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クロレキシ  作者: 赤森千穂路
序章 戦いの予兆
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第8話 霊の正体

 持田は眉間に皺を寄せ、辛そうに唇をぐっと噛んだ後、ポツリポツリと話し出した。


「昔、1人の女子生徒がクラスメイトの財布を盗んだって騒ぎになったんだ。その騒ぎの後、その子は自分のクラスメイトにイジメの標的にされてね……。それがよっぽど辛かったんだろう。その騒ぎの数日後に自ら命を絶ってしまったんだ……」


 持田は当時を思い出したのか、歪んだ眉間に指を当て、涙を堪えるような素振りを見せた。

 そんな持田に釣られるように、舞も悲痛な顔を浮かべた。


「自殺するほど追い詰めるなんて……いくらなんでも酷すぎるよ……」


「確かにそうだけど、その女子生徒がクラスから孤立するのは当然なんじゃないか? 僕だって、他人の財布を盗もうとするヤツとは仲良くしたくないし」


 涼真はその少女には同情の余地はないと考えた。自殺させるほど追い詰めた生徒たちも悪いと思うが、事の発端はその少女なのだ。

 涼真の中では、悪いことをした者が酷い目に遭うのは当然なのである。


「そりゃそうかもしれないけど……」


 涼真の言葉に、舞は否定こそしなかったものの、やや沈んだ声で返した。


「涼真くんの言うことも一理あると思う。でもね、その女子生徒は本当は財布を盗んでいなかったんだ」


「「えっ?」」


 持田の言ったことに驚き、2人は揃って素っ頓狂な声を漏らした。涼真は酷いこと言ってごめんなさい、と心の内でコッソリとその少女に謝罪を述べる。


 持田は一呼吸おいた後、続ける。


「本当に盗んだのは彼女のクラスメイトの別の女子生徒だった。動機は、自分が好きな男子生徒とその子が仲良くしてたから、じゃなかったかな」


「そ、そんなことで……」


 舞は相当なショックを受けたのか、開いた口を両手で覆った。その顔は青褪めている。


「冤罪が晴れた時には、もう彼女は亡くなってしまっていた。私はよく彼女の相談によく乗っていてね。早く大人になりたい、素敵な女性になりたいって話していたよ。それだけに彼女が亡くなったと聞いた時はとても悔しかった。私は自分をずっと責め続けていたよ。何かできることはなかったのか、とね。でも、彼女はそういう事については何も話さなかった。私どころか誰にも話していなかったらしい。私がそういう事があったと知ったのも、彼女が亡くなった後だったんだ……」


 持田の頬を薄い水滴がツー……と流れ落ちた。彼はすまない、と言葉を漏らし、自身の服の袖で涙を拭う。


 涼真は涙を拭う持田を見て、彼に同情していた。彼の気持ちは痛いほど分かる。涼真自身もそういう経験があったから。大切な人を守れなかった、そんな過去が。

 自分がもっとしっかりしていて、もっと強ければ、と、どれだけ自身を呪ったか分からない。


 涼真は奥歯をギリッと噛み締め、拳をグッと握った。


「そんな事があったんですね……」


 涼真は舞の意気消沈した声で我に返った。

 俯かせた彼女の顔には、後方で山の裏側へと消えていく夕陽のせいで濃い影が浮かんでいた。しかし、その影が本当に夕陽のせいで浮かび上がったものかどうか、涼真には判断しかねた。


 そんな舞の言葉に、持田は神妙な面持ちで頷いた。


「そうだよ……まぁ、私が知ってるのはこれくらいだ。それで、その女子トイレがどうかしたのかい?」


「あ、実は絵理が……」


 涼真は持田に、絵理が見たものについて話した。持田は初めは驚いた様子でその話を聞いていたが、徐々に真剣な顔になっていった。


「なるほど。それじゃあ、そのトイレに居たのは……」


「おそらく持田さんが話してくれた、その女子生徒の地縛霊だと思ってます。その霊が何らかの原因で教室……つまり、今のトイレの場所に留まっていた」


「ふむ、原因か……」


 持田は腕を組んで考え込む姿勢を取った。涼真も彼と同じようなポーズを取り考えてみるものの、やはり原因となるようなものは思い浮かばず、持田に質問をすることにした。


「彼女は教室で亡くなってたんですか?」


「いや、彼女は自宅で亡くなったと聞いたよ。でも、どうしてそんなことを?」


「地縛霊は死ぬ前に特別な思いを抱えていた場所に縛られる。だから、死んだ場所なら特別な思いを抱えていたんじゃないかって思ったんですけど……」


 涼真は難しい顔で首を捻り、低い声でうーんと唸る。

 段々と少女の霊ではないのではないか、むしろ、地縛霊ですらないのではないかと思い始める。この学校の誰かのタチの悪いイタズラ、という線が涼真の頭の中で浮かび上がってきた時、


「あ……」


 舞が小さく声を発し、目を大きく開いた。何か閃いたのかと思い、涼真はすぐさま舞に尋ねる。


「舞、どうかした?」


「原因、分かったかも……!」


「本当か!?」


「うん、たぶんだけど……」


 舞は涼真から視線を逸らし、自信なさげに答える。しかし、今は手掛かりが無さすぎて藁にもすがる思いだ。少しでもヒントを得られるのならそれを知りたい。


「それで、原因って何なんだ?」


「それは……持田さん、なんじゃないかなって……」


 舞は遠慮がちに持田の方へゆっくりと首を回した。

 このタイミングで自分の名前が出るとは思わなかったのか、持田は驚いた顔をして自身を指さした。


「え? 私かい?」


「はい。私の……女の感によれば、持田さんが関係している筈です」






◇◆◇◆◇






 次の日の放課後、涼真は舞と持田と共に西校舎の一階の女子トイレの前に来ていた。

 地縛霊を見た絵理と同じ状況になれば、舞の前にも霊が現れるのではないかと考えたからだ。

 今から霊を呼び寄せるため、舞が女子トイレに入るところなのである。


「舞、本当に大丈夫か?」


「うん、大丈夫」


 舞の声は少し震えていた。首筋には冷や汗が流れ、顔も普段よりいくらか強張っており、緊張が目に見える。


 しかし、今から霊がいるトイレに突入する張本人である舞よりも、涼真は不安だろう。彼女の前にもし霊が出現し、襲われたら……などとキリのないことをひたすら考えているからだ。


 涼真は全身を不安でプルプルと震えさせつつ、舞に


「でも、舞1人で行くって心配だよ。やっぱり僕も一緒に行ったほうが……」


「用務員さんと女子公認とはいえ、一応女子トイレに入る訳なんだから、ちょっとは遠慮してよ」


 涼真の心配をよそに、舞は呆れ顔で彼にツッコんだ。

 確かに、今のはぐうの音も出ない正論だ。涼真はウッ、と息を詰まらせると、とうとう観念し、舞を送り出すことを決心した。


「じゃあ……任せる。でも危ないと思ったらすぐに知らせてくれ。スマホでも、叫んでくれてもいい。絶対に助けに行くから」


「うん、お願いね」


 涼真に笑顔を向けると、舞は扉を開けて女子トイレの中へと入っていった。






◇◆◇◆◇






 舞は初めて話を聞いた時の絵理の怯えようを思い出す。電話越しではあったが、彼女が酷く怯えていることが分かった。寒い時のように歯と歯がカチカチと音を立てる程だ。余程恐ろしい姿なのだろう。


 トイレの中に入り、自分の動揺を鎮めるために一度深呼吸する。

 入り口の扉は開けっ放しにしておいた。涼真がすぐに入れるようにだ。後ろを振り返ると涼真と持田の心配そうな顔が見える。

 舞が涼真に向かって小さく頷くと、彼は凛々しい笑顔を浮かべ、控えめのガッツポーズを送ってくれた。


 辺りをキョロキョロと見回しながら、ゆっくりとトイレの中を進む。

 特におかしなところはない、と舞が思った時だった。


 急に舞の目の前に黒い球体がフッと現れた。


「な、何!?」


 舞は驚き、思わずその球体から後退る。

 すると、黒い球体は展開し、不気味な女の姿になった。女は長い黒髪でセーラー服を着ていた。さらには足が無くふわふわと宙に浮かんでいる。

 複数の特徴の一致により、舞は目の前の女が絵理の言っていた霊なのだと確信した。


「ゔあああああああああああああああああああ」


 女が叫びながら舞の方へ顔を向けた。顎や鼻が魔女のように尖っており、顎は耳の辺りまで裂けている。

 そして何より、彼女の目には白目がなく、ただただ黒い何かが本来目のある位置で渦巻いていた。


「ひっ……!!」


 絵理がこの女を前にして逃げ出せたことを褒め称えたい。


 早くこの場を去らなければ。そう本能が訴えているのに、体が思うように動かない。舞はその場でペタンと尻もちをつき、不気味な唸り声を発し続ける女を見上げた。


「ゔゔゔゔあああああああああ? あぁぁぁああああああああああああああ」


「……無理……怖、過ぎるよ……!!」


 舞は涙目になり、涼真に助けを求めようと扉の方を振り返る。しかし、舞の目に映ったのは、信じられない光景だった。


「とっ、扉が……消えてる……!?」


 なんと扉は消失し、扉があった部分は壁になっていた。恐らく目の前の不気味な女の霊が何かをしたのだろうが、いつ、どんな術式を使ったのかは舞には分からなかった。


「そ、そんな……! これじゃあ逃げられ……」


 そこまで言った時、自分の言葉にハッとした。

 自分は今、何をしようとしていたのか。間違いなく逃げようとしていた。目の前の女から逃げ、涼真に助けを求めようとしていた。

 では、自分は何をしに此処へ来たのだろうか。目の前の女の霊をトイレから解放するためだ。元は自分と同じ裏桜中学校の生徒だというのに、地縛霊になってしまったばかりにこんな狭く暗い場所に囚われ、今では後輩に恐れられ、怖がられてしまうような姿だ。


「……助け、ないと……」


 舞は恐怖で震える足を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。


「涼真に我儘言って連れてきてもらったのに……こんな時に涼真に頼る? そんなの、馬鹿馬鹿しいにも程がある……!」


 手を太ももから放し、背筋を真っ直ぐ伸ばして女を見据えた。手と離れ離れになった足は、もう震えていなかった。


 舞は目の前の霊に向かって右手を差し伸べる。


「大丈夫だよ。私はあなたに何もしない。話をしよう? あなたの未練を少しでも晴らしたいの」


「ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり」


 女は尖った顎を左右に動かし、歯軋りをし出した。しかし、その音はまるで黒板に爪を立てた時のような、舞の苦手な音に近かった。


 激しい音に一瞬怯むが、舞は差し出した手をさらに女に向かって伸ばした。


「落ち着いて。一緒に此処から出よう? こんな所にずっと囚われるのは、あなたも嫌でしょ?」


「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」


「っ……!! け……警戒しなくても大丈夫だよ。私はあなたの敵じゃない。あなたに何も危害を加えない。私はあなたを助けたいの」


「がぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 舞の必死の訴えは届かなかったようだ。女は発狂し、長く伸びた黒い爪を舞に向け、切りかかってきた。

 自身に向かって振り下ろされる鋭い爪を見て、舞は痛みを覚悟し、目を思わずギュッと瞑った。


 すると、舞の後ろから風を切って何かがやって来た。舞は何者かの気配を感じ取ったものの、怖くてその者の正体を確認することができなかった。


「らぁっ!」


 聞き覚えのある声がしたと同時に、ゴッ、という鈍い音が聞こえた。舞は恐る恐る目を開けてみる。


「りょ、涼真……!!」


 目の前には右足から床に着地する涼真の姿があった。彼の前方を見ると、女が奥の壁にもたれかかり、ぐったりとしていた。

 涼真は舞の方を振り返り、声を掛ける。


「大丈夫か? 舞」


「う、うん……! ありがとう涼真」


 舞がお礼を言うと、涼真は優しく笑った。その顔に心から安心した舞は早口で涼真に疑問を問いかける。


「ねぇ、どうやってここに来たの? 扉が消えちゃって壁になってたのに……」


「あぁ、あの壁は幻だよ。地縛霊は高度な妖術は使えないから、扉をどこかに転送するなんて無理なんだ。だから壁に向かって飛び込んでみると、壁をすり抜けてトイレに入って来れたってワケ」


「へぇ……流石涼真、よく知ってたね」


「まぁ、バトラーと爺ちゃんによる英才教育の賜物ですな」


 得意げな顔で胸を張る涼真。しかし、すぐにキリッとした顔になると、


「でも、持田さんは入れなかったんだ。だから、ここからヤツを外に出す必要がある」


「え? なんで持田さんは入れなかったの?」


「それは分かんないけど……子供にしか入れない結界とかがあるのかなぁ」


 涼真は腕組みをし、難しい顔でうーん、と唸った。

 その時、


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 ぐったりとしていた霊がゆらりと起き上がった。黒く染まった目を見開き、ぶつぶつと呪詛のようなものを呟いている。

 それを見た舞は焦り、咄嗟に3歩ほど後ずさった。


「お、起きたよ!!」


「大丈夫だ。それより舞、壁を抜けてトイレから出た後、持田さんとトイレの入り口から離れててくれ」


「え? 涼真はどうするの?」


「コイツをトイレの外に出してみる。地縛霊が特定の場所に縛られてるって言っても、多少はトイレから離れられるはずだからな」


 涼真は右足を少し後ろへ引き、身構えた。目の前の悍ましい姿をした女と戦う気なのだろう。彼にもし何かあったら、と思うと、急激に不安になってきた。しかし、自分がここに残っていたところで彼の戦闘の邪魔になるだけだ。

 舞は涼真を心配する気持ちをなんとか抑え、胸の前で両手をギュッと握る。


「分かった。気を……付けてね」


 涼真は舞の方を先ほどと同じように振り返ると、笑顔で軽く手を振った。


「ああ。また後でな!」


「……うん!」


 涼真はあの霊に負ける気はない。そういう顔だった。

 涼真の自信有り気な顔を見て、舞は彼を信じることに決めた。後は彼を信じて待つだけ。舞は涼真を振り返ることなく、真っ直ぐに壁へ向かって走り、勢いよく壁を通り抜けた。






◇◆◇◆◇






 舞が壁を通り抜け、姿を消したのを確認すると、涼真は霊の方を向き直った。

 霊はグルルル、と獣のように唸り、涼真を激しく睨み続けている。


「悪いけど、お前はここから何としてでも引きずり出す。『また後で』って約束したからな、舞と」


「うぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ」


 霊が発狂し、涼真に向かってきた。涼真は霊が自分にぶつかる直前、体を仰け反らしてスレスレのところで霊の突進を躱す。


「人の願いを叶える神が、幼馴染との約束を破る訳にはいかないだろ?」


「あぁ? うががあ」


 霊はすり抜けることができる壁に衝突する直前で何故か急停止し、何か戸惑ったような、驚いたような素っ頓狂な声を上げた。


 霊の動きが止まったところを涼真は見逃さない。

 霊の背後へ素早く回り込むと、その背中に鋭い蹴りを放った。


「があぁぁああっ!?」


 ドカッ! という音とともに蹴りは見事に決まり、霊は壁の向こう側へ弾き飛んだ。涼真もすぐさま霊の後を追って壁をすり抜ける。


 壁の向こう側へ着地すると、廊下に手をついた霊が舞と持田の方を向いて、グルグルと唸っていた。

 涼真は霊を廊下の奥へと蹴り飛ばし、2人から遠ざける。


「っ!? 今のは……」


 涼真は霊を蹴った瞬間、足に違和感を覚えた。霊のものでも、涼真のものでもない、何かの妖気を感じたのだ。

 その時、涼真の頭の中で一筋の光が走った。バッと後ろを振り返り、


「舞、“浄化(カタルシス)”だ!! “浄化(カタルシス)”でアイツの暴走を止めてくれ!」


「え!?」


 舞は突然名前を呼ばれて驚いたのか、ビクッと肩を跳ねさせた。


「あの霊は多分、何かの妖術の影響で暴れてる! だから、“浄化(カタルシス)”の能力で暴走を抑えられるかもしれないんだ! 怖いかもしれないけど、頼む!」


「わ……分かった! やってみる!」


 舞は若干戸惑い気味に頷きつつも、駆け足で涼真の隣にやってきた。


「僕が霊の動きを止める。その隙に霊に触れて“浄化(カタルシス)”を発動させてくれ」


「うん、任せて」


 2人は顔を見合わせ頷き合うと、ギギギ、と壊れたロボットのようにうつ伏せの状態から起きあがろうとしている霊へと目を向けた。


「ゔああああああああああ」


 霊が爪を鋭く伸ばした両手を振り上げ、涼真たちに襲いかかってきた。涼真は霊に向かって右手を伸ばし、術式を詠唱する。


「“金縛り”!」


 ビタリ、と霊の動きが止まった。その瞬間、涼真の横から舞が勢いよく飛び出す。

 舞は霊の腕に触れると、ギュッと目を瞑り、固有術式を発動させた。


「“浄化(カタルシス)”!!」


 詠唱の直後、エメラルドグリーンの優しい光が舞と霊の周囲を包んだ。やがて光が消えると、舞の側から霊は消えており、その代わりに1人の少女が倒れていた。


「はぁぁぁ……」


 舞が大きなため息をつき、その場にトサリと座り込んだ。

 涼真は舞の隣に駆け寄り、しゃがみ込むと、彼女に労いの言葉を掛けた。


「お疲れ様、舞。頑張ったな」


「う、うん……涼真が霊の動きを止めてくれたおかげだよ。ありがとう」


 舞は笑顔を涼真に見せたものの、いつもとは違って少し力なく笑った。緊張や不安が一気に解け、疲れに襲われているのだろう。

 涼真は彼女にフッと優しく微笑んだ後、廊下で倒れている少女に目を向けた。


「ところで、この子は……」


 少女は黒髪のボブヘアで整った容姿をしており、仰向けで気を失っている。

 涼真が少女の様子を確認しようとした時、ドサッと音を立てて持田が膝から崩れ落ちた。


「あぁ……優子、ちゃん……!」


 彼はポロポロと涙をこぼしていた。

 持田のその姿を見て、涼真は確信する。


「優子……それがこの子の、亡くなった女子生徒の名前なんですね?」


「あぁ、そうだよ……この子は、間違いなく優子ちゃんの霊だ。そうなんだろ、涼真くん」


 持田は涙を作業服の裾で拭いながら、涼真を悲しげな顔で見上げる。


「ええ、おそらく。彼女と話がしたいところですが……気を失ってるみたいなので、しばらくは無理ですね」


「えっ……!? 彼女と、話せるのかい?」


 意表を突かれたように口を開ける持田に、涼真は冷静に優子の状態を観察し、彼女の現在の状態を分析してから、彼の問いに答えた。


「彼女が目を覚ました時、正気に戻っていた場合ですが……話せると思いますよ」


「そうか……だったら、そこの保健室のベッドに彼女を寝かせてあげてもいいかい? 床に倒れたままじゃ、少し可哀想だ」


 持田は涙を拭い切ると、右斜め後ろを振り返り、トイレのすぐ横にある保健室を指差した。


「ええ、そうですね」


 涼真と持田は、保健室の鍵を開けて中に入り、ベッドに優子を寝かせた。3人はベッドの横に保健室に置いてあったパイプ椅子を持ってきて座り、優子を見つめる。


「涼真。この子、大丈夫……だよね?」


「ああ。きっとな」


 舞の言葉に「多分」ではなく「きっと」と返したのは、涼真自身も彼女に目覚めてほしいと思ったからだ。彼女を成仏させるには、彼女自身から未練や後悔を聞き出すしかない。


「頼む……目覚めてくれよ……」


 涼真の隣に座っている持田は、ずっと優子に向かってぶつぶつと呟きながら両手を合わせ、祈っていた。

 そんな持田を横目に、涼真はあることを考えていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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