

 結果だけ見ればぼくは総平に助けられたことになる。


「これは鍛錬だ」

「それなら周りに迷惑をかけない形で頼むよ……」


 ぐうの音も出ない。

 壁にもたれかかってその場で座り込む。

 ……疲れた。

 まだ朝食も取っていない。

 体調不良で仕事を休もうとしていたのに、街中を全力疾走した。

 本部にはどう伝わっているのだろう。

 考えるだけで胃が痛くなってくる。

 無断欠勤なんてしたことはないのに、とうとうやってしまった。


「うち来る?」


 欺瞞や打算の含まれていない、ピュアな優しさから来る言葉だ。

 邪な気持ちが1ミリでもあったのだとすれば、ぼくの判断力は落ちるところまで落ちている。


「ああ」


 今日この時、ようやく、救いの手がぼくに差し伸べられた。

 総平の手を握って立ち上がる。

 うち、とはヒーロー研究課のことだろう。

 あるいは総平の自宅か。


「俺はあのときの約束を果たすよ。幸雄くんが覚えてくれているかはわからないけど」

「覚えているさ」


 当時はオーサカ支部の仲間が近くにいてくれた。

 ぼくに危機が迫った時、固い絆で結ばれたオーサカ支部のメンバーはぼくを救ってくれるだろう、と確信していたのに。

 総平の助けなんて必要ないとたかを括っていたが、こうやって助けられることになるとは。





【不義にして富み且つ貴きは浮雲の如し】


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